第2部 魔剣衝突

32 「気の試練 前編」

目の前には、膝をつくノーラ。


「ノーラはここで休んでて。俺が行くから!」

そう声をかける俺。

「エアリエルに加護を貰ったし、大丈夫だって!!!」


「そうか……。じゃあ、頼んだ」


ノーラの微笑み。



俺があの時、ノーラを待っていれば……。



―――――



「カジバ!ついたよ、神殿」

ミスリルが俺の袖を引く。


「あっ、ああ……」

俺は我に帰った。



「エドガーさんが”狼男ウェアウルフ”だったこと……みんな受け入れてくれるかな」

ミスリルが心配そうに城塞を見た。


現在、あそこで騎士たちの話し合いが行われている。


双頭の巨人との戦いで、エドガーが俺たちを守ってくれたこと。

変身したエドガーが俺たちを襲わなかったこと。

その証言を、俺たちは済ませた。


俺たちに出来ることはもうない。



「……考えてもどうにもならん。この国の問題だ」

先頭を歩くハルジオンが呟いた。

彼は右眼に眼帯をつけている。


巨人との戦いから、ずっと片目が痛むらしい。


あの時、彼の右眼は緑に輝いていた。

あれは一体……。


「集中だ、カジバ。俺たちは一刻も早く強くなるんだ」

ハルジオンが神殿の扉に触れ、魔力を流し込んだ。


ゆっくりと扉が開く。



神殿の中は明るい。

黄色と緑に光る鉱石が室内を照らしていた。


祭壇の台座には何もない。

本来あるはずの"気の聖宝器"はノーラと共に石化した。


「……守護霊は?」

ハルジオンが辺りを見渡す。


確かに、彼女の姿がない……。



「おはエア〜〜っっ!!!みなさん、私ですよっっ!!!」

突然、背後から元気な声が聞こえた。


俺たちは一斉に背後を見る。


そこには奇抜な格好の女がいた。


白と緑の変わった衣装。

スカート丈は短い。


「えっとぉ……誰ぇ?」

俺は目を細めて呟く。


やべっ!

彼女の綺麗な太ももに目線が吸い込まれるぅ。


「そよ風と共にやってきた、清楚歌姫!!!私が、気の守護霊 ”エアリエル”です!!!」

彼女が元気よく口上を述べた。


えっ?……エアリエル?

俺は首を傾げる。


うーん。

……言われてみれば、彼女だなぁ。


でも.

前あった時は ”村娘” みたいな素朴な子だったぞぉ……。


俺たち3人は、お互いに顔を見合わせた。


「……お、おーい!元気ないぞぉ!」

エアリエルが俺たちに呼びかける。

「そんなんじゃ、試練してあげないぞ!」


「……アナタもノーラのことは聞いてますよね?俺たちは強くなりたいんです。真剣に……」

ハルジオンが頭を掻く。


「私もずっと真剣ですよ。ノーラお嬢のことは私だって悔しい……。でも、私はいつだって笑顔でいますっ!みなさんに元気を届けるのが私ですからっっ!!!」

彼女が元気よく声を張り上げた。

声は少し震えていた。


ハルジオンが彼女の真剣な目に気づく。

「……分かりました。じゃあ気の試練を……」


「いいえっ!その前に挨拶ですっ!挨拶は大事です!」

エアリエルが両手を握った。

「みなさん、私に続いて大きな声で挨拶してくださいっ!」


「は?はぁ?」

ハルジオンが口を開ける。


「みなさ〜〜ん。おはエア〜〜っっ!!!!!!」

エアリエルが叫んだ。


元気な声が神殿に響く。


……。

よっ、よっしゃ。

やるか。


「おっ、おはエア〜〜!」

隣のミスリルが唐突に叫んだ。

彼女はその後、顔を真っ赤にする。


おいおい、頑張ったなっ!


