一方、その頃の主人公は
Re:第1話
前回は先走りすぎてしまった。
迂闊な発言は避けたほうがいい。
急がば回れともいうじゃん。
(おれを信じてくれたぼくの為に、前へ進むしかない)
おれは現在、オーサカ駅にいる。
この世界の篠原幸雄が中学校卒業時にパパからもらい、大事にしていた腕時計で時間を確認した。
この腕時計は日付が表示されるタイプのもので、今日は9月1日。
2021年の9月1日だ。
おれは2021年の8月26日へと戻ってきた。
正確には“戻された”のだ。
白菊美華の能力【移動】によるものとみて間違いない。
おれだけが戻された。
この世界の篠原幸雄だった“ぼく”の声はもう聞こえない。
おれがこの世界の篠原幸雄になってしまったのだから。
聞こえないのが当然なのに、ものすごく心細い。
今すぐ声が聞きたい。
おれの言葉に答えてほしい。
あの独創的な言葉選びで励ましてくれよ。
(ここから本当に“転生モノ”が始まるのか……?)
ふと目をつぶり、1週間前のあの日のことを思い出す。
「オーサカ支部……」
作倉さんからオーサカ支部への異動を命ぜられる。
物語のスタート地点はここだ。
作倉さんは微笑んで「いいところですよ?」と続ける。
この言葉を鵜呑みにするような阿呆ではない。
絶対に嫌だ。
嫌だが行かなければならない。
行かなければならない……。
「うらやましいぐらいですけどねえ」
サングラスの向こう側に見える瞳はおれを捉えていない。
おれではない何かを見ている。
「作倉さん、おれは……本部にいたい……」
本音が漏れてしまう。
オーサカ支部へ行ったらまた同じような展開が待っている。
同じような展開が待っているが、行かなくてはならない。
同じようにストーリーを進めていかないと。
余計なことは言うな。
「正直、あなたのような素晴らしい人材をオーサカ支部に送るのは心苦しいですよ?」
この世界の篠原幸雄はおれだ。
この世界が望む篠原幸雄の姿を演じないといけない。
おれは“ぼく”ではないけど。
おれが“ぼく”でなくてはならない。
「素晴らしいからこそぜひ、篠原幸雄くんに行っていただきたい。よりよい世界のためにはその才能を存分に活かすべきと思いますけどねえ」
さて、これからおれはオーサカ支部の本拠地に行かねばならない。
オーサカ駅からのルートは知っている。
知っているが、案内人を探さなくてはならない。
勝手に1人で歩いて行ってしまっては“正しい歴史”を変えてしまう。
迂闊なことはできない。
到着時間は予定通り。
ジャスト午後2時。
(ここまでのルートは同じだから、今回も導と天平先輩が現れてもらわないと困る)
そういえば、前回は結局キャサリン本人とは会えずじまいだった。
というのも、おれたちがオーサカ支部へ来た日にトウキョーの本部へ行ってしまったからだ。
トウキョーの本部へ行き、作倉さんから確定情報としての“築山の過去”を聞き出して、築山が己の仇敵だと知ってしまった。
今回はこの行動を止めさせないといけない。
知られてはならない。
知られたら前回の二の舞だ。
知っているのに、知らないフリをする。
それじゃまるで“大悪人”の悪事に加担しているようなものじゃないか。
……あまりいい気はしないが、この13回目の世界の強制終了を喰らうよりはマシだ。
割り切るしかない。
「あんたがささはらじゃ?」
む?
