共鳴する墓と彼女


 話をするため――という理由を置いておくとしても、僕はマサラを追おうと、瞬間、考えた。あれだけ急いて行ってしまったのだ、おそらく僕の話にもそうそう付き合ってはくれないだろうし、その件は、このゲームが落ち着いたらでいい。が、それを抜きにしても、あれだけ確信的に走って行ってしまったのだから、もうすでに、今回のゲームについて、若干ならぬヒントを得ている可能性が高かった。そんな重要なことですら、話す余裕はないのかもしれない。しかし、単純に彼に着いて行くことで、そのヒントを目にすることができる。そういうことも十二分にあっただろうから。そもそも特段に他に、目指すべき指標があったわけでもないのだし。

 が、僕は動かなかった。咄嗟のことで判断が遅れた、というのも大きい。しかし、それとは別にしても、思った以上に動揺していた、というのが、一番だった。


 ここは夢の中で、現実に似せてはいても、この墓地の構造は実際とやや異なっている……のだと思う。偶然の同姓ということもあり得るが、僕の祖父のものとは違う場所に、『分美家之墓』が建っていたのだから。で、問題は、その『分美家之墓』だった。


 その墓は、なるほど、なんらかの形で今回のゲームに関係しているのだろう。ゆえに、それを調べてみるのは有意義だ。そういう考えも、遅ればせながら浮かんできた。が、実際に僕がそれを見て、マサラを追うのを諦めてしまったのは、別の理由。

 極めて単純な、理由。僕はその墓を見て、素直に背筋に、悪寒が走ってしまったのだ。それによる、硬直である。


「……なんだか、死後に幽霊になって、自分の墓を見ている気分だ」


 特別にホラーに耐性がないわけじゃないけれど、この状況はさすがに気持ち悪い。夢の中にいるという状況も、ともすれば意識だけ肉体から離れた、仮死状態のようなものだとも思えなくもないし。

 ……あれ、あまりいま考えるべきことじゃないけれど、もしかしたら、この夢の中のゲーム、そういう理屈で成り立っているのかも? つまり、眠っている状態から意識や、魂とでもいうものが抜け出ていて、こんなふうに集められ、ゲームに参加させられている。そう思えば、痛みなどの感覚を受容しないことにも、死んでも目覚めれば生き返ることにも、いちおうの説明はつくのでは? ……その、眠った人間から魂を抜いて、集め、常識外のゲームを作り上げている手法は解らないにしても。

 まあ、それは本当に、いま考えるべきことじゃない。それよりも――。


「なんの変哲も、ないよな?」


 ちょっと心ここにあらずに無用なことを考えてはいたけれど、僕は一通り、検分を済ませていた。その結論が、これである。特別に墓石に造形は深くないが、見るに、一般的な墓石でしかないようだった。日本人であれば真っ先にイメージするであろう、和型墓石。ちなみに、去年建てた僕の祖父の墓石は洋型墓石にて建立したのであるから、すぐにそれではないと理解できたのだ。


「強いて言えば」

 あまり力を入れて触ったわけではない。むしろ、そもそも『触れる』ということ自体をできるだけ倦厭して、観察していた。しかし、軽く触ってみるに、どうにも――。

「なんだか、重量感が、……軽い?」


 墓石にイメージする、どっしりと、しっかりと建っている感じが、なんとなくしなかった。繰り返すが、僕は墓石について造形は深くないし、罰当たりを怖れてそうそう、人生で墓石に触れた経験すらないだろう。ゆえに、本来の墓石の重みをも知りはしないから、比較は難しいけれど――やはり、なんとなくイメージしていた墓石よりもよほど、脆く、軽い、触れ心地だった。少し力を入れれば押し倒せそうでもある。


 あるいは、ここが夢の中だから? 以前の、雨の夢のときにも一度、壊した扉を持ち上げて進んだりもしたけれど、なんとなく軽い……というか、持ち上げるのに困難さをさほど感じなかった。あくまであのサイズの扉を持ち上げる、という点においては、だが。疲労感も意識しないと認識できない夢の世界だ、現実世界よりも物が軽く感じるとしても、おかしくはないのかもしれない。


「まあ、つまり総じて、普通なわけだ」


 普通の墓石だ。そう、とりあえずは結論付ける。であれば、マサラ――あの、白い少年は、なにを気にしたのだろう? いや、この墓石がおかしいのは、解る。少なくとも僕には解る。繰り返すが、これは僕の祖父の墓石ではないし、分美という姓もやはり珍しい。であれば、これはこのゲームのためにわざわざ設置された、このゲームに関連するなにかである可能性は高いのだ。だがどうして、マサラがこれを、おかしいと感じた? 僕の姓が珍しいという理由からのみか? ……いや、あいつ、確かなにかをぶつくさ呟いていたような――?


