共鳴する墓への回帰
加賀殻さんとの初デートは、まさかの墓地で、つつがなく進行していた。
「か、加賀殻さん。……ご趣味は?」
「ご趣味~? え~と、お菓子?」
「お菓子! いいね! 僕もチョコとかよく食べるよ! テスト期間中は糖分欲しくなっちゃって」
「チョコもいいけどぉ~、スナック菓子とか。えへへ……それで最近、ちょっと太っちゃったけど」
「そうかな? 見た目には解らないけど」
「もういっぱい太っちゃったのぉ~。食べ過ぎはよくないわよね~」
つつがなさすぎた。なにをご歓談しているのだろう、僕たちは。
しかし、うふふ、と、特段体重増加を気にしていないふうに笑う加賀殻さんを見ていると、どうでもよくなる。
ああ、もう、とっとと彼女を家に帰して、僕は――あれ、僕たち、なにしてるんだっけ?
「あらぁ?」
と、僕がなにか重大なことを思い出しそうになっていると、加賀殻さんが立ち止まり、首を捻っていた。そこは、霊園内の外れ。ちょうど敷地の内と外を隔てる、出入口だった。
「ん~~っしょ! ……あらぁ?」
その空間を、加賀殻さんは可愛らしい精いっぱいで、両手でもって押して、また、首を捻った。よく見るとそのあたりには、薄い、黒いもやのようなものが立ち込めている。
「うんん……分美くん。よく解らないけれど、出られないの。……変ねぇ」
頓狂に首を傾げるだけの、加賀殻さん。ゆえに遅ればせにも、僕も、その空間に触れてみる。ちょうど、霊園の敷地をどうやら、ぐるりと囲っていそうな、黒いもやに。
「……なんだろう、これ」
触れてみて――いや、触れては、たぶん、いないのだけれど。その空間に手を伸ばしてみて、不思議な反発感があることを、知覚する。ここが夢の中だからなのか、やはり、触覚としてなにかを受容しているという感覚は乏しい。しかし、確実な拒絶力を持って、それは、僕たちの離脱を阻んでいた。
「……出られない、って、ことか」
こんな経験は
「出られない……?」
僕の呟きを反芻して、加賀殻さんはそう言った。まずい、少し不安にさせてしまったか? 僕は最悪、ゲームが終われば――なんなら死ねば、現実に戻れることを知っていて、あるいはまだ精神的余裕があるけれど、これが夢の中だと知らない人にとっては、局所的空間に隔離されることは、あるいは、死ぬことよりも怖ろしいものですらあるかもしれない。
「あらあらぁ……困ったわねぇ。どうしましょ?」
しかし、加賀殻さんはいまだ寝惚けているかのように、おっとりと、そう、言うだけだった。
*
ともあれ、僕も初お見合いムードから抜け出し、改めて、気を引き締めた。そうだ。最終的には死なないとはいえ、ここは、命がかかったゲームの中だ。いくら夢で、目覚めれば生き返るとはいえ、もう、目の前で加賀殻さんを失いたくなどない。僕が、彼女にとって、特段特別でもない、ただのクラスメイトでしかないとしても。
「とにかく、ここにいても仕方がない。……他に出口がないか、探そう」
とりあえず、そう言った。だが、探すべきは、クリア条件だ。
まだ、僕はこのゲームを一度しかクリアしていない。だが、わずかであれど、井奈さんとの情報交換によって、合計で二回分のゲームクリアを経験していると言ってもいい。
井奈さんがクリアしたゲーム。それには人外の怪物が現れ、ゲーム参加者を蹂躙していた、らしい。にわかには信じられない話ではあったが、そういう、モンスターというか、まさしくテレビゲームに登場する魔物のような存在がいても、いまさら、現実逃避はできないだろう。
そして、そのときのクリア条件なのだが――どうやら井奈さんは、よく解っていないらしい。気が付いたら終わっていた、と。しかし、時間にして、おそらく、一時間くらいゲームは行われていた。そうも言っていた。ゆえに、あくまで仮説ではあるが、一定時間の生き残り、あるいは――あまり考えたくはないが、一定人数以下までの
