23 肝試しとたまごボーロ 前編

 そいつは俺よりちょっとだけ大きいくらいで、別にだから言うことを聞いたわけじゃない。

 従兄弟のタイチみたいにデカくてげんこつが痛そうでもなかったし、イインチョのヤマモトみたいに大人ぶったことを言う訳でもなかった。

 日の暮れる頃、隣の校区にある神社にわけあって通い始めて三日目。手や口をすすぐ、水の流れている場所で陽を避けながらそいつは立ってて、でも、周りに大人はいなくて。最初は迷子かと思ったんだ。


「……だれか、探してんのか?」


 近所という訳ではないが、よく集合場所として使っていたし、辺りは探検しつくしていた。新顔で迷子にでもなったんだったら、手を貸してやろうと。

 そいつはにこにこと笑って、「そういう訳じゃないけど、暇つぶし」なんて言った。

 ふうんって相槌っぽいものを打ちながら、手と口をすすいで、手を合わせに行く。お賽銭は最初の日に入れた十円だけだったけど、俺にできるのはそのくらいしかなかったんだ。

 それから毎日そいつはそこに居て、お参りの後、なんとなく話をするようになった。


「え。入れてもらえねーって……」

「仕方ないんだ。子供だから」


 足元の小石をひとつ蹴って、そいつは小さく笑う。

 その言い様に、俺はちょっとだけムカついてしまう。


「子供だから、なんて、大人のズルイ言い分だぞ! 行っちまえばいいんだよ! この辺なら、俺が連れてってやる!」

「ありがとう。でも、いいんだ。こうやって、新しいことにも出会えるし、ほかで暮らすコツも教えてもらったから、そんなに困ってない」


 ニコニコ顔は、でも満足してるようではなくて、俺も口をへの字に曲げてしまう。

 大人の都合で、あっちこっち。子供には、自分の居場所も自分で決められない。


「困らないからいいってもんでもないだろ! 居たいとこに居れるのが一番だ!」


 力説する俺に、そいつはうふふと笑って、ちろりと唇を舐めた。


「君は優しいね。優しい怒り方。やっぱり、こういう味の方が好きだなあ」

「味?」

「〈すすき原〉のお化け屋敷、知ってる?」


 唐突に、そいつは話題を変えた。でも、友達同士の会話なんてそんなもんだよな。


「お化け屋敷……聞いたことはあるな」

「肝試ししようよ。どっちが先にそこを見つけられるか。証拠に何か持ってくること! どう?」

「え。お化け屋敷、だろ……?」

「怖い? でも、そこ、上手くすればもう死んだ人の作ってた料理が食べられるって噂だよ。すごいと思わない? 手掛かりは、そこのお守りとか売ってるおじさん。お化け屋敷のこと知ってるみたい。上手く訊き出せればいいんだけど、なかなか教えてくれなくて。怖けりゃ昼間でもいいよ。ひとりだとだんだん面倒になってさ。競争なら、やる気も出そう」


 社務所併設の授与所を指差して、そいつはウキウキと提案する。毎日ここで暇つぶしをしているなら、確かにそろそろ飽きてくるころだ。何か目標が欲しくなるのもわかる。お化けはちょっと怖いけど……「死んだ人の料理」は俺の勇気を絞り出してくれた。


「わかった! 競争な!」




 売り子のおっさんのことは知ってた。ちょっと怖い顔してるけど、害はない。いつもいるわけじゃないけど、金曜から週末にかけては来るはずだ。

 金曜の夕方、社務所から出てくるのを待って、突撃した。


「おっさん! なあ、おっさん! すすき原のお化け屋敷ってどこにあるんだ?」

「……おっ……」


 眉間に皺を寄せて、こめかみを押さえたおっさんは二割増し怖い顔になったけれど、声はどこか弱々しかった。


「お化け屋敷? 祭りはまだだぞ」

「ちげーよ。噂だよ。知ってんだろ?」

「なんで、俺が……」


 おっさんは辺りをぐるりと見渡した。


「……誰かに何か聞いたのか? あれはお化け屋敷じゃない。古いがちゃんと営業してる店だ。子供が肝試しに行くようなとこじゃないぞ」

「そう、なのか……?」


 やや呆れ声に若干怯んだものの、お店というのなら料理が食べられるというのは本当かもしれない。


「どっちでもいいや! 教えてよ! 友達と約束してるんだ!」

「地下鉄すすき原駅からそう遠くないが……子供同士で来られると迷惑だ。親御さんならわかるだろうから、頼んでみるんだな」

「え……あ、ちょっと!」

「悪いな。あんまり時間はないんだ」


 おっさんは大股で歩き出すと、通りでタクシーを拾って乗って行ってしまった。

 親なんかに言えないから、見ず知らずの大人に聞いてるんじゃないか!

 明日も待ち伏せしようか迷って、土曜日なんだからと気づく。学校は休みだ。地下鉄駅の近くだというなら、自転車で行って、あの辺を探せばいいんじゃね?

 俺はひどく上手いことを思いついたと、上機嫌で家に帰ったのだった。



 * * *



 早起きをした俺は、朝ごはんを食べて早々に愛車ブラックサンダー号にまたがった。父さんが何か言ってたけど、無視だ無視!

