第3話:小さな仲間

「ま、まずい! グレートウルフだ!」


僕たちの前に現れたのは、とても大柄な狼だ。その身体は灰色の体毛に包まれている。


〔マスター、グレートウルフとはどんなモンスターでしょうか?〕


「強力なAランクモンスターだよ!」


こいつは強靭な爪や牙の攻撃だけでなく、炎系の魔法も使ってくる。接近戦も遠距離戦も強い、厄介な相手だ。ボーランたちでさえ、全員がかりでないと倒すのに苦労するはずだ。


〔フフフ、かわいいワンチャンですね〕


「ワ、ワンチャンって! 早く逃げないと!」


いくらコシーが強くても、相手はAランクモンスターだ。その強さはスライムの比ではない。数ではこちらが有利だが、ましてや僕はEランク冒険者だ。実質一対一では、勝ち目なんかあるはずない。


『ガアアアアアアアア!』


「うわああああああ!」


グレートウルフが咆哮を上げた。僕たちを見て警戒している。魔力を溜めて、まずは遠距離攻撃を仕掛けてくる気だ。ランクが上のモンスターほど、警戒心が強くてずる賢い。


「コ、コシー! 今はとにかく逃げよう! ケガでもしたら大変だよ!」


彼女は石でできている。とは言え、こんなか弱そうな少女の身が心配だ。


〔やはり、マスターはお優しい方なんですね。そんな方と出会えて、私は嬉しいです。でも、あんなモンスターなんかマスターの敵ではありません。私に魔力を注いでみてください〕


しかし、コシーは逃げようとしない。それどころか、僕の手を掴んで離さなかった。


「い、いや、そんなことより……」


〔いいから早く!〕


僕の目を真っ直ぐに見てくる。彼女の真摯な気持ちが伝わってきた。


「わ、わかった! いくよ!」


僕はコシーに向かって、力強く魔力を込める。白っぽいオーラのような空気が、彼女の体を包んだ。


〔ちょっと待っててください。あの行儀の悪いワンチャンを倒しちゃいますから〕


そう言うと、コシーは剣を抜いた。グレートウルフを、真正面から見据える。


「や、やっぱり危ないよ!」


『ウガアアアアアアアアアア!』


ドンドンドン!!


「ファ、《ファイヤーボールショット》だ! それも一度にあんなにたくさん!」


グレートウルフが、炎の球を吐き出してきた。当たったら最後、一瞬で黒焦げになってしまう。


〔マスターには傷一つ、つけさせませんよ!〕


すぐさまコシーが剣を抜き、《ファイヤーボールショット》を斬った。目にもとまらぬ速さだ。さらには斬られた炎の球が、みるみるうちに剣へと吸い込まれていった。


『ガ……?』


「す、すごい……」


予想だにしなかったのだろう、グレートウルフはひるんでいる。その隙を逃さないよう、コシーは素早く切り込んだ。


〔行儀の悪さを反省しなさい! 《ファイヤーソード》!〕


コシーの剣が炎をまとう。次の瞬間、炎はメラメラと激しく燃え盛った。


「そ、そうか! 吸収した《ファイヤーボールショット》を剣に宿したんだ!」


ズバアアアアアアアアア!


『ギャアアアアアアア!』


たったの一太刀で、グレートウルフを斬り倒してしまった。死体はすぐさま“ピース”になる。


「あ、あのグレートウルフを一撃で倒すなんて」


グレートウルフを一人で倒せる冒険者なんて、そうそういないはずだ。コシーはパンパンと、服についたほこりを払っていた。


「コ、コシー、ケガはない? 大丈夫?」


〔ええ、大丈夫です。マスターは本当にお優しいです。さてと、そろそろ時間ですね〕


「え、時間? って、うわっ」


瞬く間に、コシーが縮んでいく。あっという間に、元の小石ほどの大きさになった。僕と同じくらいの身長だったのが、今やすっかり手の平サイズだ。


〔私はマスターが注いでくれた魔力の量によって、大きさと強さが変わるのです。注いでくれた魔力が多いほど、大きく強くなります。魔力が切れると、元の大きさに戻ります〕


「な、なるほど」


〔見たところ、あのワンチャンはAランクはあると思います。つまり、マスターの注いでくれた魔力で、私もAランク相当の力を出せたのです〕


「そ、そうなの? でも、ただ魔力を込めただけだよ?」


夢中だったとは言え、魔力を全て使った感覚はない。それほど魔力を使ったら体力が切れてまともに動けなくなる。それにAランクなんて、ボーランたちと同じレベルじゃないか。


〔それでは、冒険者ギルドへ帰りましょう。そのワンチャンの“ピース”を持っていくと、報酬が貰えるのではないでしょうか?〕


「そうだけど、どうして冒険者ギルドなんて知っているの?」


僕はしゃがみ込んだ。小さくなった彼女と目線を合わせる。


〔フフフ、私はマスターのことなら大体知っていますよ。マスターの魔力から生まれましたからね〕


コシーはニッコリと笑っていた。さっきまでの凛とした雰囲気は消えている。


〔ところでマスター、お願いがあります〕


「うん、何かな?」


〔私をマスターの胸ポケットに入れてください〕


「胸ポケット?」


僕はコシーを手の平に乗せる。そのまま、そっと胸ポケットに入れた。


「ど、どうかな?」


〔いやぁ、落ち着きます。最高の気分です〕


コシーは嬉しそうな顔をしている。そして、しきりに僕の服の匂いを嗅いでいた。


「じゃ、帰ろうか」


僕は新しくできた不思議な仲間と、ギルドへの帰路についた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る