共鳴する墓と一刃
他の参加者がいることはいい。というか、いない方がおかしいし、ある意味、いなければならない。僕だって、なんだか最近、死ぬのが怖くなくなってきている部分があるが、それでも、どんな怖ろしい方法で害を与えられるかについては、どうあったって恐怖を抱かざるを得ない。ならば、それに立ち向かうため、仲間……とはいえなくとも、同じ恐怖に直面している……まあ、同志がいることは、心強いものがある。もちろん、協力プレイのための人員も含めて。
しかしながら、それは、あくまで自身に利する前提が必要である。参加者が多ければ多いほど、その思想は十人十色に隔たっていく。中には利己的な者も出てくるだろう。というより、僕を含めて、基本的に全員が利己的だ。社交辞令や口から出任せ、おためごかしを除いた本心を開けっ広げて言ってしまえば、誰もが結局、自分が一番可愛いのである。特にこんな、自らの命がかかった場面であれば、格別にその行動は利己的に顕在化するだろう。だが利己的であるからこそ――自らに他人を利するために、他人に取り入る、という行動はあってしかるべきだ。そしてそれは、僕たち人間が、常日頃から嫌と言うほど繰り返しているルーチンでもある。どんな世界でも、出る杭は打たれる。誰もが表面上は、困ったときはお互い様、とか、媚びた笑みを浮かべて、人類の共生のために一役買っているポーズをとっているのだ。
「うっぜえ」
とか、脳内で現実逃避をしていたけれど、僕は仕方なく、嘆息をしておいた。
「おいおい、アサヒ! 奇遇じゃんか! ……なによ。俺に会えて安心しちゃった?」
墓地であろうと雰囲気を読まずに、うざったく明るく、僕の肩を組んで面倒臭く、我が友、村坂応次はパーソナルスペースを無視して、絡んできた。「いやあ、叶ちゃんとふたりのところ邪魔してごめんな?」、と、耳元で囁く。ひっひっひ。とか、なんか嬉しそうに笑いながら。
「うっぜえ」
僕は繰り返す。腹の底から本心が湧いてきた。いくら仲間とも、友達とも呼べる、協力プレイに関して自身に利する可能性も十分あり得る相手であっても、それ以上に面倒臭い者もまた、邪魔なだけである。
「こんなところで会えたってのに辛辣だなおい! おまえ俺をなんだと思ってんだよ!」
「あ、烏羽さん。この天パ野郎の相手してもらって、なんだか、すみません」
「天パ!? おまえ俺を天パだと思ってたの!? 見ろやこの髪の毛! 直毛だろうが!」
「うるさい。頭の毛じゃなくて、頭の中が天パなんだよ、おまえは」
「頭の中!? 脳味噌に毛が生えてるってのか!?」
「頭くるくるぱーだって言ってんだよ」
「それって天パじゃねえか!」
だからそう言っている。
「うん? 大丈夫だぞ、わ、……わきみ? その天パとは、いまここで会っただけだから」
「わきみじゃなくて、『わけみ』です」
「おお、すまん」
烏羽さんは人名を覚えるのが苦手です。
「かーっ! 俺、いつから天パにっ!?」
おまえはうるさいから、もう帰れ。
*
とはいえ、閑話休題、だ。いいかげんこんなことをしている場合ではない。ゲームが始まって、もうだいぶ、時間が経っているはずなのだ。
「つまり、かくかくしかじかです」
僕はかいつまんで、烏羽さんに説明した。
「ふむ。把握した。つまり――」
烏羽さんは得心して、再度、僕の墓石に向き合う。そして自然な動作で、持っていた木の棒を振りかざした。
「この墓石をたたっ切ればいいのだな!」
「ちょっ……おまっ! ストップスト~ップ!!」
なにも解ってくれていない彼女を、僕は後ろから羽交い絞めにして、なんとか留める。あえて剣道部には所属していないが、彼女の剣技は本物だ。なにせいまどき、本物の剣術道場をご実家に持つ、なんかラノベにひとりはいそうなキャラ設定を持つ女子なのだから。
「話聞いてました!? それに危害を加えたら、僕が傷付くかもしれないんですってば! やるにしてもそんな、思いっきりぶっ壊す勢いでやらないでもらえます!?」
ちなみに、当然クラスメイトである、烏羽さんも僕と同い年……かはともかく、同学年だが、どうしても彼女には敬語になってしまう。クラス副委員長という、いちおうは肩書上、目上とも言えるという要因もあるけれど、やはり、怒らせてはいけない相手だから、とも言えた。そもそもさほど親しくはないし。そんな相手には基本、敬語を使うべきだろう。
「おお、すまん。ぶっちゃけ話聞いてなかった」
じゃあなにを把握したんだよ、さっきのあんたは。
「あっはっは。刀子ちゃん。相変わらず加減できねえな、おい。こりゃ一助くんも苦労するねえ」
