長い雨が刺す


 小屋の入口に立つ。壊れた扉から外を見ると、雹は石に変わっていた。


「石……だって?」


 まさしく虚を突かれた。心の底からの言葉だった。決して僕がゲームクリア者であることを悟られないようにとぼけたわけではないが、結果として僥倖だった。命の危機ではあるが――生き返れるとしても――その点も彼女たちに悟られないように、念のため、最低限の注意はしておかなければならない。


 ともあれ、まず虚を突かれて驚いてしまったが、考えてみればなんのことはない。むしろ解りやすくなった。これが・・・今回の・・・ゲームだ・・・・。悪天候が際限なく移り変わっていく。きっと、時間が経つにつれ、徐々に殺傷力の強い天候に変わっていくのだろう。だからといって、この状況でなにをすればクリアとなるかは未知数だが。一定時間の生存か? それとも、この悪天候の中を進み、ゴールを探すか。あるいは討伐すべき異形などが出没するのかもしれないし。


 だが、いったんその考えは置いておこう。まずはこの瞬間を生き抜かなければならない。幸いにも――と、言ってしまっていいものか――ビジュアル的に驚いてしまったが、さきほどの巨大な雹よりかは小さい石ころだ。川辺で磨かれて綺麗に楕円形になった、水切りなどに使えばよく飛ばせそうな、小石である。石に打たれる、というのは抵抗感が強いが、それでも、実際的なダメージという点では、さきほどの雹の中へ繰り出すよりよほどマシ……な、気がする。


 僕は、天候を把握し、次いで、道を確認した。この中を進むしかない、のは、もう仕方がないだろう。であれば、どちらへ向かうか。山を登るか、下るか。とりあえず目指すべきは、雹が降ろうが石が降ろうが、破壊されない頑強さを持つ建物。……いや、建物でなくてもいい。とにかく、この問答無用に世界を蹂躙する自然現象・・・・を防ぎ得る場所だ。


「知之田さん。女子に頼むのも気が引けるけれど、手を貸してもらえる?」

 まだ額を押さえている井奈さんには、さすがに頼めない。怪我をしているから、という要因もあるが、共同作業を行う上で足手まといになる可能性も考えてのことだ。


「この扉、雨よけに……石を防ぐのに担いで持って行きたい。これだけぼろけりゃすぐ壊せるだろ……」

 言いながら、まだ外れきれていない蝶番のあたりを――裸足だったので少し戸惑ったが――蹴り、壊そうと試みる。一度や二度では無理だったが、壊せそうな手応え――足応えはあった。僕はそれを蹴りながらも、また避難できそうな場所を探す。雨脚が――石脚が少しずつ強まってきている。そのせいで、視界が悪く、遠くまでは見通せない。


「いえ、ちょっと待って、分美くん」

「え……?」


 知之田さんの声にかぶって、ちょうど入口扉は壊れた。木製で、かなり古ぼけてはいるが、なにも持たずに行くよりはマシだろう。あとは、どちらへ向かうか……。


「悪いけれど、私はここに留まるべきだと思う」


 話は、ふりだしに戻った。


        *


「石が降っているところに――いや、それ自体が信じられない天変地異だけれど、そんなところに出て行くなんて正気じゃない。少し屋根は壊れたけれど、まだ大丈夫そうだし、ここで雨が――石が止むのを待つべき」


 そう、知之田さんは言った。僕は即座に、それは間違っている。そう思ったが。しかし、それはここがゲームだと知っている僕の思考であって、よく考えれば、普通はそう考えるものなのかもしれなかった。


「いやでも、もし、これ以上、石が大きくなったり、激しく降るようになったら――」

「分美くん。落ち着いて、よく考えて」

「……?」


「雹ならともかく、石なんて降るわけない。これは、きっとどこかから投石されている。であるなら、いずれ石は尽きるはず」


 反論が、思い付かなかった。そうだ。この理不尽な状況にも理屈をつけてみるなら、そういう考えが浮かんでしかるべきだ。


「でも……でもさ――」

「私には、分美くんが、ここを離れることに固執しているように見える。理屈を後付しようとしているような」

「そんなつもりはないけど――」

「それに、……死ぬことを怖がっていない……ようにも、ね」


 痛いところを突かれて、僕は黙る。その隙を突いて、彼女は言葉を続けた。


「危機に身を晒してでも行動しなきゃいけないときは、あるかもしれない。この状況に限っては、私にはその理由は解らないけれど、そういう状況だったとして。……だとしても、『恐怖』は別物。やらなきゃならないとしても、怖いものは、怖い」


