共鳴する墓と誰から


 このゲームが始まった当初に、なんとなく目端に見えていたのだ。しかし、それは背景のように、うまく認知として頭に入っていなかった。それを想起し、この場所に回帰した。


「あらあらぁ……私の、お墓ねぇ」


 それを見ても加賀殻さんは相変わらずに危機感なく、気分も害した様子なく、むしろどこか嬉々として、興味を持ったように、見つめていた。やや腰を屈め、その和型墓石を撫でていた。


 同じだ、と、思う。もちろん細部まで完璧に記憶してはいないが、僕の――『分美家之墓』と刻まれた和型墓石と、同じデザインに見える。……とはいえ、和型墓石なんぞさして多数にデザインが分岐してはいないだろうし、やはり錯覚かも知れないが、同じようなものに感じた。

 であるなら、やはり、これがなにか、関与しているのだろう。そうは思うが、いったいどう関与しているかは、解らない。いまも加賀殻さんが自分の墓をあれこれ眺めているけれど、なんとも、疑問を持っていないようだった。……いや、疑問を持たないのもどうかと思うけれども。加賀殻さん。おっとりが過ぎて、もはやタフである。図太いにもほどがある。


 でも、だからこそ、言ってもいいのでは、ないだろうか? そう、僕はふと、決断した。


「加賀殻さん、ちょっと聞いてほしいんだけど」


 そう、切り出す。なぁにぃ? と、なんでもないように笑って、加賀殻さんは自らの墓石から振り向き、言った。


「実は、ここは、…………夢の中なんだ」


 やけにあっさりとした気構えで、僕は、さらりと、言ってしまった。


        *


「夢の……中ぁ……?」


 ぽかん、と、加賀殻さんは小首を傾げて、僕の言葉を反芻した。そりゃそうだ、そんなことを言われても、変な奴を見る目で見られるだけだ。しかし、それを言ってしまえば、半信半疑――いや、完全猜疑の状態であろうとも、僕の空想・・に付き合ってはくれるだろう。そうすれば、もっと積極的に、おおっぴらに、ゲーム攻略に向けて動きやすい。

 せめて、そこまででも理解を示してくれれば、生存率は、ぐっと上がる。あるいはいざというとき、急に想像もできない異形の魔物が現れても、唐突に訪れる奇想天外の事態に遭遇しても、少しは対応しやすいだろう。

 それだけでいい。それだけを理解してくれれば、僕が、いま、どう冷ややかな目で見られようが、どうでもいいのだ。僕の目的は、僕を守ることじゃない。彼女を――加賀殻さんを守ることなのだから。


「知ってるけどぉ?」


 が、加賀殻さんはあっけらかんと、そう言った。むしろ、なにをいまさらそんな当たり前のことをいってるんだこいつ、と、そちら方面に奇矯な奴を見る、目で。


 いや、ともすればそれこそが、本来的に当然の反応なのかもしれない。この状況が、この場所が、夢の中のデスゲームの最中だと理解できなくとも、よもや現実だとは思えないだろう。いきなり、変な格好で夜の霊園にいて、そこから出ようにも、よく解らない、正体不明の黒いもやに覆われ、隔離されているのだから。


 そうか。むしろ、普通に考えれば・・・・・・・、ここは夢の中だと思った方が、自然な思考なのである。逆にここが夢の中だと最初から理解していただけに、僕は、常識的思考を忘れていたようだ。


「あっ……はは、そうだよね。知ってるよね」


 笑っておく。しかし、ともかく、僕の目的はとりあえず達成だ。むしろいらぬ遠慮をしていたことになるが、ここからは、気兼ねなくゲーム攻略に向けて動いてもいいということだろう。


 僕は改めて、加賀殻さんの墓を、観察した。


        *


 正面から見る。『加賀殻家之墓』。……いちおう、若干ならず好意が――興味がある女子の名が刻まれた墓石だ。個人的にはかなり、気色が悪い、というか、気分が悪いものである。改めてこのゲームを仕組んだであろう『神』に嫌悪する。