決してやつも親しくはないはずなのに、烏羽さんにかなり気さくな様子である。この馬鹿の交友関係についてはさほど詳しくないけれど、彼女といくらか、接点でもあるのだろうか? 確かに彼女は、クラス副委員長である関係上、比較的クラスメイト全員に、分け隔てなく接しているけれど。
「私をちゃん付けで呼ぶな、天パ。おまえから切られたいようだな?」
そうでもなかった。村坂も相変わらず、よく相手の地雷に踏み込むやつである。
「俺、やっぱ天パなんだな……」
村坂は別の意味で地べたに這いつくばってしまった。が、それを哀れと思ったのか、あるいは見た目通りに、最上級の謝罪と受け取ったのか、烏羽さんは、刀を収める。……木刀ですらない、木の棒だけれど。
*
再度、烏羽さんに説明する。とはいえ、ここが夢の中だとか、ゲームの最中だとかは、さすがに話していない。加賀殻さんには言ってしまったが、このふたりには言わなくていいだろう。どっちも別のベクトルで、馬鹿だから。素直馬鹿だから。
「ふむ。今度こそ把握した。つまりこの墓石を、まっぷたつに――」
「ちゃうちゃうちゃうちゃう! だから話を聞けよ! それは僕みたいなもんなんだって! そのつもりで攻撃してくれる!?」
なにを今度こそ把握したのかは知らないが、烏羽さんはさきほどと同様に、あるいはそれ以上に物騒に、木の棒を持ち上げるから、僕は必死で、それを制止した。今度は寸前での制止ではなかったので、なんとか言葉だけで止めることに成功する。……うん。今度からやばかったら早めに言葉で止めよう。
「なるほど。つまりぶった――」
「切るの!? つまり基本的に、君は僕を切ってもいいと、そう言ってるの!?」
「いいかよく聞け、わきみ」
わけみです。
「刀は、切るためにある。そして、人は切られるためにある」
ちょっと瞳を輝かせて、なにを言っているのだろう、この馬鹿は。
そういえば、ふと思い出した。烏羽刀子は、クラス副委員長という肩書もそうだが、むしろそれ以上に、クラス委員長、清浦一助の恋人である、という肩書の方が、実は有名だ。いや、その有名性は、どちらかというと彼女の戦闘力が――剣術道場を実家に持ち、その後継ぎとして幼少から仕込まれているゆえに、その結果――べらぼうに高い、というところにもっとも、起因している。
つまり、それだけの強さを持ち、言いかえれば、力で物事を解決できる立場にいる彼女が、清浦一助にはべたべたに依存しており、それゆえに、彼にうまくコントロール……というと印象が悪いが、ともかく、非行をせずに生活できている、という点で、有名なのだ。つまり、烏羽刀子は、清浦一助のそばにいなければ、基本的に、こういう人間なのである。ゆえに、清浦一助は、よく、烏羽刀子の『鞘』だと比喩されてもいた。『さやうら』という名字も文字ったネーミングである。
「とにかく、もちょっと手加減とかできませんかね?」
へりくだって、僕は手を揉みながら、低姿勢でお伺いを立ててみた。
「難しくて解らんな。……三文字以内で話せ」
無理です。せいぜい『切るな』としか言えない。……いや、むしろそう言って、もう自分で墓石をいじくった方がどう考えても安全だろう。正直、自分で自分の墓を――というのももちろんだが、やはり単純に墓石を傷付けようという罰当たり感が辛くて、烏羽さんに頼ろうとしていた。あるいは、墓石という、割と頑丈そうな物質を傷付ける方法を、僕はさほど多く、思い付かなかったというのもあるが。
いや、ともすれば、いくら烏羽さんとはいえ、しっかとした木刀などならまだしも、そのへんで拾ったらしい木の棒で墓石をぶった切るとは、むしろ荒唐無稽ではないか? むしろ彼女レベルの達人に思い切りやらせてようやく、多少の傷が付く、程度で収まるのではないだろうか?
「あ、蚊」
と、不意に、加賀殻さんが言った。蚊、か。確かにもう夏だ。あまりおそらく夢の中だから、蚊に食われていようがかゆみなど感じないのかもしれないが、耳元で飛ばれたりして、確かにさっきから、その存在は感じていた。
「なにっ……!」
が、そんな言葉に気を取られたつかの間、瞬間で烏羽さんは反応し、その蚊を――切ったのかは、僕ごとき一般人には見えなかったが、そちら方向に、木の棒を振り抜いた。そして、その先には、僕の墓石も、あったのである。
そして、……『あ、蚊』。これは確かに、三文字だった。
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