しかし、だからといって、毎度毎度、身を隠して、逃げ回って、弱腰に生き残ることに固執していても、どうともならないだろう。せめて、そのゲームの特性を見抜き、そのうえで逃げる選択を――最善であろう選択をするべきだ。
それに、僕がクリアしたゲームのように、特定位置への到達、が、クリア条件である可能性も多分にある。それなら、とにかく、移動すべきだ。僕がクリアしたゲームのように、到達点が輝いていたり、解りやすい目印があるかもしれない。それを探してもいいし、あるいは、井奈さんがクリアしたゲームのように、異形の怪物が徘徊しているかも……。それは確かに怖ろしいが、先んじてそいつを見付け出せれば、逃げるにしても、抗うにしても先手が取れる。まあともかく、生き残りたいからこそ、僕たちは動かなければならないのだ。
また、他にもゲームのクリア条件は多岐にわたるだろう。それを探すにも、やはり、動くしかない。よもや『一定時間動かずにいること』などのように、消極的にしていることこそがクリア条件になっているとは……まあ、なくもないだろうが、感覚的には、それよりも、動いてなにかを為すクリア条件の方が、
そうだ。これもあくまで僕の勝手な妄想だが、これは、
……まあ結局、いまの段階ではなにもかもが憶測でしかない。だから、考えるべきは、ただひとつ。
「うふふ~。じゃあ私は、分美くんに着いて行くわね~」
この笑顔を、守ること。その手段を適宜、選ぶこと。それだけだ。
*
出口を探す。そう言ったのは、申し訳ないが、方便だ。確かに、他に出口がある可能性も、まだ、ある。むしろ、ほとんどをもやに囲われ、そのうちの一部分のみが通行可能……そして、その通行可能な場所へ辿り着くことが、攻略条件である可能性も、十分考えられる。
だが、
とすると、やはり気になるのは、この
ならば、やはり、この数多ある墓石が、ゲームに関与しているのだろう。そう考えると、いろいろと思い出してきた。
マサラ。あの、白い少年。彼が唐突に額に傷を負った、あの、ときだ。
彼は言った。「共鳴……墓……」。そのように、呟いていた。『共鳴』という言葉は、あまり日常では使わない。彼もぼそりと呟いていただけなので、そこは多少、聞き違いであったとも考えられる。しかし、『墓』。それは確実に呟いていた。彼のゲームに対する洞察力は、まあ少なくとも、僕よりは高いだろう。ならば、彼が『墓』に着眼したのは、信用してもいいはずだ。
そして、その後、僕の名前――その姓の、漢字を尋ねた。それは、そばにあった、僕の姓が彫られた墓石。それを見付けたから。僕の記憶にない、
だとすれば、マサラがいきなり、傷を負ったのにも、無理矢理な説明ができる。つまり、ここには僕たち参加者の墓がそれぞれ建っていて、それになんらかの手段を用いることで、それと共鳴した――同姓のプレイヤーが、なんらかの影響を受ける。そういうことでは、ないだろうか?
これもまだ、仮設でしかない。しかし、もうひとつ思い出したことがある。ふと、ちらりと目にしただけで、記憶にもうまく定着していなかった。だから、いま、ようやく思い出せた。
あれは、マサラが傷を負う、直前だ。彼が先を歩くので、それを追った、僕の視界の隅にちらりと見えた、ひとつの墓石。そこに彫られていた、名前。
……僕の墓が敷地内に、たまたまあっただけなら、やはり偶然でも片が付く。しかし、他に、今回のゲームのプレイヤーの名が彫られた墓があったなら、どうなる? まだふたつだ、それも偶然で片が付くか?
付くかもしれない。しかし、それでも、僕の推理の信憑性は、わずかならず、上がるはずだ。
「……やっぱりだ」
彼女と
『加賀殻家之墓』
と、彫られた墓石が、気味悪く建っているのだった。
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