聞き間違いだろうか。
辺りを見回す。
オーサカ駅前にいるのは暇を持て余しているタクシーの運転手とえさをせがんでくるハトぐらいなものだ。
「わしは鎧戸導じゃ!」
一方的に名乗られた。
よろいどしるべ。
よし、ちゃんと来てくれたな。
「ここじゃここじゃ」
視線を下に向ける。
いた。
男の子が。
「ささはら! わしがオーサカ支部に案内することになった! ついてくるんじゃ!」
えっへん、と自らの胸を叩く男の子。
オーサカへ向かう前、トウキョーを出発したことを作倉さんに報告した際には『キャサリンが迎えに来ますので』と返事があったが、実際はこれだ。
「導」
おれが名前を呼ぶと、導は「一応わしのほうが先輩じゃからよろいどさんと呼ぶべきじゃろ?」と間髪入れずに訂正してきた。
年下のくせに生意気な。
「わしにもようやく後輩ができてうれしいんじゃ」
喜びに小躍りしているようだが。
次は天平先輩が出てくるはず。
「ささはら、どこ行くんじゃ?」
おれが歩き始めると導は小走りについてきた。
歩幅の都合でおれが一歩進むたびにダッシュしなければ追いつけない。
「オーサカ支部に決まっているだろう」
黒いショールの下からスマートフォンを取り出す。
おれの服装は上からチロリアンハット、白いカッターシャツに黒いショール、黒いデニムにミリタリーブーツという構成だ。
この9月にこの格好。
ぶっちゃけ暑い。
しかしこの服装を“ぼく”は気に入っていたし、これでこそ篠原幸雄という姿でもあるので変にアレンジしないほうがいいだろう。
「なんや、遅いと思っとったらまーだそんなとこにおったんか」
「ねえさん!」
ソバージュのかかった黒髪、胸元にビッグなリボンをつけたサマーニット、トラ柄のミニスカートにローファーという理解しがたいファッションの女性が呆れ顔をしていた。
天平先輩だ。
「そっちのにいさんが篠原幸雄かの?」
「これからオーサカ支部に世話になる」
「おう、はじめまして。うちは天平芦花や」
前回はここで未来を口走ってしまって警戒された。
今回は挨拶程度で済ませておく。
この世界の篠原幸雄は顔がいいので言動さえ気をつけていけば大体なんとかなるだろう。
※ただしイケメンに限る。
ってやつ。
あとはおれ自身の記憶力との戦いだ。
このとき篠原幸雄は何を言っていたのかを思い出しながら発言していこう。
「ねえさん、聞いてよ!」
「なんや」
「ささはらったらわしを先輩と呼ばないんじゃ!」
「ほう……」
頭のてっぺんからつま先までじっくりと観察されている。
見られるのは嫌いではない。
おれ自身も見惚れてしまうぐらいだし。
「作倉から素晴らしい人材が来るいうて期待しとったが、たいしたことはないのう」
「な」
たいしたことないわけがない。
このおれが?
これだけ見目麗しく能力もチートでこれから起こることも知っているのに?
「にいさんが考えとるよりもオーサカ支部は甘くないで」
「そうじゃ! 甘くないんじゃ!」
甘くないのはわかってる。
選択肢を誤ったらまた“正しい歴史”の管理者が飛んでくるだろう。
「まずはうちの支部長とご挨拶してもらわなあかんな。あたしについてきて」
オーサカ支部はオーサカ市の中心部からは離れている。
1階は夕方から営業を始める串カツ屋。
その2階のスペースに一般的な法律事務所のような顔をして設置されていた。
「わてがオーサカ支部長、築山蛍だな」
出た。
おれは会釈する程度で済ませる。
「導や芦花は挨拶したんだな?」
相変わらず人の良さそうな顔をしたデブだこと。
どれだけ重い罪を背負っていてもこいつがオーサカ支部の支部長であり、篠原幸雄の上司であるという事実は揺るがない。
おれは拳を握りしめて我慢する。
「しぶちょー! ささはらったらひどいんじゃよ! わしは案内しようとしたんじゃけど!」
自分よりも年上だけど立場は下な新入りがきて、あれこれでかい顔をする心算だったのだろう。
導の抗議に対して、築山支部長は「まあまあ」となだめた。
「あとはキャサリンかな」
本部のオフィスの二分の一ぐらいの広さにおれを含めて5人。
これからメンバーを増やすつもりなのか、事務机の数が人数にしては多い。
ロッカーの数も多い。
これだけあるなら本部にいくらか返却してもいいのではないか。
「おい、さっちゃん」
天平先輩がぼくの小学校時代のあだ名でおれに呼びかけた。
篠原幸雄の名前の部分をとってさっちゃん。
ここで“さっちゃん”呼びされるということは、親密度は下がっていないという証左。
「なんでしょう」
「今のうちに言うと「ごっめーん!」
野太い声がオフィスに響き渡る。
天平先輩の言葉を遮った。
え?
何?
「遅刻じゃ!」
「新人クンはどこどこぉ?」
「わしが代わりに迎えに行ったんじゃ」
「まじでぇ? 導ちゃあんありがとぉっ」
オーサカ支部の構成メンバーをおさらいしよう。
おれを含めて5人。
築山蛍支部長。
天平芦花先輩。
鎧戸導(先輩)。
このおれ、篠原幸雄。
と。
消去法で言ってこのバリトンボイスの美女がキャサリンだ。
「グランマっ。今日お化粧のりさいあくでぇー」
「何度か言っとるがグランマはやめてほしいな」
金髪碧眼。
タイトなボルドー色のドレスを身にまとい、ハイヒールでかつかつと床を叩きながら歩く。
「はじめましてぇ! キャサリンだよぉ」
おれにウインクしてきた。
肩まであるブロンドの髪がゆるやかにうねっている。
そっか。
能力【縫合】で姿は亡き彼女に寄せられても、声までは変えられなかったか。
「これからよろしくねぇダーリン♪」
【はじめまして】
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