パーフェクト・エディション!
秋乃晃
第1話
2010年8月25日。
終わりが始まる。
今日は1週間前に届いたこのアカシックレコードによれば『この世界の能力者が全滅する日』らしい。
アンゴルモアが攻めてくる。
もちろん【疾走】の能力者であるおれ――篠原幸雄も例外ではない。
おれは死を恐れてはいない。
死ぬタイミングがちょっとだけ遅れただけだ。
あのとき作倉さんに声をかけられていなければビルから真っ逆さまに墜ちて死んでいた。
あのまま生きていても醜いおれは他人に避けられるばかりで、まともな仕事にも就けずに路頭に彷徨っていたに違いない。
この世界の能力者を束ねる“組織”へと連れてきてくれた。
出勤しなくとも自宅で働けるよう取り計らってくれた。
――今年の初めに作倉さんが殺されてしまったのは悲しい。
とても悲しい事件だった。
(もし天国があるならば、そこで再会できるだろうか)
アカシックレコードは“正しい歴史書”だ。
ここに記されている出来事は百発百中で起こりうる。
この1週間に幾度となくそのものズバリの事象が発生し、おれはこの本がホンモノだと確信するに至った。
凄まじいエネルギーが込められた本だというのに、ワイキキビーチで拾い上げた現地人にはこの素晴らしさが理解できなかったのだろう。
ほぼゴミ同然の値段で海外オークションに出品されていた。
全編日本語で執筆されており、おれの名前も出てきている。
アカシックレコードの中で描かれている“篠原幸雄”は美形らしい。
容姿端麗、才色兼備。
街を歩けばすれ違う人々が振り返り、雑誌のモデルかと噂するほどのイケメン。
おれをこんな顔にしてくれたあの男を“パパ”と勘違いして崇拝している。
(……たちの悪い冗談だ)
同姓同名の他人と思いたいが、能力は【疾走】で同じだ。
能力者しかいない“組織”だが全く同じ能力を持つ人はいない。
基本的にこの世界では同名の能力はあっても効果が重複するケースはない。
8月26日にオーサカ支部への異動を作倉さんから命ぜられる。
あの作倉さんがおれに異動を命じるのがおかしい。
だから、この篠原幸雄はニセモノだ。
ニセモノの篠原幸雄は【疾走】で獅子奮迅の活躍を見せてくれる。
まるで“ヒーロー”のような、正義の味方として。
裏切りや挫折で心砕けても立ち上がる。
恋をして、愛されて、最後のページに破滅が待ち受けているとも知らずに前を向く。
なんて強いんだろう。
(おれもこうなりたかった)
願いは叶わない。
醜いおれは“ヒーロー”にはなれない。
アカシックレコードの作中で篠原幸雄もそう言っている。
美しい者にこそ“ヒーロー”となる資格があるのだ。
プリンセスとダンスするプリンスにはなれない。
人間結局は見た目なのだ。
おとぎ話の『美女と野獣』だって最後は王子の姿に戻るように。
「篠原」
背後から呼びかけられた。
クリスさんの声だ。
作倉さんの後任としておれの上司となった少年。
「“アカシックレコード”を返してくれないか」
「返す?」
おれは膝の上にアカシックレコードをのせ、椅子を回転させて、クリスさんと向き合う。
クリスさんは膝の上のアカシックレコードを視認すると、「それは俺が【創造】で創った偽の“アカシックレコード”だ。落とし物は持ち主に返すのが筋じゃないか?」とのたまった。
「おれが購入したものなので、今はおれのものですよ」
おれは何も間違ったことは言っていない。
誰が書いたものであってもいま所有権があるのはおれだ。
おれのものをおれのものと言い張って何が悪い。
「渡す気はないか」
「ええ。おれがこの本を手に入れたのは、神の思し召しでしょう」
クリスさんはあからさまにため息をついてみせた。
作倉さんはおれに好意的で何かと便宜を図ってくれていたが、こちらはおれを今の今まで放置していた。
それでこの本を取り返しに来るなんて虫が良すぎやしないか。
「お前はその本を読んでどう思ったのかを聞いておこうか」
少しだけ相手の表情が和らいだ気がする。
おれは「作者としての感想を聞きたいんですか?」と聞き返す。
「まあ、そんなところだ」
なるほど。
それなら答えてやってもいい。
「面白かったです。ただ……」
「ただ?」
「クリスさんの創った創作物で、偽物で、本物が別にあるっていうのなら、全員がハッピーなエンドになってほしかった」
アカシックレコードが“正しい歴史”の本だというのは理解している。
それでも。
この現実と同じように、作倉さんを始めとして全ての能力者が死んでしまうオチでなくてもよかったのではないか。
と思う。
「そうか。なら、お前がハッピーエンドにしてきてくれないか」
クリスさんの手には【創造】で瞬時に作成されたハンドガンが現れている。
ハッピーエンドにしてくる?
おれが?
「何を言って」
「もう俺は疲れたんだ」
銃口をおれの頭に向けて、トリガーを引く。
アカシックレコードの最後のページに、おれの死に様は書かれていなかったな。
死ぬのは確定でも誰に殺されるかは書いていない仕様だった。
痛い。
頭が痛い。
撃たれたのだから痛いに決まっている。
最期に何か、……辞世の句を残したいのに脳が削れて思いつかない。
「篠原さん。作倉部長がお呼びです」
身体を揺すられて「ふぇっ!?」と腑抜けた声を出して飛び起きる。
周囲の人間の視線がこちらに集まった。
「居眠りなんて珍しいですね」
「……寝てました?」
とぼけた問いかけに、霜降先輩は眉間に皺を寄せながらも「寝てましたよ」と答えてくれた。
なんて恐ろしいドリームなんだ。
あのクリスさんがぼくを撃つリーズンがない。
詳細を思い出そうとするだけで身震いしてしまう。
ここはどこだ?
おれはクリスさんに撃たれて死んだのでは?
席から立ち上がり、周りを見回す。
どこだここは?
作倉さんを殺して自殺した霜降先輩がなぜ生きている?
額を触る。
「撃たれていない……?」
毎日規則正しい生活を心がけているパーフェクトなぼくが居眠りなんて。
穴があったら入りたい。
ただならぬ様子に「顔、洗ってきます?」と霜降先輩がタオルを渡してくれた。
よいサジェストだ。
ぼくは「お気遣いありがとうございます」とタオルを受け取って男性トイレへ向かった。
【Prologue】
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