PART2
『私は
彼は俯き、小さな声で言葉を続けた。
彼はこの家で生まれて育ち、そして家業を継ぎ、今に至る。
父親はつい二年ほど前に病気で亡くなった。
それ以後は病弱で耳の遠い母に代わって、昌一が豆腐屋になったのだそうだ。
本当ならば、兄か姉が家業を継ぐのが順序なのかもしれないが、兄は成績がよかったので、そのまま大学に進学し、卒業後は製薬会社に就職、重役にまで出世し、結婚して別居しているし、長女である姉は姉で、やはり成績がよかったので、高校を出た後やはり大学の英文科に進学、卒業後は外資系の商社に就職。
そしてやはり結婚して、現在は神奈川に住んでいるという。
『私も高校時代はそれほど成績は悪い方じゃなかったんで、大学に行くつもりでしたが、父が亡くなり、母はあの通り、昔から耳が遠かったものですし、それにこれまで三代続いているこの店を潰すわけにも行きませんからね』
ということで、彼が自動的に家業を継ぐことになってしまったのだそうだ。
だから、高校を卒業してからも、父が亡くなるまでずっと修行をし、父の味を継いだ。
自然に一度も実家である家から離れることなく、今に至っているという訳である。
『で、騙されたというのは?』
俺が先を促すと、彼はまたそこでため息をつき、一呼吸ほど置いてから先を続けた。
彼だって男だ。当然恋もしたし結婚も考えたこともある。
しかし今時、こんな小さな豆腐屋に、しかも年老いた両親のいる家の息子と結婚なんかしてくれる奇特な女がいるとは思えない。
結婚相談所やら、婚活サイトなどを利用してみたが、返ってくる答えは同じだった。
”お母さんと同居というのはちょっとねぇ”
”お豆腐屋さんですか?という事は自営業ですか・・・・”
まず相談員からしてこんな有り様だった。
当然ながら、こっちからモーションをかけてみても、反応は殆どゼロで、ごくまれに、それも10回に1回くらい、顔合わせまでこぎつけたとしても、やはり彼が、
”親と一緒に暮らしている”
”実家でずっと生活している”
と、これだけの理由で、あからさまに嫌な顔をされ、結局は断られてしまうという、そのパターンの繰り返しだった。
ましてやもう40歳近くにもなると、次第に声がかかる率も減ってくる。
”いい加減諦めた方がいいんだろうか”
そう思った矢先の事だ。
一人の女性が目の前に現れた。
『それが・・・・彼女だったんです』
今から丁度二年前の事だ。
当時登録していた婚活サイトが主催したお見合いパーティーで出会った。
俺はそのキリ抜きの写真をもう一度観た。
あまり目立たない顔立ちをしてはいるものの、なかなかの美人である。
顎のすぐ下に小豆ほどの黒子があるのが印象的だった。
年齢は当時21歳、某有名女子大の美術学科を卒業し、イラストレーターとして働いていた。
声を掛けたのは昌一の方からではなく、向こうからだったという。
『僕は、舞い上がってしまいました。しかし、今考えると、それが間違いの元だったのかもしれません』
彼は下を向き、唇をかみしめ、しばらく黙り込んでしまった。
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