第2話
鏡を見る。
普段よりも顔色が悪い。
それもそうだ。
完璧を目指しているぼくが本部でスリープしてしまうなんてあり得ない。
おかしい。
状況を整理しよう。
2010年8月25日の“おれ”はクリスさんに殺された。
気付いたら本部で寝ていて、死んだはずの霜降先輩に起こされて、顔を洗いにトイレまで来た。
今は何年の何月何日何曜日だ?
尻ポケットからスマートフォンを取り出して確認する。
2021年8月26日。
ぼくは知らぬ間にスマートフォンを取り出していた。
おかしい。
「おれがこの世界の篠原幸雄になった、ってところか?」
偽の“アカシックレコード”に挿絵やイラストがあったわけではないが、霜降先輩はおれを「篠原さん」と呼んでいた。
この鏡に映っている男が篠原幸雄だろう。
他に篠原の苗字の人間がいるのなら、霜降先輩も他の呼び方をするだろうし。
藍色の瞳にシルバーの髪、白いカッターシャツに黒いデニム。
左手首にあるこの腕時計は……ロレックス?
まあ、体型はおれもそこまで太ってはいなかったが……この整った顔つきよ。
ぱっちりとした二重は愛らしくもある。
俳優かモデルか、芸能事務所にでも所属したほうが稼げるんじゃないか。
おれが辞表を叩きつけてやろうか。
「オーケー、ぼく。トークしようではないか」
口が勝手に動く。
どうやらこの身体、完全におれが乗っ取ったわけでもないようだ。
思考が途中でシャットダウンされるのは真の世界から来た“おれ”とこのニセモノの“ぼく”が交互に顕在化しているのかもしれない。
つまりは、偽の“アカシックレコード”の世界に転生したけれど転生した先の人格が生き残っている。
大体転生したら元のキャラクターの方の人格は消滅しないか?
なんで残ったままなんだよ。
消えろニセモノ。
「ぼくはパーフェクトな存在を目指すために常に鍛錬している。これもぼくがより高みを目指すためのトレーニングの一環ということか」
話聞いてないな?
なんだよトレーニングって。
おれは生前に読んだ“アカシックレコード”の知識をもとに、この世界をハッピーエンドで完結させないといけないんだ。
こんなところでぐずぐずしている場合じゃあない。
「もちろん。きみの言う通りだ。こんなところでミラーに向かって話しているところを誰かに見られたらいらぬ心配をかけてしまう。そして、ぼくは作倉さんをこれ以上ウェイトさせるわけにもいかない」
あのさあ!
おれ!
さっさとチェンジしてもらえない?
「きみはぼくの中で、ぼくにアドバイスしたまえ。1人より2人のほうが、よりベストなアンサーを導けるだろう?」
お前、おれがなんか言ったところで自分の意見を曲げる柔軟さある?
ここまでのやりとりを踏まえるとなさそうだけど?
「ぼくはジーニアスなのでね。理にかなった意見だと思えば採用しよう」
ああ、そう。
それならいいけど。
「ぼくが作倉さんのいるルームに着くまでに、その“アカシックレコード”について詳しく聞かせてほしい」
わかった。
おれが作倉さんに直接言いたいことも山ほどあるから、チェンジしてほしい時は言う。
生前のおれは、作倉さんにお礼が言えなかったから。
この世界の作倉さんは元いた世界の作倉さんとは違うけれど、話しておきたい。
そのときは代わってもらえるか?
(……了解した)
で、アカシックレコードについてだな。
アカシックレコードは“正しい歴史”の本で、この世界の始まりから終わりまでの全ての事象が載っている。
お前はクリスさんが創った偽の“アカシックレコード”の登場人物にすぎない。
(それできみはぼくを“ニセモノ”と呼んだのか)
容姿はまるで違うが、おれは篠原幸雄だしお前も篠原幸雄なんだろう?
何がどうしてこうなったのかはクリスさんに聞いてみないとわからん。
話を戻そう。
偽の“アカシックレコード”には2009年の8月26日から2010年の8月25日までの1年間の記録が残されている。
この年は恐怖の大王がアンゴルモアを差し向けて、能力者を滅ぼした年だ。
(ノストラダムスの『予言集』? ……あれは1999年では?)
1999年が西暦とは限らない。
おれは研究の末に辿り着いたんだ。
実際に次から次へと能力者が死んでいった。
作倉さんもそうだ。
作倉さんは1月に霜降先輩に殺された。
アンゴルモアが霜降先輩を操ったんだ。
「信じられない」
ここは本の中の世界だ。
このままだとまた同じ出来事が起こる。
今年が2021年だろうと“正しい歴史”の本の効果は絶対だ。
確定してしまった過去を変えることはできない。
また同じ事象が発生するだろう。
その前に、フラグを片っ端からへし折っていくしかない。
アンゴルモアの猛攻を防いで全員が生存するルートを目指そう!
お前がおれに譲る気がないのなら、おれとお前の二人三脚でだ。
(オーケー、ぼく。考える時間がほしい)
【Double】
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