第3話 ホルモンバランス

「誰かこのカミソリ使ったー?」夫の声がする。洗面所の方から聞こえてくる。はい、パート1をご覧の方は正解を知っておられますね。答え合わせは後ほどにするとして、更年期になるとホルモンバランスが崩れるのである。


 「お母さんまた」という娘の警告を一週間に一度は聞くようになったデバネズミ。どこの毛? デバネズミには毛がないはず。ツルンツルンが自慢だ。自慢だったはず。しかし娘の視線と口調が哀しい。


 ポジティブに捉えて、頭頂部を確認。ふっくらしてきたでしょ。シャンプー変えたの。死んだ細胞が復活したの。しかし、娘の目線はもっと下の方だ。


 おお、もしかしてこれですか?! あなた見えるの? 天使の羽根。


 スルーされて落ち込むデバネズミ。はいはい、気をつけます。マスク生活に甘えてお手入れ怠けてました。どうもすいやせん。口のまわりの生毛。うん、ヒゲとも言うね。


 ───どうしちゃったのかな、私。生えて欲しい所には生えないで、いらんとこはすぐ伸びる。女性ホルモンが減ったって事かしら。


 苦しくたって〜、悲しくたってー。おうちの中なら平気なの!


 誰に見られるわけじゃなし、不貞腐れながらクリームを塗る。たるんだほっぺのハートのシミもご健在。ねぇ自慢していい? 私、いい物持ってるのよ。


 カミソリの刃をあてる。たった二、三本の細い毛だ。あっという間に無くなった。せっかくだから、ここにもクリーム塗って、塗って、塗って。


 ジョリ、ジョリ、ジョリ。あーきれいになった! 満足満足。


 女性ホルモンってどうやったら増えるのかしら?


 赤ちゃん見るとね、母乳が出そうになるの。あっ、それは母性ホルモンか。


 うすうすの頭で考える。あっ、いい事思いついた!


 致せば良くない? やり方忘れちゃったけど、やってるうちに思い出すわ。うすうすの頭で、タンスの底のを探す。知る人ぞ知る。


 無い。諦めの早いデバネズミ。実践は無理だわ。次の作戦を考える。


 すっごくしっとりした、艶ってした物、そう男と女が絡み合う映像見ればいいんじゃない。見る。観る。みる。


 けっ、つまんない。刺激が足りない。そうよ、年を重ねるとストレートより、想像を掻き立てるものが欲しいのよ。


 私は職場のパートさん仲間に相談した。彼女は色々なものを貸してくれた。


 鞭ですか? 縄ですか? 大人のオ……。バシン。そういうとこだぞ、デバネズミ。もっと上品に美しく向き合いなさい!


 彼女は腐女子と自ら名乗り、BL漫画やDVDを毎週のように貸してくれた。


 最初は好奇心で見始めたデバネズミ。


 ハマる、ハマる、ハマる。


 胸の奥の奥が熱くなって、ポッとする。初めての感覚。尊い。涙。


 一年かけて『貴腐人きふじん』という称号を貰ったデバネズミ。気がつけばホルモンバランスが正常になっていたと思う。


 足りないホルモンは、自分が気持ちいいと感じる方法で補充する事って大事なのね。更年期が幸年期に変わる!


 あ、そいえば正解を言ってなかったね。



 私は間違って夫のカミソリを使ってしまった。夫の髭剃りで、足を剃ってしまった。


 そう、夫のカミソリには、私のスネ毛が残っていた。残念。





 

 


 


 

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