31 「蛇髪少女 エグレ」

「ご、ごるごん?……それがアンタの名前?」

俺は蛇髪少女にきく。


「……違う、それは種族。まぁ別にどっちでもいいけど。……忘れて」

蛇髪少女が淡々と言った。


「……せっかく助けたんだから、長生きしなよ」

蛇髪少女はそう言うと、身体の向きを変えた。



「そこの子!カジバさんに何してるんですか!」

森の方から大きな声が聞こえた。


俺と蛇髪少女はそちらを向く。


気の神殿へ続く道にケンタウレの少女、トネリコがいた。

彼女は気絶したハルジオンを自身の背に乗せている。


彼女はケンタウロスの仲間たちと一緒だ。

ケンタウロスたちはエドガーを背に乗せ、俺の馬〈グルファクシ〉と、ハルジオンの馬〈アルスヴィス〉を手当てして連れてきてくれた。


「あ……やばっ」

蛇髪少女が焦った表情を見せる。

彼女は向きを変えると、トネリコと逆方向へ走ろうとした。


しかし、逆方向からはアルフォンス王と白の騎士たちが馬に乗ってやってきた。


挟み撃ちの状態。


「……くうぅ」

蛇髪少女は背中に生えたコウモリのような翼を広げた。


「そこの魔族、動くな!」

王が声を張り上げる。彼は剣の先端を蛇髪少女に向けた。


白の騎士たちが一斉に弓を構える。


「まっ、待ってくれ。コイツは俺を守ってくれたんだ!」

俺は思わず両手を広げる。


「……勇敢な子供よ。たとえそうだとしても、その者には聞かなければならないことがある」

王は俺にそう言うと、厳しい表情で蛇髪少女に向き直った。

「そなたも……身に覚えがあるだろう!」


王の問いかけに、蛇髪少女が身体を痙攣させる。

彼女は羽を動かし、飛び立とうとした。


彼女の身体をトネリコが足で押さえつけた。


トネリコの立派な馬の足が蛇髪少女の背中にのしかかる。

「ごめんなさい!……でも、逃げたら怪しいですよ!」


「はっっはなせぇ!!!」

蛇髪少女がうつ伏せで倒れる。


白の騎士が蛇髪少女を囲む。


「そこのゴブリンを石化させたのは、そなただな?」

王がきく。


「……さあね」

蛇髪少女がモゴモゴと答えた。


「では別の質問だ。守護者エレオノーラを石化させたのはお前か!」

王が大声で怒鳴った。


え?なんだって?


よく聞こえなかった。


いや、嘘。

よく聞こえたけど……。



おいおい『エレオノーラを石化した』って聞こえたぜ?



俺は目を丸くして王を見つめる。


王は俺の気持ちを察すると、残念そうな顔をして頷いた。

「先ほど、城壁の上で発見したのだ。守護者エレオノーラは"気の聖宝器"を構えたまま、石化した」


「……いやぁ、まさかぁ」

俺は声が掠れる。

「嘘だって……」


俺は蛇髪少女を見る。


彼女はゴブリンを石化させた。それを彼女は認めた。


……一体、どうやって?


