Re:第2話
オーサカ市内にサルが出現しあちこちで暴れ回っているらしい。
なので、オーサカ支部でサルを捕まえてほしいのだという。
「なぜ?」
おれたちでなくてもいいだろう。
能力者がやらねばならない仕事か?
これ。
警察はどうした。
市民の平和を守るのが彼らの勤めではあるまいか。
おれが知らないだけで本部でもこんな雑用してんの?
「ささはらの初陣にはぴったりじゃ」
9月3日。
3日目にしてこのような雑務を押し付けてくるとは。
おれの初仕事がこれなんて。
なめられたもんだなあ。
「不服そうな顔じゃの……」
2日目の昨日はキャサリンにオーサカ市内を案内してもらった。
翌日の今でも昨日の出来事は夢だったんじゃないかって思う。
美女とオーサカデートだよ。
昔のおれなら考えられない。
何を食べても美味しかったけど、天平先輩の作ったたこ焼きには負ける。
「キャサリンとがよかったんじゃろ?」
それはそう。
間違いなくそう。
「なんだその格好は」
築山に命ぜられるがままに今回は導とタッグを組むこととなった。
待ち合わせ場所へやってきた導は黄色いポンチョタイプのレインコートを着ている。
背格好あいまって小学校低学年の出で立ちではないか。
一昨日おれを出迎えたときにはモノトーンでシックに揃えていたのに。
導は6年生にしては小さい。
中学校になったらぐーんと伸びるタイプなのかもしれん。
「これがわしの仕事着じゃ」
えっへん、と胸を張る。
なるほど仕事着か。
これならここらへんの小学生に混じってもわからない。
「わしはあっちに行くからささはらはそっちに行って、どこらへんでサルが出とるんか聞き込みじゃ」
おれが?
聞き込み?
なんで?
「おれは先にオーサカ支部に戻るぞ、導」
いない。
あの小さい身体は人混みの中に消えてしまった。
まあ、おれは聞き込みなんかしなくてもサルがどこにいるか知ってるし。
導には悪いけど先にオーサカ支部に帰らせてもらおう。
じゃあな。
「ささはらぁっ!」
泣きべそをかきながら導が戻ってきた。
泣くなよー。
おれが悪いことしたみたいじゃん。
「どうしたんや導」
「ねえさん! ささはらったらわしを見捨てたんじゃ!」
天平先輩の視線が痛い。
見捨てたとは人聞きが悪いな!
時間の無駄だから帰ってきただけなのに。
「さっちゃんなあ……せっかく導とコンビ組ませてもらったんに、なんで帰ってきたん?」
「このおれにはふさわしくない仕事だから」
はあー、とため息をつく天平先輩。
幸せが逃げていってしまう。
天平先輩、上下ちぐはぐな奇抜なファッションをどうにかできないかなあ?
とってもキュートな顔つきをしていてスタイルも悪くはないのに、ファッションセンスが壊滅的すぎる。
料理も上手くて仕事もできて?
能力【転送】も使い勝手いいし?
うまいこと指摘できないもんか。
本人を傷つけないようにオブラートに包んでさ。
「わしはちゃあんと情報を集めてきたんじゃ」
導がポンチョの下から手帳を取り出した。
どこかのテーマパークのお土産だろうか?
指の第一関節ほどのフィギュアがついたボールペンを挟んでいる。
「ささはらは気付かんかったじゃろ? わしの能力」
フィギュアを見つめていると導が問いかけてきた。
おれとは趣味が合わない。
目玉が飛び出たクマのぬいぐるみのフィギュア。
なんなの?
小学生の間では流行ってんの?
「ていっ」
導がその場でくるっと一回転する。
身長が伸び、顔つきも精悍になる。
黄色いレインコートが消えて警察の姿になった。
「どうじゃ!」
これが能力【変装】かあ。
この外見ならサルの出現しやすい地域を特定することは容易い。
「そんでな、オーサカの西南部にあるスーパーで最近妙な買い物客がおってな。リンゴやらバナナやらをかごいっぱいいっぱいに買っていくんじゃと」
「あやしいのう」
「その買い物客の住んどる部屋の近所で『変な物音がする』だとか『叫び声が聞こえてくる』だとかいう苦情が増えとるんじゃと」
その姿のまま説明すんのね。
ってか、声は導のままなのか。
内心「見た目おっさんなのに声高いなあ……?」って思いながら街の人たちも答えてくれたんだろうか。
しばらくネタにされそう。
「導、住所までわかっとるんか?」
「もちろんじゃねえさん!」
ほれ見たことか。
とでも言いたげな導。
おれも知ってるけど。
「さっちゃん。出動やで」
「ああ、わかった。救出しなければならない」
「あの1階の角部屋じゃ」
導とともにオーサカ支部から飛び出して、ほどなくして現場に到着した。
導の指さす先にあるのは耐震補強工事がなされていなさそうで今にも崩れそうなアパートだ。
「オーケー。導はここで待っていてくれたまえ」
導じゃのうて鎧戸先輩じゃ!
と導が抗議する。
その声をバックに、腕時計を操作し、タイマーを30秒でセット。
「スタート」
チロリアンハットを宙に投げて、タイマーのスイッチを押す。
これがトリガーとなっておれの能力【疾走】が作動する。
やらなくてもいいんだけど。
腕時計の操作も帽子放り投げるのもやらなくていい。
この時点で予備動作なしの【疾走】を披露するのは“正しい歴史”から逸脱してしまうのでわざわざやってみせている。
チロリアンハットは万有引力によって、本来であれば(当然のことながら、ニュートンのリンゴのごとく)アスファルトへゆっくりと落ちてくるだろう。
しかし【疾走】の作動中は何もせずに宙に放り投げた時よりも遅く落ちてくる。
「さてと」
チロリアンハットが薄汚れたアスファルトに着地する前に。
この場所に戻ってこなければならない。
「行くか」
駆ける。
助走をつけてジャンプし、半開きになっていた窓を押し開けて部屋に侵入。
中には初老の男性と、檻に入ったサルがいた。
どうやらサルは子どものようだ。
まだ小さい。
テーブルの上にはレジ袋に入ったままのバナナやリンゴがある。
「野生動物を勝手に捕まえて育てちゃいけないんだぞ」
聞こえないだろうけど、この家の住人に説教しておく。
どういう状況で捕まえたんだか知らんけど。
鍵を開け、おびえて震えているサルを右腕で抱えた。
頼むから噛まないでくれよと念じつつ、窓から一人と一匹になって脱出する。
左手でチロリアンハットを掴んで、被り直した、そのとき。
タイマーは鳴り響いた。
時間がまた、正常通りに動き始める。
時計の針が進んでいく。
「な、なんじゃ!?」
導が目をまん丸くする。
帽子を放り投げて腕時計のスイッチを押したところまでは視認できたはずだ。
その次の瞬間にはこのおれがサルを抱いていたのだから驚くのも無理はない。
「おそらく街中で暴れているサルはこの子の親だろう」
おれのセリフの途中で、その親がやってきた。
こちらの様子を窺っている。
おれはサルを檻に入れて育てたいなんて思わない。
親元で自然の中に生きた方がいい。
お互いにそれが幸せだろう。
【山中へおかえり】
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