30 「エレオノーラの一撃」

前方に"気の神殿"が見えた。


全身がいてぇ……。

息が苦しい……。


だけど、走れ!!!

とにかく走るんだっっ!!!


神殿には結界がある。

ドーム状の緑の魔力が神殿を覆っていた。


俺はその結界に恐る恐る触れた。

特になんの抵抗もなく、結界を通過することができた。


俺は安堵のため息をつく。



足音が聞こえ、俺は顔を上げた。


こちらに村娘が走ってくる。

あれはぁ……ここの修道士かぁ?


「俺ぇ、ノーラの使いです!!!気の聖宝器を!!!ごほっっ、げほぉ!!!」

俺は彼女に向かって大きな声で言った。


無理矢理声を出したせいで、咳き込んでしまった。


「はい、分かってます!!!こちらに!!!」

彼女は俺の腕を掴み、神殿へ入った。門は勝手に開いた。


神殿の中はがらんとしている。


「あのぉ……気の守護霊はどこに?」

俺は彼女にきく。


「えぇ!?わっ、私が気の守護霊、”エアリエル”です!」

彼女が少し頬を膨らませて言った。


あらまぁ。


悪りぃ、村娘だと思ってたぁ。


だから門が勝手に開いたのか。


気の守護霊"エアリエル"は神殿の奥にある祭壇を指さした。

そして、俺の腕を掴んだまま、祭壇の近くに向かう。


祭壇の台座には立派な弓がある。

その隣に緑色の長細い矢が8本揃えてある。

台座の隅には不思議な形状の小さな道具も置いてあった。


弓は変わった形状だ。

弓と弦を繋ぐ二箇所には車輪のようなものが付いている。

弓を引くと車輪が回転する構造らしい。

長い棒のようなものが弓の真ん中に付いているのも気になる。


「変わった弓っすねぇ……」

俺は呟いた。


「『種類としては、コンパウンドボウ もどきかなぁ……』って、ハルマきゅん……いえ、ハルマ様は言ってましたぁ!」

エアリエルが説明する。


ハッ、ハルマきゅん?


「そこの小さな道具は”リリーサー”といいます。……弓を引くときに使う道具だそうです」

彼女が説明を付け足す。


……よく分かんねぇけど、とりあえず頷いとくか。



「これが気の聖宝器 ”ソニックブーム” です。はやくエレオノーラ様の元へ」

エアリエルが弓矢を俺に手渡す。


俺は頷くと、聖宝器を受け取った。


……これがノーラの武器。


火と土の聖宝器もそうだったけど、この”気の聖宝器”にも使い込まれた歴戦の傷があった。


「あなたが"聖剣の作り手”ですね。私たち守護霊はこの戦いに直接参戦できません。……ですが、少しでも助けになれるよう、あなたに加護を与えます!」

エアリエルが俺の手を握った。


「あっ、ありがとうございますぅ……」

俺は呟いた。


エアリエルが目を瞑る。

すると、そよ風が俺の周りを包んだ。


「……これで、敵の矢はあなたに届きません」

エアリエルが言う。


えぇ!?マジで。


「助かりますっっ!俺ぇ、行きます!」

俺は聖宝器を抱え、神殿を出た。


「……ご武運を」

エアリエルが言った。



―――――



神殿の結界を出ようとすると、赤茶色の馬が俺の前に飛び出した。


「お前ぇっっ!」

俺は驚く。


ノーラの馬〈バヤール〉だ。


ノーラから借りてエドガーが乗っていた馬。

双頭の巨人との戦いで、隙をついて先に逃していたことを俺は思い出した。


バヤールは俺に向かって姿勢を低くした。


「乗れってことかぁ?」

俺は尋ねる。


バヤールが頷いたように見えた。


なんだか……馬との意思疎通が出来るようになってきたぜぇっっ!!!


俺は馬にまたがると、ノーラの元に向かった。



―――――



馬を駆り、来た道を逆走する。


前方にハルジオンたちが見えた。


いつの間にか、白の騎士たちが助けに来ている。

その中には武装したアルフォンス王の姿もある!


