第2話 先生足りないよ

意気込んで全員にカップ麺を食べろと言ってくれた先生に吉田会長と谷崎副会長は言い出せないことがあった。2人はひそひそ声で

「先生、照明係の2人のこと、忘れてるよな。」吉田会長が谷崎副会長の耳元でささやくと谷崎副会長は「せっかく買って来てくれたんだから言いにくいな。」と返した。池田先生は生徒が10人いるのに8個しか買ってこなかったのである。カップ麺が来たことを見ていたボランティア実行委員の2人もギャラリーの照明装置のところから下りてきている。

「先生、僕たちオープニングのビデオとナレーションのあわせがまだできていないので、2人だけでやっているので先にみんな食べててください。」吉田会長は谷崎副会長の肩に手をやり一緒にリハーサルを2人だけで続けるアピールをした。そして2人はステージの脇に入り、コンピュータのモニターを見ながらナレーションの練習を始めてしまった。

 2人の行動を見てさすがに池田先生も自分の失敗に気が付いた。他の生徒たちのカップ麺にお湯を注ぐ作業を終えると2人のところに歩み寄った。

「吉田くん、谷崎くん、申し訳ない。先生が間違えた。申し訳ない。お腹すいただろ。一番頑張ってくれている二人に食べさせてあげられないなんて。」と先生が言うと吉田会長は

「先生、僕たちは大丈夫です。先生のお気持ちだけ受け取っておきますから。」とさらっと言ってくれた。谷崎副会長は

「先生、この貸しは大きいですよ。僕たちが大きくなってお酒を飲めるようになったらどこかに連れていってください。」と屈託のない笑みを浮かべてくれた。でも内心はお腹がペコペコで集中力は切れていた。会長と副会長という責任感でなんとか立っていたのかもしれない。

 お湯を入れて3分経った。ステージの裏で会長と副会長が籠って2人だけのリハーサルをしていることにみんな気が付いて、カップ麺が8つしかないこともとうに気がついている。さっき泣いていた書記の西村さんは

「吉田くんと谷崎君の分はどうするんですか。」と学年主任の長谷川先生に聞いた。長谷川先生は「2人とも足りないことにいち早く気が付いて2人だけのリハーサルをすると言い出したんでしょうね。まだ中学生なのに周りのことによく気が利く子たちなのよね。2人の気持ちにこたえるためにもみんなは早く食べてリハーサルを早く終わるわよ。」と言ってみんなを励ましてくれた。会長副会長以外の8人は会長と副会長の気持ちを無にしないためにもかみしめながら食べた。食べ盛りの中学3年生にとって赤いきつねと緑のたぬきは腹いっぱいとまではいかなかったが、会長や副会長の気持ちを考えると胸がいっぱいになっただろう。とにかくすきっ腹には最高の味だったようだ。見る見る元気が出て来て、みんな笑顔が戻ってきた。普段ならば家で晩御飯を家族と一緒に食べ、一家だんらんの時間である。

 リハーサルに残された時間はあと1時間、執行部の寸劇は2人をのぞいて元気な大きな声で出来るようになっていた。2人は空腹も限界に達しているが、気力で頑張っていた。

 リハーサルを終えて学校をあとにしたのは9時を少し超えていた。10人の生徒を方面別に分けて3人の先生の車で家まで送ってもらうことになった。

池田先生は吉田会長と谷崎副会長を自分の車に乗せて出発した。車内で

「今日のことは一生忘れないよ。君たち2人のお陰で何とか切り抜けることが出来た。いつか赤いきつねよりももっとうまいものをご馳走するからね。」と言って感謝した。他の生徒がいなくなったので、2人はようやく子供に戻り

「先生、どうせ買うなら大人の分も含めて20個くらい買ってくればこんなことにならなかったのに。俺たち腹減ったよ。先生、絶対忘れないから。成人式の後でお願いだよ。」と谷崎副会長は空腹で思考回路がおかしくなっている中、将来の約束をしていた。吉田会長も「みんなが食べていた赤いきつね、僕も好きなんですよ。あのお揚げがたまらないんです。」と言うと谷崎副会長は「僕は赤いきつねと緑のたぬきはいつも迷うんです。どっちでもいいんですが、どっちもうまいですよね。」少年の顔をのぞかせている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る