俺とハルジオンは顔を見合わせると、大きく息を吸った。


「おはエア〜〜〜!!!」

謎の挨拶を男2人で叫ぶ。


「まだまだ出ますよね!!!もう一回行きますよぉ〜〜。みなさん、おはエア〜〜っっ!!!!!!」

エアリエルが叫ぶ。


「おはエア〜〜〜っっ!!!!!!」

俺たち3人はそれに負けないくらいの元気で応えた。


独特の挨拶が神殿に響き渡る。


俺は息をついた。

なんだかスッキリしたなぁ。


俺たちを包む、どんよりとした空気が一気に晴れた気がした。


「おは……っていうか。今は昼だけどな」

ハルジオンが頭を掻いた。



―――――



「あらためて、私の名前はエアリエルです!気軽にエアって呼んでください!」

彼女が祭壇の上に立ち、自己紹介する。

「気の守護霊として、みなさんに幸せな風をお届けしてます!」


「俺は、鍛冶師のカジバ!!!よろしくなぁ!」

そう自己紹介を返す。


「声でかっっ。元気がいいですねっっ!!!」

エアが俺に笑いかける。


「俺は勇者の末裔、ハルジオン。よろしく頼む」

ハルジオンが静かに自己紹介する。


「……ハルマきゅんの子孫!!へっ、へーい!!!」

エアが拳を上げた。


なんじゃ、そのテンション。


「私は、魔鉱石のミスリル……です!」

ミスリルが頑張って自己紹介する。


「え?可愛すぎない?」

エアが真顔になった。


「なっ、なんっ?」

ミスリルが彼女の表情に動揺する。


「好きぃ……」

ミスリルを見るエアの表情が緩んだ。


彼女は一息ついて、なんとか落ち着いた。

「みなさん、これからよろしくお願いしますねっ!」

エアが微笑んだ。


「よろしくなぁ!」

「よろしく頼む」

「お願いします!」

俺たち3人はそれぞれ答えた。



「さて。早速、みなさんに『気』の魔力を与えたいと思います」

エアが両手を合わせた。


「みなさんは、『火』と『土』の魔力を持っています。これで3つ目。ここが難関ですよ!」

彼女が言う。


「生き物は通常、火、水、気、土どれかの属性を持って生まれます。それを魔術として扱える人はごく限られますけど……」

彼女が説明した。


「あれっ……五大属性じゃないの?」

俺はきく。


火、水、気、土……。

『虚』がないぞ。


「えっと、『ヴォイド』は特殊なんです。……持って生まれるものじゃありません」

エアが言った。


なるほどぉ。


「……属性を持って生まれる。ってことは俺たちもか?」

ハルジオンが彼女にきく。


「はい」とエアが頷いた。


「ハルジオンさんは『火』。カジバさんは『土』ですね。2人とも、いかつい!!!自分に合った属性は、比較的馴染みやすかったんじゃないですか?」

彼女が言う。


「わかるのか?」

ハルジオンが驚く。


「呼吸の仕方でわかりますよ!」

エアが得意げに言う。


さすがぁ、守護霊。



『自分に合った属性は馴染みやすい』かぁ……。

……たしかに。

土の魔力を定着させる時、俺の方が早く発芽したなぁ。


思い返すと、ハルジオンは火の魔力に慣れるのが早かった。


「今説明したように、生き物は属性を1つ持って生まれます。それを、2、3持つ事は相当な負担。普通なら四肢が爆散します!」

エアが言った。


えぇ……。

死ぬじゃん。


エアが目を軽く閉じて、耳を澄ます。


「……ハルジオンさんは魔力の器が大きい。だから複数属性が耐えられるんですね。……カジバさんは"対魔力"のおかげで爆散しない感じです」

彼女が読み取る。


マジかぁ。

対魔力ぅ……ありがとなぁ!!!


ん?


「あれ?ハルジオンも"対魔力"あるんじゃないの?」

俺は頭に浮かんだ疑問を口に出した。


以前、ハルジオンに対魔力があるか聞いたことがある。


その時、彼は「ある」と言ってたぞ?


