第4話 気味の悪い死体

 彼ら三人の将校の遺体が安置されているのは渡辺学が軟禁されていたビルディングから歩いて数分のところにある病院であった。

 本来は病院ではない建物であったが空襲で焼かれることを免れた建物が数少ないものであったのでその建物が代用されたのである。


 私たちを出迎えたのは浅沼健吾という医師であった。

 元軍医で帰国してからは連合軍に協力しているとのことであった。

 そのかたわらこの都市にすむ人々のことを診ているのである。

 よれよれの白衣を着た、痩せて背の高い男であった。

「もうすぐ、彼らは焼却する予定だったのですよ。やっと連合国側の許可がおりましてね。まあ、クリスチャンが荼毘にふされるのはそれは嫌なものでしょうが、このまま置いておくわけにはいきませんからね」

 ヒビのはいった目がねの位置をなおしながら、浅沼はいった。


 大きな机に三体の遺体が入れられたであろう袋がおかれていた。

「覚悟して見られた方がいい、しばらく食事をとれなくなるかも知れませんからね」

 くくくっと浅沼医師は笑う。


「承知した」

 そう言い、渡辺学はその袋の一つの紐を開いた。

 私は彼の背後からその遺体をのぞきこむ。


「うっ……」

 私は思わず唸ってしまった。

 ヨーロッパの戦場でひどい死体は見慣れたはずであったが、これはそれのどんなものよりもひどいと思われた。

 気の弱い人間なら失神してしまうだろう。

 端的に表現すればその遺体には細長いムカデのような虫が無数にまとわりつき、残ったわずかな骨や肉をいまだに食べていたのだ。

 もはやその死体の部分よりも虫のほうが多いのではないかと思われた。

 たしかに浅沼の言う通り、こんなものを見てしまってはしばらく肉料理はたべれないだろう。

 私ももどしはしなかったが、口のなかがすっぱくなるのを怯えた。

「これは吸精虫だな……」

 サングラスの目がねごしにその虫にほぼ食われた遺体を見て、学は言った。

 どうやら彼はこの虫のことをしっているようだ。

「さすが、黒桜の人間だな」

 感心した様子で浅沼は言った。

 彼も元軍医であることから、黒桜の存在を認知しているようだ。

「ああ、まさかこの国でお目にかかるとは思わなかったがな」

 学は紐をぎゅっと結びなおした。あの虫が外にでないようにだ。

「ありがとう、参考になったよ。さあ、いこうかアン」

 学は私の手を握り、外に連れ出した。


「あの娘たちもこれでむくわれるだろう」

 その部屋をでる間際、浅沼医師は窓から外を見ながら、一人そのような言葉を発した。



 学の説明ではあの吸精虫という寄生虫は人から人へと移るものだという。

 主に粘膜を通じて、まだ顕微鏡でみなければいけないほどの小ささの幼虫のうちに人から人へと移すことができるのだという。

 そして成虫すると宿主の体を食い破り、あのような気味の悪い死体になるのだ。

 粘膜から粘膜、すなわち主に性交により移すことができる。

 チベット奥地に生息していたものを古代中国は春秋戦国時代にかの大陸で権力者に暗殺などに使用されるよう改良されたのものがあの吸精虫だ。

 すなわち、あの三人の将校は何者かと関係を持ち、あの世にも恐ろしい虫を寄生させられ、この世を去ったということだ。

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