彼女は「死にたくなかったら、見んなよ」と言った。

「赤いグラスをしていなかったら死んでた」とも言っていた。


「……まさか、アンタの眼を見たら、石化するのか?」

俺は蛇髪少女にきいた。



―――――



シグルド防衛決戦。


戦争は終わりを迎えた。


バルドールとエルフの援軍がゴブリン兵の大半を倒した。

残ったゴブリンたちは山の奥へ逃げた。


石像兵は日の光の下では動けない。

奴らは光の騎士たちの戦鎚によって次々と砕かれた。



俺はアルフォンス王に連れられて、城壁の上にきた。


そこには石化したノーラの姿があった。


彼女は立ち姿のまま、硬直している。

手に持った気の聖宝器も一緒に石化していた。


「ノーラ!!!」

俺は彼女に走り寄った。


ゆっくりと彼女の手に触れる。

冷たい。

完全に石だ。


「……嘘だろ。ありえねぇって……」

あんなに暖かかったじゃねぇか。


森で初めて会った時。

馬に乗って旅した時。

一緒に夕食を食べた時。

エルフの森で家族といた時。


俺はノーラと目が合った。

石像の彼女は目を開いたままだ。


彼女は石化の直前、俺くらいの身長の誰かを見ていたようだ。


俺は背後を振り返り、蛇髪の少女を見た。


少女は両目を布で隠され、両手を拘束されている。

赤いグラスは両隣で監視している白の騎士に取り上げられた。


彼女も俺くらいの身長だ。



「……グラス、返してよ」

蛇髪少女が騎士に言う。


「……ノーラの石化、アンタがやったのか?」

俺はきいた。


「……違う!それは違うっっ!」

蛇髪少女が大声を出した。


「嘘をつくな!」

両隣の騎士が言う。


「本当に違うの……たっ、助けて!」

蛇髪少女は目が見えない状態で俺を探した。


俺はそれに答えられなかった。



エレオノーラ。

ドワーフと同じくらい大切な、俺の人生の恩人。


戦争の勝利と引き換えに、俺たちは”最後の英雄”を失った。



―――――



三日後。


俺たちはシグルドで治療を受け、かなり回復した。


援軍と共にやってきたエルフの医者が俺たちを診てくれた。

気の神殿に着いたあたりから俺の痛みは麻痺していた。

かなり危ない状態だったらしい。


俺とハルジオンとミスリルは王宮の共同部屋を与えられた。


俺たち3人は、そこで沈黙していた。



ハルジオンもミスリルも、ノーラの件について既に知っている。


「ど、どうしようか……」

ミスリルが沈黙を破った。


「……俺たちのやることは変わらん。気の試練だ」

ハルジオンが俯いたまま言う。


「……だけど、”気の聖宝器”も石化したんだぜ」

俺は呟く。


「……そうだな」

ハルジオンは小さく頷くと、急に立ち上がった。

「俺もその”ゴルゴン”に会う。……ゴルゴンについては、古い文献で読んだことがあるからな」



―――――



蛇髪少女は塔の地下牢に監禁されていた。


俺たち3人は王の許可を得て、彼女を尋問することになった。

王も尋問に同席する。


蛇髪少女は白の騎士によって牢から出され、鉄の目隠しをつけられた。

そのまま尋問部屋に連れられ、部屋の椅子に身体を縛られる。


隣に立つミスリルは少し悲しそうな表情をしていた。


「……なぁ、俺がわかるか?」

俺は彼女に問いかけた。


「……その声。ああ……あの時の……」

蛇髪少女が力なく答えた。


「……あの時は、ありがとな。助けてくれたんだろ?」

俺はゆっくりと頭を下げた。


まぁ、見えねぇけど……。



彼女は少し黙った後、口を開いた。

「……は、はぁ?アタシはゴブリンが嫌いだっただけ。勘違いすんなよ、気持ち悪い!」


……めちゃくちゃ言うじゃん。



「おい、お前は"ゴルゴン族"なんだな?」

ハルジオンがきく。


「……さあね」

蛇髪少女は横を向いた。


「……石化を解く方法、あるんだろ?」


「それも、さあね」


「なら俺が言おうか、『石化を解くにはゴルゴンを殺せばいい』違うかっっ!!!」

ハルジオンが蛇髪少女を脅す。

「ゴルゴン。見たものを石にする”呪眼”を持つ化け物だ。殺し方は首を切るか、鏡で自身の眼を見せるか。古い文献で読んだことがある。……まさか実在しているとは思ってなかったけどな」