 飲み屋街が広がる駅周辺は、閑散としていて静かだった。たまにカラスがごみを漁って騒いでいるくらいで、大きな道を外れてしまうと夜の賑やかさが嘘のようだ。しばらく縦に横に碁盤の目のような道を走ってみたけど、お化け屋敷らしき建物は見当たらない。

 今度は自転車を下りて歩いてみる。

 カラスの声と姿に時々びっくりしながらも、ぐるぐると一画を巡る。まだ朝だというのに、なんだか心細くなってくるのは何故だろう。何も見つけられず、一度、駅の入り口まで戻って一休みする。


 花壇の縁に腰掛けていると、女の人がひとり出てきて、静かなビル街へと歩いていった。数少ない通行人はみんなだるそうなのに、その人だけ爽やかなワンピースに軽い足取りで、ついつい目で追ってしまう。気を取られているうちに、横に誰か立つ気配がした。


「あの人、売り子のおじさんの知り合いだよ」

「え?」


 急に話しかけられたので、驚いて顔を上げると、神社にいたヤツだった。


「お前も探しに来たのか?」

「うん。競争だもん。僕、あっち見てくるね!」


 元気に走っていく姿に、こちらも焦ってしまう。とはいえ、この一画は一通り確認してしまったので、どっちに行こうかと困ってしまった。立ち上がると、さっきの女性の後ろ姿が目に入る。

 おっさんの、知り合い。

 まさか、まさかだけど。

 俺はその背中を追って、走り出した。


 信号をひとつ渡った先で、その人はビルの中へと入って行った。

 シンとしていて他に人影もなく、何の用事があるのかと不思議になるくらいだ。ためらいつつも後を追う。薄暗い廊下に面する店のドアは閉じられていて、シャッターまで下りているところもある。どの店も開いている様子はなかった。

 足をすくませていると、奥の方から金属製のドアの閉まる音がした。小さく反響した音を聞きながら、慌てて奥へと進んでみる。観葉植物や積まれた段ボールの向こうに、壁の色と同じ色の目立たないドアを見つけて、俺は急にドキドキしてきた。

 開くだろうか? この向こうには何が?

 悩んでいてもドアは開かない。俺はノブを握ると、力を込めてそのドアを押してみた。キィ、と少し高い音を立ててドアは開いた。風が吹き込んできて、外に出るドアだと判る。裏口だろうかと辺りを窺えば、ドアの陰の方にあの女の人が見えた。彼女の向かう先には――


「……お化け屋敷……!」


 と、言っても明るい中で見れば、ただのボロい家にも見える。急いで飛び出して、彼女が木製の戸に手をかけた時にはすぐ後ろまで追いついていた。


「こんにちは……」

「――ちわーっす!」


 開いた扉に身体を滑り込ませると、作務衣を着た売り子のおっさんと目が合った。女の人は「えっ?」とか言って驚いている。


「……知り合いの子か?」

「ぜ、全然! びっくりした。ダイキさんの知り合いでも……?」

「神社で、たまに見かける子では、あるんだが……」


 眉間に皺を寄せてふっと一息つくと、おっさんは眉間に指を当てて考え込み始めた。

 店の中はそんなに広くない。外と違って、中はそんなにボロくもない。おっさんの後ろの棚には食器やお酒がたくさん並んでいた。


「なんだ。おっさん、店やってんのか? 今日はじゃねーの?」

「……違う、が。まあ、そういうことにしておく。一人で来たのか? 結構距離あるよな? 今日はあっちは休みにしてもらって……ここも休みなんだが……『お化け屋敷』じゃないって納得しただろう?」


 確かに、店内は古いが綺麗で、お化けが出そうではない。まあ、でも、そこはどうでもいいのだ。

 やれやれというように、おっさんは冷蔵庫からオレンジジュースを出してコップに注いだ。それをカウンターに置いて目配せされたので、俺は遠慮なくそこの椅子によじ登る。


「いただきまーす!」

「飲んだら帰れよ。リツカさんも、どうぞ」


 彼女には麦茶が出される。一つ向こうの椅子に腰かけた彼女とおっさんを見比べて、俺は素朴な疑問を口にした。


「休みなのに、なんで客が来んの?」

「今日はお客じゃないの。お手伝いを頼まれて」

「休みなのに?」

「他のお客がいない方がいいみたい」

「ふぅん? 何すんの?」


 彼女がおっさんを見たので、俺もおっさんを見る。すごく嫌そうな顔をされたので、俺はにやりと笑ってしまった。


「ふぅん? すけべなこと?」

「違う! 何を言って……新しい、料理をだなぁ……!」


 おっさんは慌ててるけど、彼女はくすくすと笑っている。本当のところはどうなのかちょっとだけ気になったけど、それよりも思い出したことがあったので、俺はカウンターに手をついて伸び上がった。


「料理! そうだよ! おっさん、ここ、もう死んだ人の手料理食べられるんだって? 俺にもつくってよ! 母さんのおやつ!」


 おっさんはぎょっとして、それから怪訝そうに眉をひそめた。




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