第6話 とりつかれた者の最後

 私たちはマダムにもらったメモの地図をたよりにそのアパートへと向かった。


 そのアパートはタイル張りの建物だった。かつての空襲の衝撃でほとんどのタイルがはがれていたが、おそらく目の前の建物がそれであろう。

 タイルが剥がれていなければ美しい建築物であったろうに。


 タイルのアパートに入り、アメリカ人将校に恨みを持っていたという女性が住む部屋の扉を開ける。

 その部屋の中央に布団がひかれ、一人の女性が寝ていた。

 黒髪の美しい女性であった。

 だが彼女の顔の皮膚がおかしい。

 ぼこぼこと膨らんだり、へこんだりしている。

 それは彼女の皮膚の下になにものかがいるようであった。

「馬鹿なことを」

 学は歯をくいしばり、言った。

「あなたがたは……」

 消えそうな声で黒髪の女は言った。

「マダムの知り合いです」

 学はいう。

「そうですか……ぐふっ……」

 女が咳き込むと数匹のあの黒い虫が口から飛び出た。

「あの男たちはどうなりましたか」

 苦痛にその端正な顔を歪めながら、女は言う。

「死んだよ」

 私は彼女に言った。

 そう、あなたの復讐ははたされたよ。

「それはよかった……げほっげほっ」

 今度は先程よりも多くの虫を吐きす。

 学が布団をめくると下着姿の彼女の体がぼこぼこと音をたて今にも虫が皮膚を食い破り、外に出ようとしているようだ。

 学はその様子を歯をさらに食いしばり見ている。

「もうゆっくり休むといい。妹さんがまっているよ」

 学は言い、黒髪の美女のまぶたを閉じさせた。

「力を貸せ、朱天童子しゅてんどうじ

 学は言った。

「ふん、学よ、おまえも甘いな。まあ、そこがお前の良いところだがね」

 その声は女と男が混じったような声だった。

「鬼道術鬼灯」

 学は静かに言った。

 そうするとどうだろうか、あれだけ皮膚の下で蠢いていたものが静かになった。吐き出された虫も黒い炭となった。

 学は魔術を使いその女性の体の中にいる虫を焼き殺したのだ。

 どのような仕組みかはわからないが、結果はそうなっている。

 彼女は眠るようにこの世をさった。


「やはり彼女を媒介にあの虫が将校たちに移されたのだろう」

 学は言う。

「でもどうして、彼女のほうが遅く虫が成長したのかしら」

 私は訊いた。

「おそらく、あの将校たちのほうが栄養価の高いものを摂取していたからだろう。この女性は痩せていて、虫が速く成長するだけの栄養がかけていたのだ。この国が負けてろくに食べることができなくなり、結果的に数日であるが彼女を生き長らえさせた。しかし、その分、彼女は虫の苦しみにさいなやまされたであろう」

 学は言った。

「たしか東洋の言葉であったわね、人を呪わば穴二つね」

「ああ、そうだ、アン。さてこの事件の黒幕に会いにいこうか」

「ええ、学。どうやら点と点がつながったわね」

 私は言った。

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