「……ああ、あれは"嘘"だ」

ハルジオンはバツが悪そうに言う。


「えっ?」

俺は驚いた。


「……俺に"対魔力"はない。だから魔力耐性を限界まで身につけた」

ハルジオンが淡々と言う。


「今まで、何度もミスリルの武器を使ってたじゃないか。本当はミスリルの魅了効果受けてたのかぁ?」

俺は驚きながら聞く。


「ああ。気合いでなんとかしてきた」

彼が気まずそうに頷いた。



……コイツ、思ってた以上にイカれてんなぁ。



ミスリルも、彼の突然のカミングアウトに言葉を失っていた。



「つまり、俺は勇者ハルマと翼の民から何も継承できなかったってことだ」

ハルジオンが吹っ切れたように言う。


「そんな事ありませんよ!」

エアが口を挟んだ。


彼女はハルジオンに近づくと、眼帯をつけた右眼を見つめた。

「それ、見せてもらえますか?」


ハルジオンがゆっくりと眼帯を外す。

彼の右眼は緑色に変わったままだ。


「その眼。翼の民の王家が持つ"天眼"ですよ」

彼女が微笑む。


「……そうなのか」

ハルジオンは右眼に手を当てた。


「全てを見通す天の瞳。翼の民の女王、セキレイさんはその力で岩石王の核の場所と魔王復活の危険性を見つけ出した……」

エアが説明する。


「その力が俺に……」

ハルジオンはそう言うと、痛みを感じて右眼を抑えた。


「急な開眼で身体が慣れてないんですね。そのうち能力が使えるようになりますよ」

エアが言った。


……天眼かぁ。

すげぇな。



「さて、話を戻しますね。これから気の魔力を与えます!3つ目の属性なので定着に時間がかかります。焦らずいきましょう!」

エアが言う。


「えぇと。私はどうしたらいいですか?」

ミスリルが小さく手を挙げた。


「えぇ!!可愛すぎる。ありがとうございますっ。私がどうしよう」

エアリエルが両手を口に当てる。


「えぇとぉ……」

ミスリルが苦笑いする。


「じゃあ、2人が魔力を定着させている間、私と一緒に特訓しましょうねぇ」

彼女はミスリルにそう言うと、自身の両手を俺とハルジオンの頭に乗せようとする。


つま先を立てて、必死に手を伸ばすエア。

俺とハルジオンは気を使って腰を下げた。


「送りますね、えいっっ!」

エアが両手に力を込める。


その瞬間、気の魔力が俺の全身に流れ込んだ。

身体中の毛穴から風が吹き抜けていく感覚。


気づくと、俺は風になっていた。


えぇ!?


生身の感覚がない。

俺の実態が消えている。


隣のハルジオンの姿も無くなっていた。



俺たちぃ……空気になっちまったのか?



目の前には微笑むエアと、動揺するミスリル。


「魔力が定着したら、ちゃんとここに戻って来れますからね!!!」

エアが俺とハルジオンに向かって言った。


戻ってくる?

俺は空気のまま、首を傾げる。


エアが自分の口に手を当てた。

彼女は俺たちに向かって息を吹く。



ちょっっ、とぉおおおおおおっっ!!!!!!


俺はその息に吹き飛ばされる。


神殿の大門が自動的に空いて、俺は外に放り出された。〈多分ハルジオンも〉



と、飛ばされるぅっっ〜〜〜!!!



空気になった俺はシグルドの町を飛んだ。


「鳥になりてぇ〜〜」って思ったことは何度かある。


夢、叶っちまったなっ!



不思議と恐怖はなかった。


突然、全身が燃え上がった事もある。

土に埋められた事もある。


大抵のことには対応できる精神になってる気がするぜぇ……。



―――――



視界に広がるシグルドの町。

戦争の跡が至る所に残っている。


それでも、何とか立て直そうと、多くの人が動いていた。



俺は城門をこえ、荒野に出た。


大丈夫かぁ、これ。


荒野を飛んでいると、馬に乗るバルタサール王と光の騎士が見えた。

援軍に来た彼らはバルドール王国の首都、ゴルドシュミットに帰る途中だ。


ゴルドシュミットもこれから大変だ。

職人殺しの襲撃で、オリハルコンを奪われたんだからな。

姫様は無事みたいだけど……。


俺は目を閉じた。

今は考えても仕方ない。

流れに身を任せて風になることに集中しよう。



―――――



どれくらい経っただろう。

気がつくと、見覚えのある道が広がっていた。


この道……。

俺がノーラと最初に旅した道だ。


あの辺りで初めてモーフィングをして……。


ミスリルが初めて喋ったのもここだったなぁ。


その後ノーラと一緒に城門に向かって……。


ノーラ……。


そうか、これからはノーラに守ってもらえないんだ。


そう思うと不安になる。

俺はやり遂げられるだろうか。



俺は城門を超え、ゴルドシュミットの王宮に向かった。

……懐かしい光景だ。


職人殺しの襲撃で、町がめちゃくちゃになっていないか心配だった。

しかし、破壊されている様子はない。


……本当は襲撃なんてなかったんじゃねぇの?

そう思うくらいだ。



俺は上空を飛びながら辺りを見回す。


すると、王宮の塔に目が止まった。

その最上階が破壊されている。


投石器の攻撃を受けたみたいな壊れ方だ。


「やっぱ、襲撃があったのか……」

俺は呟いた。



遠くから女の鳴き声が聞こえてきた。

俺は意識をそちらに向ける。


この声……姫様か?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


第2部は更新頻度がゆっくりです。


またみてね!

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