Chapter5
「夏休みの宿題終わってないんだけどさ! 今からでもやるべきか、腹をくくって怒られるべきか! どっちがいいと思う?」
話しかけられているほうのメガネの男の子がこちらを見ている。
話聞いてやれ。
宿題はやれ。
もう新学期は始まってるの。
「なあ、まさひと。これは究極の選択だぞ!」
まさひと?
どこかで聞いたコトのあるお名前。
記憶喪失(仮)のわたしでも覚えているってコトはきっと重要な人物に違いないの。
『秋月千夏か』
電子メモパッドに文字を書いて、わたしに向けてくるメガネの男の子。
わたしはミクちゃんの横をすり抜けて彼の席に近付く。
「あなたは……」
見覚えはあるの。
でも、それは前回のわたしがここで過ごした記憶なのかもしれないし。
なんかそれよりも前にこの人を見た気がするの。
正確にはこの人に似た人。
「なんだ。まさひとのことも忘れたのか!」
宿題忘れ太郎がわたしを煽ってくる。
お前は宿題を忘れるなよ。
「オレは覚えてるよな!」
「いや……?」
わたしが首を横に振ると、宿題忘れ太郎は「そりゃないぜ!」とのけぞった。
なんだその反応。
ふざけてるの?
「こっちは氷見野雅人!」
宿題忘れ太郎がメガネの男の子を指差してとんでもないことを言いやがった。
ふざけてるの?
思い出せる範囲で氷見野雅人に関する情報を整理してみよう。
この世界における“能力”の研究の第一人者。
能力を“魂の病”とし、患者の特定手段と発症の原因の特定と治療薬の開発にその生涯を捧げた男。
その研究成果として“能力者発見装置”がある。
原因は特定できなかったし治療薬は未完成のままだけど、研究を引き継ぐ人がいなくて現在“能力”に関する研究プロジェクトは凍結中。
というのも、氷見野博士の研究室だった神佑大学の別館が出火元不明の火事で燃えてしまったの。
この火事に巻き込まれて氷見野博士は死亡。
続々と出てくる陰謀論。
能力者がその神秘性をひた隠しにするために放火したとか、氷見野博士の作った“人工知能”が自らの意志で製作者を殺したとか。
根も葉もない変な噂があちこちで出てきたケド、真実は神のみぞ知る。
いや。
いやいやいやいや。
待て待て。
能力とか能力者とか周りの人間関係を復習しとこ。
急に博士のそっくりさん出てきたし。
「まさひと! 記憶喪失の治し方ってないのか!」
『専門外』
わたしは“能力者保護法”で卒論を書いたし。
この道のプロフェッショナルみたいなもん!
任せて安心!
えっと、“能力者保護法”は、まず“能力”を定義するコトから始まっていて。
現代の科学では説明できないありえん現象を“能力”ってコトにしたワケ。
その“能力”を使えるのが“能力者”ね。
そんでもって。
氷見野博士と風車宗治首相と作倉部長は同級生。
あ、作倉部長はわたしの所属している“組織”のえらい人ね。
法制定当時の首相だった風車宗治について、首相の当時の秘書だった作倉部長には卒論のためにめちゃくちゃ話聞きに行ったの。
参考になる話もならなかった話もあるケド、そりゃあもう耳にタコさんができるぐらいいろんな武勇伝を聞いたの!
その付き合いがあってわたしは特に就活もせずに“組織”にスカウトされたワケ。
いいでしょ!
博士には重度の発話障害があって、コミュニケーションを取るときはスケッチブックに文字を書いたり、パソコンに打ち込んだ文字を読み上げソフトで読み上げさせたりしていたという。
この男の子が氷見野博士の同姓同名のそっくりさんだとして、筆談までパクるのはやりすぎじゃない?
しかもなんかタブレットパソコンみたいな洒落たもん使っちゃって。
悪趣味だと思うの。
いますぐやめた方がいいと思うの。
「仮に氷見野博士ご本人だとして、なんでこんなトコで高校生してるの?」
「オレが高校生から人生をやり直したかったからだ!」
お前に聞いてない。
わたしは氷見野博士の若い頃のそっくりさんのほうに質問してるの。
というか、『人生をやり直したかった』って何。
クソでかボイスでとんでもないコト言うじゃない?
「ぼくから説明したほうがいいかね?」
創が氷見野博士(仮)の前の、教卓の目の前の席に座る。
その席って目が悪くて黒板が見えづらい人の席じゃない?
「この2人はアカシックレコードの力で高校生の姿で復活した風車宗治と、氷見野雅人ね?」
「は!? 復活!?」
「同姓同名の赤の他人でもなければ、過去の時間軸から連れてこられたわけでもない。一度死んで、現世に戻ってきた2人だね」
【理想的な箱庭】
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