 そう、無表情で言う知之田さん。相変わらず背筋を伸ばした正座の格好で、僕を見上げて言う姿は凛としている。が、よく見れば気付く。その膝に置かれた握り拳や、緊張したようにやや上がった肩が、震えていることに。


 そうだ。ここを夢の中と知らない者にとって、死ぬことは恐怖でしかない。いや、ここを夢の中だと知っている僕にとっても、それはまだ、恐怖の対象だ。それでも、生き返れることを知っているから、多少なりとも勇敢にも――蛮勇に動くことはできるわけだ。そうではない知らない者にまでその行動を強制することは、できない。


 だが、だからといって、見捨てて行くこともまた、気が咎める行動だった。確かにまだ予想の段階だが、それでもきっと、この天候変化が今回のゲーム内容なのである。そしてその威力は、徐々に増してきている。これからもずっと、増していくだろう。そうなればこんなぼろ小屋では耐えきれない。


 いましかない。いや、できるだけ早くしなければならない。まだ小石のうちに、まだ勢いもマシなうちに、もっといい隠れ家を探さなければ!


「……とにかく、説明はできないけれど、確信はある。僕を――」

 うわ、このセリフは恥ずかしい。と、瞬間、戸惑った。が、どうせ夢の中だ。言ってしまえ!


「信じてほしい」

 うわー、うわー! はずい! なんぞこれ!? 僕はなにを言っているの!? 夢なら醒めて! いや、夢だけれど!


「……いや、信じられないけど、普通に」

 ちょっと引いていた。無表情だけど解る、ちょっと引いている。いや、物理的に少し、腰を引いて後ろへ反っている。


「……ああ、うん。……そうだよね、そりゃ……」

 僕はうなだれた。死にたい。もう死んでリセットしたい。ゲームなんか知るか。


「ほえみん」

 そこへ井奈さんが声を上げる。


「仮にこれが投石なら、あたしたちに対する敵意ってことになるよね。だとしたら、あたしたちを殺すまで、攻撃は止まらない。……石がなくなって、投石が終わったら? 次こそ武器を持った誰かが、直接に襲ってくるのかも」


 井奈さんの言葉に、ぴくり、と、知之田さんは肩を震わせ反応した。井奈さんは頭を押さえて少しふらつく。そんな隙があって、間が空いたけれど、知之田さんはなにも、反論を挟まなかった。


まだこの程度・・・・・・のうちに・・・・、ここを離れるのも選択肢だと思う。……投石、ってことは、山頂方面からの攻撃のはず。山を下れば、届く石は減るだろうし、うちにも帰れる」


「…………」

 知之田さんは、俯いてしまった。反論は、ない。


 僕は、外を見遣る。石脚は強まってきている。……いや、そうじゃない。視界が悪くなってきてそう感じたのだが、よく見れば、石ひとつひとつのサイズが増している。もう、猶予はない。


 しかし、急かすわけにもいかない。……せめて準備を進めておくべきか。僕は――うなだれた姿勢から――立ち上がり、蝶番を壊した扉を検分する。軽く持ち上げてみる。……ひとりで運ぶにはやや重い。無理ではないが。となれば、全員で生き残りたいという感情を無視したとしても、少なくともひとりは協力者が欲しいところだ。

 井奈さんは、まだダメージがあるのか、動きが覚束ない。ならばやはり、知之田さんの協力が必須、か……。


 思い、彼女を見る。そのタイミングで彼女は俯けた顔を持ち上げ、僕を見た。


「手を、貸してくれる? 分美くん」

 言葉通り、彼女はその細い腕を一本、僕に差し出す。躊躇したが、僕はその手を、取った。


「……足が痺れて立てないの」

 そう、知之田さんは言った。それは言い訳でもあったのだろうけれど、半分本当でもあったのだろう。


 ともあれ、それは容認の合図だと、僕は――僕たちは受け取った。



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