「……勉強家だね」

蛇髪少女が冷静に言う。

彼女の唇は少し震えていた。

「でも残念。石化を解くには石化させたゴルゴンを殺さないといけない。アタシはやってない。つまり、アタシを殺しても意味ないんだよ、マヌケェ!!!」

少女が勢いよく怒鳴った。



「なんだ、仲間がいるのか?」

王がきく。


「……知らない」

蛇髪少女はスッと落ち着く。


「試しにお前を殺してもいいんだぞ!」

王が剣を抜いた。そのまま少女の首元に刃を当てる。


「ちょっっ」

俺は声を出す。


「ちっ、ちがうっっ!アタシじゃない!」

蛇髪少女は叫ぶと、首を刃から必死に遠ざける。

「やってない、信じてっっ!!!」


「王様、待ってください!彼女が俺を助けてくれたのは事実です」

俺は王に駆け寄った。


王は俺を見るとゆっくりと刃を下げた。


「大人しく質問に答えるんだ。そうすれば解放してやろう」

王が蛇髪少女を睨んだ。

「その醜い蛇髪を一本づつ切り落とされたくなければな!」


蛇髪少女は身体を引いたまま、小刻みに頷く。


「最初の質問だ、お主は誰だ?」

王がきく。


「……エグレ」

蛇髪少女が小さな声で答えた。


「どこから来た?」

王が続けてきく。


「……闇の王国 ”ヨトゥンヘイム”。……その首都、"ウートガルズ"」

エグレが答える。


「お主は魔王軍か?」


「……まっ魔王軍の奴隷です」


「何のためにここへ来た?」


「……騎士を石化させるため。でも、戦争の途中で隙をついて逃げました」

彼女は鎖の千切れた手枷を主張する。


「他にもゴルゴンの仲間はいるか?」


「……はい。その中の誰かがやったんです」

エグレが頷く。



「……”沈黙の魔女”を知っているか?」

ハルジオンが尋ねた。


その質問にエグレは一瞬戸惑った。


「俺は、お前が”沈黙の魔女”だと疑っている」

ハルジオンがエグレを睨んだ。


「……アタシが?」

エグレが笑う。

「ちがう……ちがう。あの方は私の主人マスター

彼女はそう言って辺りを見回した。


「どうしよう、マスターが聞いているかも……」

彼女が挙動不審になる。


「今回の戦争は、そのマスターの意思か?」

ハルジオンがきいた。


「……そっ、そう。今回の"作戦"はマスターの意思」

エグレが呟く。


「作戦?」

ハルジオンは首を傾げた。


「……知っても、もう遅い」

エグレが小さく言う。


「話せ!」

王が怒鳴った。


「いっ、言う。言うから……痛くしないで!」

エグレが萎縮した。

「バルドール!!!その首都ゴルドシュミットにある魔鉱石。それを奪うのが本当の目的!!!」


バルドールだと?


「バルドールの魔鉱石……えっ、オリハルコン?」

ミスリルが目を見開いた。


「バルドールに敵軍が?」

ハルジオンがエグレにきく。


「だったら、援軍なんて来ないだろ。……魔鉱石を狙う”ハンター”は、音を立てない」

エグレが呟く。


「サイレンスか!」

俺が声を出した。


「だが……バルドールはサイレンスの行動範囲外だぞ!」

ハルジオンが俺を見る。


「ゴルドシュミットに”沈黙の使者”がいる!」

エグレが高らかに叫んだ。

「すぐに分かるはず……」


彼女がそう言うと、尋問室の扉が勢いよく開いた。


入ってきたのは、バルドールの光の騎士。

見覚えのある顔だ。

ノーラとゴルドジュミットに行った時、城門の近くで出会った光の騎士の隊長〈バレンタイン〉だ。



「ゴルドシュミットにサイレンスの襲撃!」

バレンタインが叫んだ。

「 "職人殺し" にオリハルコンを奪われた!!!」


「なっ!!!」

俺たちは目を丸くする。


「沈黙の使者は、錬成術師ニコラウス!」

バレンタインが報告する。


ニコラウス?

嘘だろ???


「ニコラウス?あっありえねぇ!!!」

俺は叫ぶ。


「いや、間違いない。そして……彼は死んだ」

バレンタインが淡々と言った。


ニコラウスが……死んだ?



