共鳴墓の章
閑話(七月)
夏も、本番だ。ジジジジ――。と、どこか身を焦がす、セミの鳴き声。苛立ちと必死さに支配された、静寂。そう、期末テストである。
「がー、うがー、ががー……」
僕の後ろは、全体的にうるさい。今月は最後列からひとつ前の列。その、右端からひとつ内側に寄った席。つまるところが、最初期の出席番号、29番の生徒が座っていた席である。
で、その左後ろ。最後列の一角を担う席に、僕のいちおうは友人、
「ひー。ふが、ふが、ふー」
で、右後ろ――僕がクラス替えした当初座っていたその席に、この月、座ることとなった
「うにゃー。むにゃむにゃ。すぴー」
で! 僕の真後ろ! てめえが一番うるさいんだよ! いったいなんなんだ、いつも僕に付きまといやがって! おまえは僕の
と、まあ、ちょっと我を忘れて突っ込んでみたけれど、なんのことはない。なんだかもう当たり前になってきている、僕の
キーンコーンカーンコーン――。
そうこうしていたら、チャイムが鳴った。
「あ、じゃあ、解答用紙を、後ろからね――」
古典のハゲがなにかをぼそぼそ言っているが、テストが終わった解放感に満たされた喧噪の中では、誰も、聞いていなかった。それでも、慣れきったしきたりを理解している僕たちは、ハゲの言う通りに行動しているのだけれど。
「和ヶ倉さん。紙」
僕は後ろを向いて急かす。
「…………はっ! 朝!?」
「そろそろ昼だね。テスト終わったけど――」
そう言って、僕は驚愕した。彼女の机に目を下ろすと、ずっと寝息を立てていたはずの和ヶ倉さんの解答用紙には、びっしりと、解答が綴られていた。……正答しているかまでは瞬間で判断はできかねたけれど、書いているだけでも驚愕だ。もしや僕のスタンド能力とは、寝ながらにしてテストに解答できる、というものなのだろうか?
「ふひー。じゃあ、お昼になったら起こしてねー」
ひらひらと解答用紙を僕に渡して、和ヶ倉さんは眠ってしまった。いや、だから、お昼前にテストが終わって、もう下校のタイミングなのだけれど。言おうとするのもつかの間、彼女はすでに寝息を立てている。……こいつ、普段いったいどうやって、生きているのだろう?
*
テストを終えたのち、べつに、和ヶ倉さんに「起こしてね」と言われたからではないけれど、僕は少し、学校に居残っていた。特段に部活動にも生徒会等にも所属していない僕だけれど、実のところ約束があったのだ。
「いやっほう。もう、待ったぞ~」
やけになれなれしく、
「じじじじじじじじじじじじじじじじ――――」
僕はいきなり年老いた。べ、べつにおっぱいに動揺したわけじゃないんだからね! ただ、彼女の引っ張る勢いが強かっただけなんだから!
「なにさ。壊れたのっぽの古時計みたいな声出して……ああ……」
井奈さんはなにかに気付いて、腕を離す。
「うっわ~、ごめん。童貞には刺激が強かったかにゃ?」
おちょくるように猫語で、井奈さんは言った。一回り小さい背丈を、さらに少し屈めて、上目遣いに。
「だ、だだ、だ、誰が童貞やねん!」
自分でも面白いほどに動揺している。これでは、事実はともかくとして、まるで嘘を誤魔化しているみたいな言い方だ。
「え、違うの?」
それはちょっと見る目変わるわ。とか、一歩、井奈さんは後ずさった。いや、だからって引かれる覚えもないのだけれど。今日び、高校二年生なら童貞くらい捨ててるだろ? ……捨ててるよね?
「いや、まあ、違わないけど」
なんだか腑に落ちなかったけど、僕は真実を伝えておいた。今日びがどうなのかは知らんけど、見栄を張っても仕方がない。
「まあそんなことはどうでもいいんだけどさ」
と、井奈さんはあっけらかんと、そう一蹴した。うん。僕、こいつ嫌いだわ。
「さっそく始めよっか。情報交換」
井奈さんは言って、にへへ、と、だらしなく、笑った。童貞の扱いを心得ているかのように。
*
あの雨の夢以来、僕たちは、夢の中でのゲームに参加するたびに、こうやって情報交換をしている。と、いうより、僕の情報収集に彼女が付き合ってくれている形だ。どうやら彼女には、このゲームをクリアしたい欲求はないようだったので。
場所は、学校の屋上。ここも夢で訪れた場所ではあるが、当然と、あのときのようにいきなり崩れたりはしない。いたって普通の、屋上だ。ただ、この屋上は、決して人が来ないわけではないが、そう人が密集する場所でもない。そういう意味で、内緒話をするには適してもいた。
「――まあ、こんな感じかな、今日は」
うにぃ。と、座った姿勢のまま井奈さんは、大きく伸びをした。そうして強調される胸とか、やや後ろに重心がずれて、足元が覚束なくなった隙間とか、そういうものに、僕はもう、魅了されたりしない。いやもう決して。だって僕は、彼女が嫌いだから。
「ちょっとどこ見てんのよ、童貞」
「僕には
「あーはい。ご立派ご立派。……じゃあアサヒくん、忠告だけど。ちょっと視線、気を付けた方がいいよ? 女子はその点、敏感だから」
「…………」
どうやら僕は、知らぬ間にまた、彼女を見ていたらしかった。くそう。意識していないのについ目で追ってしまうのは、動物的本能なのだろうか? そして井奈さん。さらっと僕の呼び名を変えている。そういうとこやぞ。童貞を勘違いさせるのは。
「ああ、そういえば。アサヒくんの言ってた……白い男の子? あたしは今回も、見なかったなあ」
その件に関しても、聞いていた。マサラ。そう名乗った、あの、アルビノの男子。僕の中ではもう、彼の正体については確信している部分が大きいが、いちおう、見たことがないか、確認していたのだ。いや、マサラに関してだけでもない。他の生徒――クラスメイトも、誰を見たことがあるか、できるだけの情報は共有している。この点にもまだ、推測でしかないことが多すぎる。こうして誰かの情報とも擦り合わせられると、だいぶ全容は掴めてきたが、どうやら、僕のこれまでの認識を覆すものはなかった。むしろ、その裏付けにしかなっていない。
つまり、このゲームに参加しているのは、僕の――僕たちのクラスメイトのみ。そしてそのゲームの舞台も、現状、この高校の周辺であることばかり。そして他に、あの夢の記憶を残しているクラスメイトの心当たりは、ないとのことだった。
「でもきっと、一回目のゲームクリアをした直後は、多かれ少なかれ学校生活で態度が変わってくると思うよ。あんな経験をして、それが記憶に残ってて、変わらないなんて、おかしいから」
少し苦しそうに、井奈さんは言う。彼女との情報交換は有益だ。ゆえに、今後も、あの夢の記憶を残しているクラスメイトが見付かったなら、その人とは関わっていきたい。まあもちろん、そのクラスメイトが、信用できそうなら、だけれど。
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