 側面……背面、と、確認する。それらは、正面から見た墓石に、なにも名が刻まれていないだけの、やはり、ただの、墓石である。繰り返し、僕は墓石に造詣が深いわけではないと言っておくが、とはいえ、結局はただの墓石でしかないようである。少なくともこれ以上は、僕ごときでは、なんらかの違いがあるとしても見抜けやしないだろう。


 では、これはもう、とりあえず見た目はただの墓石であると理解したうえで、攻略を進めるしかないようである。


「なにか解ったぁ?」


 加賀殻さんが、動きを止めた僕に近寄り、尋ねた。正直、なにも解っちゃいない。しかし、なにも解らなかったでは格好がつかない。


「……普通の墓石だってことが、解った」

 真実である。そしてそれこそが、いま、やはり重要なのだ。……たぶん。


「そうだねぇ。……それだけ?」

 間を溜めて、加賀殻さんは言った。失望……ではなくとも、なんとも、がくっ、と、ずっこけそうなリアクションで。


「いや……! えっと……ちなみに! これ、加賀殻さんのご先祖のお墓じゃ、ないよね?」

「う~ん。おじいちゃんのお墓は、別の霊園だからなぁ~」


 中空を見るように首を傾げて、加賀殻さんは記憶を辿ったようだった。そして、やはり、これは彼女のご家族・ご親戚の墓ではないようである。……まあ、それも、わずかながらヒントにはなるだろう。


「だったら、やっぱり、この墓に意味があるんだよ。このゲー……じゃなくて、ここから抜け出るためのヒントが。……加賀殻さんはなにか、気付いたことない?」


 彼女に頼るのは、男としてはやや、気後れするところもあったが、四の五の言っていられないだろう。そもそも男だ女だと言うような時代でもない。


「う~ん。ない、かなぁ。ただのお墓よねぇ。私の名字は珍しいから、変ねぇ、とは、思うけど」


 まあ、そうなるか。しかし困った、これでは手詰まりである。こうなっては、僕の仮説に従い、この墓になにか、手を加えてみるしかないだろうか? 動かしたり、壊してみたり。……ううむ。どうせこれは僕たちのお墓ではないし、どうせここは夢の中とはいえ、どうしても罰当たり感が払拭できないが――。


「とりあえず、なにをするにしても、僕の墓石で試そう。すぐそこにあるから」


 と、どちらにしても、手を加えるなら、彼女のものより僕のものだ。彼女の墓をいじって、それで彼女が傷付くようなことがあれば、僕は自分を許せない。……マサラの例もある。傷を負う、という結果が出てしまう可能性は、おおいにあるのだ。


「ん? ……あれ? ……分美くんのお墓もあるの?」

「え、うん。……そこに」


 さきほど見付けた、自分自身の墓の場所を指さす。その位置も、ちゃんと覚えていた。


「へぇ~。……あ、おぉ~い!」

 と、いきなり加賀殻さんは、僕の墓石の方へ手を振り、駆けて行った。なんだなんだ? と、見ると。


 そこには、誰か、いた。


        *


 いや、誰か、ではない。誰から、だ。……なんだその語彙。


「ん……おお、かなじゃないか」


 ひとりは、僕の墓石に面と向かって、雄々しくも仁王立ちしていた、女子。ガチでどっから拾ってきたか解らない、草を咥えて、長い木の枝を肩に担いだ、あねさんである。我がクラスの副委員長、そして、委員長の清浦さやうら一助いちすけの恋人である、烏羽からすば刀子とうこだ。


「叶ちゃ~ん。……と、なんだ、アサヒじゃんか」


「うげ」


 僕は素直に顔を顰めた。烏羽さんの隣に腰を沈めて、しゃがみこみ、僕の墓石を楽しそうに見ていた男子生徒。彼こそが、僕のいちおうは友人。かつての隣人で、今月は僕の斜め後ろのあたりでぎゃあぎゃあ騒いでいる、腐れ縁。村坂応次、その人だった。



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