第5話 涙もろい 

「もしかしたら、向日葵が咲くかもしれないね」

「…… ……」


 飼っていたハムスターをプランターに埋めながら言う。夫の返答はない。見るのも辛そうだ。頬袋に大好きだった向日葵の種が残っていたらいいね、続きの言葉をのむ私。


 元々優しい夫は更年期でさらに涙脆くなっていた。


 娘がまだ幼稚園児だった頃、百円で路地で買った白うさぎ。生き物の世話と命の大切さを教えたくて飼った白うさぎ。小学生の低学年で動物の死を体験して欲しくて飼った白うさぎ。


 五年後、ピンピンしてる。えっ、うさぎって寿命長いの?


 十年後、スタンピングして偉そうだ。まだ元気。何で? なかなか死なない。(言い方に気をつけてね)


 高校生になった時、やっと息をお引き取りになった。長生きしすぎだ。情操教育のために飼ったのに、長生きしすぎだ。(だから言い方気をつけなさい)


 娘は涙一粒こぼし、思い出をありがとうってすぐに吹っ切れている。


「今度はハムスターにする!」

「その子、美人ちゃんだね。名前はどうする? エサは……」


 キャッキャしている娘とデバネズミ。隣を見ると暗い顔の夫。


「お前たちはもうあの子の事を忘れたのか!」


 あの子? ああ、百円の白うさぎね。うん、もう忘れた。ていうか、そんなに引きずらないけどね。うさぎ界では大往生じゃないの。


 どんより顔の夫に言うのはやめておいた。白うさぎちゃんに線香あげながら泣いていたものね。その時火葬場でマジで?! と焦った焦ったデバネズミ。


 そしてハムスターのご臨終。三年半という短い命だった。夫は毎日のように声をかけて、寒さ対策、暑さ対策を全部やってくれた。


 まっ、まさかまた泣いちゃうのかしら? スコップで最後に砂をかけ、私は夫を一人にしてあげる。思う存分泣いて下さい。


───あれから私も涙もろくなっている。


 子どもと動物のほっこり映像を見るだけで泣く。泣くところじゃないの。笑うところなの。猫が赤ちゃんの頭を撫でてるだけで泣く。なんて優しい猫なのってポロポロ。子どもが転んで泣く映像も、痛かったねって泣く。

 

 どうしちゃったんだろう、私。涙腺がゆるくなちゃったのかしら。小説読んでも泣いて、「泣きました!」「涙が止まりません!」「号泣しました」のコメントが増える。増える、ふえる。ワカメちゃん。貰った方はドン引きでしょうね。


 泣きすぎてコメントすらしてない時もある。本末転倒。


 けれどいいのだよ。自分の感情を素直に出して。泣きたい時は泣くのだよ。


 娘が嫁いだ日、夫婦で泣いた。翌朝二人のまぶたは腫れ上がり、お互い見ないふりをした。


「娘が可愛くて仕方ない、愛おしくて仕方ない」


 遊びに来た娘が帰る時、夫は必ず独り言のようにぽそりと言う。


 涙もろいんだから言わないで! 夫の背中に呟く私の目にも涙。


「お茶でもいれるね」 


 二人きりの穏やかな時間を過ごすために涙を拭くデバネズミ。


  









 

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