第四話


 降って湧いたような休みだ。

 有効に使っていこうじゃん?


 午後3時。

 鍵を借りて神佑大学の別館へ向かう。

 部外者のおれがこの鍵を手に入れるのにどれだけ苦労したか!

 何に使うんだとかなぜ今日なのかとか「それ聞いてどうすんの?」って質問を無限に投げつけられた。


 正規の手続きを踏んで借りようとしてるんだからいいじゃん!

 何ならおれがちょろっと能力使えばお前が瞬きする間に鍵を奪えるんだけど?

 幾度となく「うるせー! 今文字書いてんだろがー!」とキレそうになったのをなんとか抑えられたのはこの世界の篠原幸雄のイメージを崩したくないの気持ち。


 さっちゃんは礼儀正しくていい子だもん。

 外見も内面もパーフェクトにエクセレントでジーニアスなんで。


「……あれ?」


 前回と同じ煤けたれんが造りの別館。

 14回目の世界でも火事が起こったってことだ。

 そこは変化なしと。


 立ち入り禁止の文字をスルーして別館の入り口の扉。

 ついに鍵の出番だと取り出したところで異変に気がつくおれ。


 鍵が壊されている。


 ええー?

 借りるの大変だったのに?

 なんで鍵壊れてんの?

 ちゃんと管理しとけよあのハゲデブ事務。


 あ。

 もしかして。


 犯行現場を取り押さえられるかもしれん。


 13回目のジェネリック知恵ちゃんズは、神佑大学の学生である楠木慶喜(またの名をジャック)が今これから会いに行くオリジナルの知恵ちゃんに感銘を受けてコピーしたものだ。


 鍵を壊して入っているのは楠木の可能性がある。

 楠木がコピーしに来たのが今日なのかもしれない。

 ってことは、ジェネリック知恵ちゃんが生まれるのを阻止できる?


 楠木の能力は【同調】。

 相手が発動中の能力と波長を合わせる。

 だからおれの【疾走】が発動中のあの空間でも動くことができていた。


 まあ、能力使わなければ普通の人間と変わらんから問題なし。


(用心するに越したことはないけど)


 扉を開けて神佑大学別館に突入。


 早速盛大に「ゴホッゴホッ!」と咳き込んでしまう。

 相変わらずほこりっぽいんだよ!

 喘息持ちなら死んでるぞマジで。


 手をパタパタとして舞い散るほこりを追い払いながら進んでいく。


 暗い気がして、試しに照明のスイッチを押したらちゃんと点灯した。

 そういう整備はしてあるのになんで掃除しないの……?

 掃除したら呪われるのか?


 喉だけでなく目も痛くなってきた。

 マスクとかメガネとか装着してくればよかった。

 もし次来ることがあれば忘れないようにしたい。


 突き当たりの扉を開ける。

 中学校の実験室のような部屋の、通常教室の教卓よりもデカい教卓の上にスピーカーとパソコンとディスプレイとキーボードにマウスがどどんと置いてあった。


 これは前回と同じ。


 が。

 そのパソコンの前に制服姿の男の子がいた。

 楠木じゃない。


「どちら様……?」


 紺色のブレザーに千鳥格子柄っていうんだっけこの柄? のズボン。

 黒ぶちのメガネをかけた男の子だ。

 左手にタブレット端末、右手にペンを持っている。

 身長は……うーん、160センチぐらいかな?


 新キャラクター来た?


「さちお! ひさしぶり!」


 スピーカーから女性の声が飛び出す。

 知恵ちゃんがおれに挨拶してくれている。

 この“ひさしぶり”が聞けたということは知恵ちゃんには記録が残ってるってことだ。

 目的は達成できそうでよかった。


 で、この子はどなた?

 よくよく見ると知恵ちゃんと顔が似ているような?


「まさひと、このひとはささはらさちおさん。そうへいのおともだち」


 まさひと?

 おれが首を傾げていると、新キャラくんはタブレット端末の画面にペンを走らせる。


『総平と同じ組織の人間か?』


 画面をこちらに向けてきた。

 直接話すのではなく、文字を書いて見せてくるのは何?

 この距離なら別に聞き取れるけど?


 というか、その制服は白菊美華が着てたのと同じじゃん。

 まあ、あっちはスカートだけど。


「さちお。このおとこのこは“氷見野雅人”だよ」


 ????????????


 あぶね。

 首傾げすぎて回転するところだった。


「知恵ちゃんさ。それはないでしょ。そりゃまあ、能力者は2010年8月25日で全滅して、この偽アカシックレコードの世界で復活してるんだけど……氷見野雅人博士が死んだのはそれよりも前の話だし、第一こんなに若くない」


 高校生でしょ?

 たぶん。

 死者を復活させる能力はなかったはず。

 というか、あったらあの“正しい歴史”絶対遵守ガールが許してない。


 クリスさんの【創造】でさえこんな回りくどい形になってるわけで。


「まさひともなんでよみがえっているのかわからなくてここにきてくれた。自分はまさひととさいかいできてうれしい」


 知恵ちゃんはニッコニコだけど。

 え、何?

 別館の火事で死んだ歴史はそのままで、14回目のなんらかのパワーによって高校生の姿で氷見野雅人博士が転生してきてんの?

 なんだこれ。


『お前は何を知っている?』

「作倉さんはおれが“妙な因果”を持ち込んだからって言ってた……」

『作倉もいるのか』


 いちいち文字消して書き直すの大変じゃん?

 まあ、会話成り立ってるからいいか……。


「そうじがいて、さくらがいて、まさひともいる? にぎやかでいいね」

「え、そうじって、風車宗治?」


 知恵ちゃんに聞き返すと、氷見野さんが『風車宗治も高校生の姿で神佑大学附属高校にいる』と書いた。

 おれは天を仰ぐ。

 史上最悪を謳われた【威光】の能力者までいるのかー。

 やばいなあ。


 14回目の世界、何がどうしてこんなことに?

 天変地異?


「おとうさんがもどってきているのに、そうへいはいない」


 へ?

 総平いないの!?


 知恵ちゃんは「そうへいがそんざいしていない。ありとあらゆるばしょからこんせきがきえて、うまれていなかったことになっている」と驚愕の事実を続けてきた。




【pass away】

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