27 選択肢
コンビニの前で「じゃあ、お気をつけて」と、大樹は
特に買い物があったわけではない。コンビニが一番体のいい口実だっただけで。
「ダイキさん」
だから、袖を引かれて大樹は少し驚いた。
「思ったんですけど。前にいただいた白玉ぜんざいも、今日のたまごボーロもすごく美味しかったです。とても、優しい味がして。だから、ケーキももっと構えずに考えすぎない方が、いいんじゃないかな。考えすぎて固くなってるのかも。今度、パンケーキ作りません? ……一緒に」
「一緒に……」
振り返って間抜けに復唱した大樹に、律夏はあわあわと手を離した。
「あっ、その、ご迷惑でなければ……」
「迷惑だぞ! んなとこに突っ立ってんじゃねぇ!」
まだ酔っぱらっているかのように、酒焼けした顔の親父に舌打ちされて、二人は慌てて少し端に寄る。顔を見合わせると、お互い苦笑した。
「それは……また休日を空けてくれるということだろうか」
「もちろん。あ……でも、週末はダイキさん、本当は神社のお仕事なんですよね? じゃあ、私がお休み取ってもいいです」
「そこまで、してもらうほどでは……」
「何言ってるんですか! 誘ってるのは私ですよ? あわよくば別の美味しいものも食べられるかもって……」
鞄からスマホを取り出して、律夏は上目遣いに大樹を見上げる。
「都合のいい日、教えてください。さすがに、お店ではこういう話しない方がいいですよね?」
大樹はしばし迷ってからポケットに入っていたスマホを取り出した。
「神社の方にも一応確認してから連絡する……で、いいだろうか」
「はい。もちろん……友達登録するの、やっぱり嫌、ですか?」
微妙な表情の大樹に、律夏は不安そうに首を傾げた。
「いや。お友達に、「嘘つき」って言われそうだなって思って」
「おとも……
ますます不思議そうな律夏を見て、大樹は少しだけ笑う。
「いや、気にしないでくれ。あそこで寝泊まりしてることも多いから、反応鈍くても許してもらいたい」
「寝泊まり……え。家は別にあるんですか?」
「元々住んでた神社近くのアパートをそのままにしてる。通えない距離ではないんだが、だんだん面倒になって。今は半々くらいかな」
「そうだったんですね」
画面操作のために、続く言葉が切れて微妙な間が開いた。こうして明るい中で見ると、律夏はやはりまだ若い。日差しが肌の上ではじけているようだ。じっと見つめてしまっていることに気付いた大樹は、バツが悪くなって今度こそコンビニへと身体を向けた。
「じゃあ、気をつけて」
「あ。はい。またお店に伺います」
律夏がぴょこりと頭を下げたのも見ずに、彼はひらりと手を振って店の中へと入って行った。
* * *
コンビニの袋を手に提げて、大樹は鳥居の横を抜けた。
律夏と話していて口にした『神社』という言葉が頭の隅に引っかかっていて、店に戻りたくない気持ちも相まって、フラフラと足を延ばしてきたのだけれど、そう間違った選択でもなかったと袋を持つ手に力が入った。
真直ぐ拝殿へと続く石段へと歩を進めて、そこに座り込む人物に麦茶のペットボトルを差し出した。
「お姉さんはもう帰っちゃったの?」
「用事が済めば、帰るだろ」
言いながら、大樹は狐耳の少年の隣へと座り込んだ。水を取り出すと、すでにぬるくなり始めていた。
「子供に余計なことを吹き込まないで欲しいんだが」
「でも、お姉さんにいいところ見せてあげられたでしょ? 優しいお味だった」
「食ったのか?」
「ひとつだけ」
「袋ごともらったんじゃないのか?」
大樹が不思議そうに少年を見下ろすと、彼は麦茶を口に含んでから肩をすくめた。
「欲しかったけど。やめといてよかったって思った」
「俺は爺さんじゃないからな」
