Chapter4



「おはよう、宮城くん」

「おはおは!」


 お。

 学校の正面玄関で仲間が増えた。


 ワイシャツのボタンを一番上の第1ボタンまで留めている真面目そうなおさげの女の子。

 えらいけど苦しくないの?

 苦しかったら1個開けてもいいと思うの。


「というか、わたしの立場って何なの? 編入生?」


 自分の下駄箱から上履きを取り出す創に訊ねる。


 8月25日以前の記憶が曖昧だからなんとも言えない。

 神佑大学附属高校の学生ではなかったハズ。

 9月1日の今日から入ってきた編入生ってコトになるの?

 そうだとしたら普通に教室行って平気?


 転校生って大体は担任の先生に教室まで連れていかれない?

 黒板に名前を書くイベントは発生しないの?

 学校着くまでに創と打ち合わせしとけばよかった。


「ちなっちゃんの靴箱は“あ”だから左上だね」


 創は“1番“の靴箱を指差す。

 開けると上履きがすでに入っていた。


「これ、わたしのでいいの?」

「ちなっちゃんのじゃなかったら誰のものなのかね?」


 おさげの女の子から「ちなっちゃん、どうしました?」と心配されてしまうわたし。

 この子のお名前もわからない。

 大きめに“野口”って上履きの甲の部分に書いてあるから苗字は野口というコトしか。


「この子は野口ニコさん。ちなっちゃんの一個前の席の子だね」


 空気を読んで創がおさげの女の子のフルネームを紹介してくれた。

 一個前の席か。

 というコトは授業では頻繁にお世話になるんじゃない?

 それなら、変な人だと思われないほうがいいの。


「野口さんごめんね。ちなっちゃん、夏休み中に記憶喪失になっちゃってね」

「あら!」


 目を丸くし、開いてしまった口を両手で塞ぐニコちゃん。

 比較的穏やかに学校生活を送ろうと思ってたの!

 こうなってしまった経緯はともかくこうなったからには青春をエンジョイしようとしてたの!

 記憶喪失なんていう“変な人“設定を付けないで!


「私もできる限りサポートいたしますので、ゆっくり記憶を取り戻しましょう」


 ニコちゃんの柔らかな白い手がわたしの右手を包む。

 やばい。

 この子、信じちゃってる。


 こうなったら“記憶喪失で学校に関する記憶がすっぽり抜けてしまった秋月千夏”を演じるしかなかろう。

 記憶が抜けているのは事実だし。


「教室の場所は思い出せます?」


 ニコちゃんの問いかけに、眉間を押さえながら「何年何組だったかも思い出せない……」と苦しげに答えるわたし。


「2年A組だね?」


 即答する創。

 お前に聞いてないやい。


「教室は3階にありまして、エレベーターは使ってはいけません」

「あるのに使っちゃいけないってマジ?」


 痩せてしまうかもしれない。

 え、これ、2階の音楽室とか1階の校庭とかに行くときも階段でしょ?

 痩せてしまうかもしれない。


 実際に階段を3階まで上がっていくと結構つらい。

 創もニコちゃんも歩くの速いし。

 先に上がって行って待っていてくれた。


 強制的なもも上げ運動つらい。


 階段とエスカレーターがあったらエスカレーターを使ってしまうわたし。

 これからの学生生活が不安。


「教室はこの並びの1番奥です」


 2年A組からF組までずらっと教室が並んでいる。

 現役時代はB組だったなぁ。

 間違えないようにしないと。

 教室間違えた時の気まずさったらない。


「おいっす」


 教室に入ると、ニコちゃんとは正反対にワイシャツの第3ボタンまで開けている女の子が特徴的な挨拶をしてきた。

 というか、ピンク色のカーディガンって校則違反じゃないの?

 スカート丈は短すぎてパンツ見えそう。


 第3ボタンまで開けちゃうのはよくない。

 主にクラスの男子が目のやり場に困っちゃうの。

 わたしなら気になりすぎて会話が頭に入ってこなくなっちゃう。

 ちょっと失礼してボタンを留めてから「これでヨシ!」と指差し確認する。


「この子は白菊ミクさん。ぼくの隣の席で、ニコちゃんの一個前の席だね。このクラスの委員長でもあるね」


 え。

 こんなギャルっぽい子が学級委員長なの?


「ミクちゃん。ちなっちゃんは夏休み中に記憶喪失になられたらしいです」


 ニコちゃんが真剣な眼差しでミクちゃんに報告する。

 報告されたミクちゃんは半信半疑といった面持ちで「ほほう」と言いながらわたしのおでこに手を当てた。


「熱はなさそう」








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