バレンタインは俺たち3人の元に歩み寄った。

「フレイヤ姫からの伝言です。『あなたたちは試練を続行しなさい。絶対に聖剣を完成させて』と……」

彼はそう言うと小さく頭を下げた。

「私はゴルドシュミットに戻ります。戦争のゆくえと、エレオノーラ様のことを伝えます」



「……ランク5の魔鉱石、”元聖剣”が奪われた。……ノーラも、ニコラウスもいない。……気の聖宝器だって」

俺は呆然とする。


「おい!石化を解く方法!他に方法はないのか?」

ハルジオンがエグレを問い詰める。


「対魔力で……」

俺はそう言いかけてやめる。


……そうか。対魔力で呪いは解けない。

ノーラが言っていたことだ。


「やはり、殺すべきか!」

王が剣を構える。


「待って!」

俺がそれを止めた。

「彼女は奴隷です。……無理やり従わされてただけかも」


「……カジバの言う通りです。コイツは生かした方がいい」

ハルジオンが少し考えた後、そう言った。


「ならば、石化した守護者はどうする?」

王が言う。



「それなら私に任せてくれ」

扉の向こうから男の声がした。


そこにいたのはノーラの父、サンタクロースだ。


「ノーラの父ちゃん……」

俺は彼に歩み寄る。


「皆が心配でな。援軍に来た」

サンタクロースが言う。


「子供たちは?」

ミスリルがきいた。


「ノーミードが面倒を見てくれている。頼み込んだら、承諾してくれた。『店のお得意様だから特別サービス』とな」


「あの、ノーラは……」

俺は言い淀む。


「ああ、知っている。彼女に渡した”緑のブローチ”。おぼえているか?」

サンタクロースが眉を上げた。


「あぁ……覚えてる」

俺は頷いた。


サンタクロースがノーラに送ったプレゼント。

ノーラはそれを胸につけていた。


「あれは天然のエメラルド、守護の石と呼ばれるエルフのお守りだ。」

サンタクロースが言う。

「”呪眼”のような、強力な呪いを跳ね返すことはできなかったが……その守護は続いている」


「……どういうこと?」

俺はきく。


「ノーラが身につけている"守護の石" エメラルドには”対呪力”がある。古代から解毒や、病気を直す万能薬として扱われてきた宝石だ。その力を最大限高めれば”呪眼”の呪いが解けるはず」

サンタクロースは説明を終えると、俺たちに小さな緑の宝石のカケラを見せた。

「これは緑のサイレンス、エメラルドの破片だ。もっと大きな破片が城の中に厳重に保管されている。これらを媒介にして、守護の石の魔力を高める」


「ノーラは生き返るんっすね?」

俺は表情を明るくする。


「そもそも死んでおらんよ」

サンタクロースは俺に微笑むと、真面目な顔に戻った。

「……しかし、この儀式は数ヶ月かかるだろう」


数ヶ月……。


「……娘は絶対に助ける」

サンタクロースが強く言った。



―――――



俺とミスリルとハルジオンは、ノーラの元に来ていた。


石化したノーラは全く動かない。


ノーラの周りには彼女を囲う壁ができており、英雄を保護していた。


「ノーラが戻ってきたらさぁ、驚かせようぜ」

俺はハルジオンとミスリルに言った。


「ああ」

ハルジオンが拳を握る。


「うん」

ミスリルが頷いた。



「”気の聖宝器”のオリジナルがなくても、俺は再現してみせるぜ」

俺は拳を合わせる。


「残すは『気』『水』『虚』の3属性。絶対に習得してやる」

ハルジオンが言う。


「私も……オリハルコンと同じ、”ランク5”になる」

ミスリルが胸に手を当てた。


待っててくれよぉ、ノーラ!!!

俺たち、もっと強くなるぜ。



ノーラを無力化され、

オリハルコンを奪われた。

沈黙の使者、ニコラウス。

"職人殺し"のゆくえ。

謎の少女、エグレ……。


考えることは多い。



それでも、俺たちはできることをやるしかない。


俺たちはお互いに顔を見合わせると、気の神殿へ向かった。




カジバノチカラ -鉱石少女がエクスカリバーになるまで-


第1部 「新たなる奇石」 完



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


本作に登場する武器と種族をかんたん解説!


■エグレ

リトアニアの伝承に登場する蛇の女王。

鍛冶族の王である蛇が惚れた人間の娘。

本作ではゴルゴン族の女として登場するよ。


■ウートガルズ

北欧神話に登場する巨人の国『ヨトゥンヘイム』にある都市。

本作では魔王のすむ闇の王国の都市として登場するよ。



次回から、カジバノチカラ 第2部開始です。第2部からは更新頻度がゆっくりになります。


またみてね!

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