第2話:本当のテイム対象

「え? き、君は誰? というか、これはいったい何が……」


僕は目の前で起きたことが、とてもじゃないが信じられなかった。石から少女が出てくるなんて、あり得ないことだ。しかし事実、僕の前には女の子がいる。背丈は僕の半分ほどだ。そして、腰には剣を携えていた。


〔マスターは、ご自身の本当の力を知らないのです。いえ、正しくは本当のテイム対象と言いますか〕


「ほ、本当の力? 本当のテイム対象だって? 僕には何が何だかさっぱり……」


少女は淡々と言ってくる。僕は混乱した頭で、懸命に考えた。だが、わかるはずもない。この状況に、まったく追いつけていなかった。


『ピイイイイ!』『ピギイイイイ!』


「うわあああああああ!」


いきなり、スライムが一斉に飛びかかってきた。僕は頭だけでも守ろうと、とっさに腕で顔を覆う。


「もうダメだ!」


〔いえ、大丈夫です! マスター!〕


と腕の隙間から、石の少女が飛び出すのが見えた。勢いよく剣を抜く。


〔はっ!〕


ズバズバズバ!


『ギ、ギギイイイイイイ!』


「え?」


一瞬で全てのスライムを斬ってしまった。死体がうっすらと消え、体の一部分だけ残った。あっという間に凝縮して固くなる。僕たちがモンスターを倒すと、“ピース”と呼ばれるアイテムがゲットできる。それを素材とし、様々な装備品が作られているのだ。


「す……すごい」


あまりの早業に、僕はあっけに取られてしまった。


〔フフフ、すごいのは私じゃなくて、マスターでございますよ〕


「き、君はいったい誰なの?」


〔申し遅れました。私はコシーと言います。マスターがテイムしてくれた、小石から生まれたのです〕


「こ、小石だって?」


そういえば、さっき拾った石に魔力を注ぎ込んだ。一般的にモンスターや動物をテイムするときは、対象へ手を触れて魔力を込める。しかし当然だが、石をテイムするなんて聞いたことがなかった。


「テイムってどういうこと? ただ魔力を込めただけだよ? それに、小石から生まれたなんて」


〔マスター、順を追って説明します。まず、あなたの本当のテイム対象は、“全ての無生物”なのです〕


「む、無生物? それって、生きていない物ってこと?」


にわかには信じられなかった。しかし、コシーは真剣な目で僕を見ている。どうやら、本当のことみたいだ。むしろ、それ以外に考えられない。


〔はい、さようでございます〕


「でも、<テイマー>って生き物をテイムする職業なんじゃないの?」


その名の通り、<テイマー>は動物やモンスターを使役する。最初は小動物や低ランクモンスターから始めて、いずれはドラゴンなどSランクモンスターの使役を目指していく。ドラゴンがテイムできるなんて、それこそ超一流の人たちだけど。


「無生物をテイムするなんて、聞いたことがないよ。生きていないのに、どうやってテイムするの?」


〔マスター、あなた様は特別なのです。命なき物に命を与えることができる、神に選ばれた人間なのです〕


「神に選ばれた人間? そんなバカな」


僕はコシーの言った意味が、よくわからなかった。


(僕には命を与えることができるだって?)


だが、そうとしか考えられなかった。現に僕の目の前に、石から生まれた少女がいる。


〔混乱されるのも無理はないです。そのようなことができる人は、未だかつていなかったのですから。しかし私が生きているかどうかは、実際に触ってみればわかります。どうぞ、私の胸に手を当ててください〕


コシーが僕の手を引っ張って、彼女の胸に当てた。感触は石なのに、不思議と温かい。そして、トクントクンと心臓の鼓動を感じる。


「あ、あったかい……」


本当に生きているんだと思った。えもいわれぬ感覚に、僕はぼんやりとしてしまう。その直後、自分が何をしているのか自覚した。


「ちょ、ちょっと、これはまずいって!?」


僕は急いで、コシーの胸から手を離す。


〔どうしたのですか、マスター? 何をそんなに慌てて……〕


「どうしたのって、あ、いや、とにかくごめん!」


コシーはキョトンとした顔で僕を見ていた。特に気にしていないようだ。しかし、僕の心は恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいだった。女の子の胸を触るなんて、はしたないにも程がある。これじゃあ、まともにコシーと目を合わせられない。


〔それはそうと、マスター。スライムから出てきた“ピース”です。どうぞ、お受け取りください〕


コシーが“ピース”を持ってきた。


「いや、でも、僕は何もしてないし」


〔いいえ、私はマスターのおかげで生まれたのです。マスターが倒したのと同じです〕


断ろうとしたが、コシーはグッと渡してきた。


「僕が倒したのと同じ……」


〔さようでございます〕


僕はコシーから、“ピース”を受け取る。スライムピースだ。Eランクなので、売っても大したお金にはならない。でも、初めて自分の力で“ピース”を入手できたのだ。充実感がじわじわと心に広がっていく。


「ありがとう。うれしいよ、コシー。まさか、自分の力で“ピース”がゲットできるなんて」


〔マスターはご自身の力に、気付いていなかっただけです。これからは、どんどん手に入っていきますよ〕


『グルルルルルルルルル!!』


とそこで、獣のうなり声のような音が聞こえた。驚いて、僕はビクッとする。


「な、なんだ!?」


〔マスター、あそこに何かいるようですね〕


コシーが奥の暗がりを指さした。ヌッと暗闇から、モンスターが出てくる。


「あ、あれは!?」


その姿を見て、僕は怖気づいてしまった。背中を嫌な汗が流れていく。

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