眉をひそめて石段に視線を落とした大樹に、少年は軽やかに笑った。
「違うよ。そうだったら、もらってたんだ。あんなの持ってたら、分けてあげないわけにいかないし、そうしたらますますお店に近寄れなくなっちゃう。大樹、お姉さんと仲良くなれた?」
「さあ……変わらない、んじゃないか。近寄れないって? なんでだ?」
「最近知り合った妖と仲良くなったら、行き付けなくなっちゃったの」
「……誰だ?」
「大樹はお姉さんと仲良くしてたらきっとうまくいくよ。お店に居られればなぁ。やっぱりあそこのお味は特別」
「話を逸らすな」
「逸らしてないよ。あいつ、姐さんとは気が合わないみたい。でも僕にはいろいろ教えてくれたし、大樹がお姉さんと仲良くなるのは応援してるって言ってたし、僕は嫌いじゃないから、やっていけるならそれでもいいかなって思ってたんだけど……」
ふっと、強い日差しが陰った。
空を見上げると、いつの間に湧いたのか黒い雲で太陽が隠されていた。雲はゆっくりと流れていて、少しすればまた陽が差すと思われた。
大樹が視線を戻した時には少年の姿はなかった。代わりに、男がひとり灯篭に手をついて、軽く微笑みながら彼を見下ろしていた。
「こんにちは。
薄暗い空気の中、男の顔を見て大樹は反射的に
お、と目を見開いた男の顔に夏の日差しが戻ってきて、少し濃い影を作った。
「ただのバイトじゃないじゃない」
「ただのバイトだよ。付き合いが長いだけで」
「なるほど。まあ、そう睨まないでくれるかな」
「これが素でね」
立ち上がって尻をはらうと大樹の方が男を少し見下ろす形になった。
「……で? どこのどなたが何の用で?」
「これは失礼。そんなに構えなくても、仕事の話をしたいだけなんだけど」
「妙な空気を広げようとしたくせに。構えるのも当然だろ?」
笑んだまま差し出された名刺を、大樹はひったくるようにして受け取った。
――空間デザイナー
「今は
胡散臭い肩書きに眉を寄せた大樹に、吉出は悪びれもせず言った。
「源三さんの後釜に呼ばれるくらいだから、視えてるのだろうとは思ったけど。色々驚かせてくれるよね。あの日野原さんだとは、さすがに顔を見るまで信じられなかった。源三さんとは苗字も違うし、最近は交流もなかっただろう?」
「母が嫌がってたからな。孫なんて、そんなもんだろう?」
「あー。神社との縁は、そちらの。祖父の影響で妙なことを口走るようになった息子を、何度も連れてきたって感じかな?」
源三は視えるものを否定しなかったけれど、簡単に口に出すタイプではなかった。幼かった大樹が普通の人間と普通でない人間の区別がつかなかっただけで、源三の影響ではないのだが、大樹の母はそうは思わなかったようだ。おそらく、彼女も少し視えていた。はっきりとは視えないから、余計に恐怖が募ったのだ。「気のせい」とは、自分に向けての言葉だったんだと大樹は思っている。
人に紛れていられるだけあって、頭の回転が速そうだ。大樹は気を引き締めながら名刺をポケットにしまった。
「それで? 空間デザイナーさんがなんだって?」
「もちろん、リフォームしませんかって話ですよ。『源』は年季も入ってるし、源三さんは渋ったけど日野原さんがお店をやるなら、もう少し若者向けにしてもいいでしょう? 何なら、古民家風カフェにする手もある」
「続けるかどうかは決めてない。あの店も相続的には俺のものじゃない」
「でも、現在続けられているのは、ちゃんと許可されてるからでしょう? 売り上げが伸びるのなら、貸してる方も文句は言わないですよね?」
人外とは思えない営業スマイルと普通の仕事の話に、大樹の表情は厳しさを増した。
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