 ふむう。などと、ない頭を捻って考えてみたけれど、なんとも、正直ね、毎度のことなのだけれど、こんなゲームの中じゃ実のところそうそう、頭も回らないのである。現実的には死なないとはいえ、ここはデスゲームの中だ。あまり思考に没頭すると隙を突かれ、即座にやられる。その焦燥が、頭の回転を鈍らせる。それに、ぶっちゃけ今日は、明日の英語のテストで頭がいっぱいだ。関係代名詞ってなんだっけ?


 ……ああ、なんか、疲れた。甘いもん食いてえ。


「あらぁ……分美くんじゃない? こんばんは~」


 ふとした声に、咄嗟に振り返る。その、甘味のように甘い声に。まったりした、危機感の欠片もない、雰囲気。突然のことに警戒こそしたものの、振り向いている途中に、僕は、その正体を察知していた。


「か、こ、か、が――」


 彼女の名前を呼ぶべきか、挨拶を返すべきか、迷って、悩んで、言葉がつっかえた。絞殺される鳥のように、僕はついばむ。


 表情も、立居姿からも、おっとりとした雰囲気が滲み出ている。わずかに脱色して、光の加減か、ピンク色に見える――ぼっさぼさのミディアムヘア。びょ~んと伸びる、アホ毛のような毛束を、夢の中のゲームの世界であるというのに、やはり幼い、星型の飾りがついたヘアゴムでまとめているだけの、申し訳程度のおしゃれ。そんな可愛い彼女が、生きて、そこに立っていた。僕と、みんなと同じ、ゲーム衣装。白くて清潔なだけの、簡素なワンピースに、身を包んで。


「か……加賀殻、さん?」

 なんとかその名をひり出して、僕は、彼女と、対面する。


「はぁ~い。加賀殻かなです」

 うふふ。と、彼女は笑って、ひらひらと手を振った。


 こうして僕たちは、ロマンスの欠片もない墓地で、生きたままに、出会ったのである。


        *


 わ、く、こけこ、っけぇい、くかからららら、けどうぇい、ぷんどる、てとてとっと、のべら、すくじなひ、しぇい、そべるまるあなななあ、いがのにぬにのね、がわく、け、か、わけみあさひ、ひっひ、ふ?

 などと、とりあえず文字数でも稼ごうと動揺してみたが、さすがの僕も――童貞たるこの僕でも、心の中までそこまで壊滅的に崩壊しているわけではない。僕はクールだ。大丈夫である。


「か、加賀殻さんは……どうして、こかに?」


 噛んだ。そのうえ、解りきった問いだった。しかし、ここがゲームの中で、参加者は強制的に招聘されるということを、僕は知っていようとも、彼女は知らない可能性の方が……なんとなく高い気がしたので、ここでとぼけておくのは悪くない気はした。……動揺して完全に頭が回っていなく、考えなしの質問をしただけの、後付の理由だけれど。


「んぅん~と……」

 すっとぼけたように、中空を見上げて、加賀殻さんは言い淀む。もとよりおっとりした口調だが、さらに緩慢だ。それが、やはり答えに窮しているのだろうことをうかがわせる。


「……解らないの~」


 当然と、彼女はそう言った。困ったように眉を落とすから、可愛い。いや、なに言ってんだ、僕。言ってないけども。加賀殻さんは最初っから可愛いだろうが!

 ……本当に、なに言ってんだ思ってんだ、僕。いいかげん、真面目にやろう。初めて、初めて、生きたままの彼女と会えたのである。いまさらながらモチベーションが出てきた。夢の世界とはいえ、今度こそ彼女を、死なせない。……そういうナイト役は、僕ごときには似合わないとしても、しかし、いまは夢の中である、少しくらいはっちゃけても、誰も覚えていないのだ。……ほぼ、誰も……だと、思うけれど。


「とにかく、帰ろっかぁ……眠いし」

 ふああ、と、大きく伸びをする。その平常を守るためなら、僕は、なんでもしよう。

 夢の世界の『神』にまで、復讐することだって。


「ああ、必ず帰すよ」

 僕は思わず、小さくではあるけれど、呟いていた。


 幸か不幸か、それはどうやら、彼女に聞こえていなかったけれど。



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