第2話 魔の眼

 薄暗い部屋で学の瞳はアメジストのように輝いていた。

 それは魔眼デビルアイと呼ばれるものだ。

 ロンドンに滞在していたころイアン・フレミングという男に教えてもらった。

 ハンサムで博識の男だった。女ぐせが悪いのが欠点だった。

 渡辺学の瞳がそれだと。

 紫色の瞳を持つものは悪魔の能力を行使できるのだと。


「さあ、こんな所からでましょう」

 私は言う。

「ここから出て、僕にどうしろというのだ。川島芳子を救えなかった僕に……」

 学は言った。

 どうやら彼は清朝の皇女を救えなかったことを後悔しているようだ。

 生きる気力を失くすほどに。

 こんなところで囚人となっているのだ。

 私は彼にこんなところで戦犯の汚名をかせられたまま死んでほしくはない。

 そのために無理を言って海を渡り、極東まできたのだ。

 彼には生きて欲しい。

 それは私の望みでもあるのだ。


 私は力いっばい学の頬を両手で挟んだ。

 息がふれあうほどに顔を近づける。

「それでも私はあなたに生きて欲しいの。そのために海を渡りこの国に来たのだから」

 私は学の紫色の瞳を見ながら、彼に問いかける。じっと見つめていると魅いられそうだ。

 アメジストの瞳を見つめていると彼は微笑した。

「わかったよ、アイリーン。いや今はアンだったな。赤毛のアン、君がそこまで言うのならもう少し生きてみよう」

 渡辺学は言った。


 学は両手に力をこめる。

 するとバリバリと彼の手を拘束していた手錠が粉々に破壊された。

 続いて足の鎖が引きちぎられる。

 彼は手足についた金属片を払いのけた。

 立ち上がり、私の目を見る。

 もともと彼をこんなものでつなぎ止めることなどできなかったのだ。

 悪魔の力、いや、オーガの能力を身に宿した彼を。


 私は学の耳に丸型のサングラスをかけた。

 これは学の愛用のものと同じデザインのものだ。

「さあ、出ようか。僕をここから出すのに何か条件があるのだろう?」

 学は訊く。

「ご明察よ、渡辺中尉」

 私は答えた。

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