「王様ぁ!!!」

俺は馬に乗ったまま声をかけた。


アルフォンス王は気絶するエドガーの近くにいた。


「それが……"気の聖宝器"」

王が俺を見る。


「これからノーラに渡します、反撃ですよぉ!王様ぁ!!!」

俺は言った。

「これも、エドガー王子のおかげです」


「……息子は、変身したのか?」

王がボロボロのエドガーを見る。


「はい……狼男だったんですね」

俺は呟く。


「狼の遠吠えを聞いて、飛び出したのだ……。夜の戦争に息子を参戦させるつもりはなかった……」

王が眉をひそめる。


アルフォンス王は最初にあった時とは雰囲気が違っていた。


「遠吠えで目が覚めた……。外の光景は幻ではなかった。息子も民も危険に晒すつもりはなかった。私が間違っていた」

王が言う。


……王の『魔族嫌い』の原因は、王子にかかった呪いにあるんだろうな。


「人は間違えますよ。でも、まだ挽回できます!ここから反撃ですよぉ!!!」

俺は無理やり声を張って言った。


「……お主は勇敢な子供だな」

王は頷くと、立ち上がった。



―――――



俺はアルフォンス王と白の騎士と共に戦場へ戻った。


ゴブリン兵の掛け声が響いている。敵軍の指揮は高い。


白の騎士たちは必死で抵抗しているが、かなり数が減っていた。

大門も再び破壊されている。


アルフォンス王が側近の騎士に向かって片手を上げた。


側近はその合図と共に、角笛を高らかに吹いた。



敵軍の動きが止まる。

白の騎士たちがこちらに向いた。


「ミズガル王国の勇敢な騎士たちよ!私にもう一度付いてきてほしい!」

アルフォンス王が馬を駆り、城壁を死守する騎士たちに向かって声を張り上げた。

「共に戦い、勝つのだ!!!」


白の騎士たちの闘志が戻った。

彼らの掛け声が大きくなる。


「お主は守護者ガーディアンに聖宝器を届けよ。そこまでの道は我らが切り開く」

王が俺に言った。


俺は頷くと前方を見据えた。


ノーラは大門の上でエメラルドと交戦を続けていた。


「いくぞ!」

王が立派な剣を引き抜く。

白の騎士たちが王の元に集まった。彼らは俺を囲み、隊列を組む。

「進め!!!!!!」


王の掛け声と共に、俺たちは大門へ突撃した。

破壊された大門から侵入したゴブリン兵たちがそれに恐れをなす。


白の騎士たちは敵兵を蹴散らした。


俺はそのまま城壁の上へ繋がる白い塔に向かう。

俺を狙う敵兵は周囲の白の騎士たちが倒した。

俺を狙う矢は守護霊の加護によって弾かれる。


馬を降り、俺は塔の階段を駆け上がる。

そして、城壁の上にたどり着いた。



―――――



ノーラとエメラルドの激闘。


杖と斧槍。

お互いに長物の武器を振り回していた。


ノーラの斬撃の方が速い。エメラルドが劣勢に見える。


「ノーラ!!!気の聖宝器をっっ!!!」

俺は彼女に向かって叫んだ。


ノーラはそれを聞くと、斧槍を素早く振り、爆風を起こした。

その威力でエメラルドが遠くに吹き飛ぶ。


ノーラはエメラルドから目を離さないまま、俺の元へ跳躍した。


「よくやったわ!!!」

彼女が俺に声をかける。


俺は気の聖宝器"ソニックブーム”を手渡した。


彼女がそれを手にすると、あたりの空気が震えた。


それを見たエメラルドが素早く大鷲の姿に擬態する。


奴はそのままこちらに突撃するかと思いきや、城壁に背を向けて一目散に逃げた。


「アイツ、逃げる気かぁ!!!」

俺はエメラルドを見て叫んだ。


「サイレンス、今どこ!!!」

ノーラが俺にきく。



え?

まさか、今までアイツの姿見えてなかった?


認識阻害を受けた状態でさっきの激闘してたのか?

ヤベェな……。


「えぇと、あそこ!!!あのでっけぇ投石器の上ぇ!!!」

俺は指をさす。



ノーラはそちらを見て、気の聖宝器を構えた。

「逃さん」


彼女は右手に持った”リリーサー”を弦にかけた。


「これが、”最期の英雄”エレオノーラの全力だ!」


そのままエメラルドを見据え、ゆっくりと弓を引く。


「絶望を砕き、希望の到来を告げよう!」


弓についた上下の滑車が回転し、弦がゆっくりと伸びる。

聖宝器に秘められた魔力が解放され、辺りに強い魔力の圧がかかった。

近くの石像兵はその圧だけで砕け散る。


「射抜け、ソニックブーム!!!!!!」


緑の矢が勢いよく放たれた。

嵐のような爆風が発生し、辺りに轟くような大音響が起こる。


超速の矢がエメラルドに向かった。

矢が通った広範囲には地面を抉るほどの衝撃波が襲う。

数千の石像兵が一斉に砕け散り、ゴブリン兵は、なすすべもなく宙を舞った。


空を覆っていた黒い雲は、矢の進行と共に一気に消し飛んだ。


矢がエメラルドを貫通する。

エメラルドは奇声を上げると粉々に砕け散った。



吹き抜ける風にさらわれないよう俺は地面にしがみついていた。

俺はゆっくりと顔を上げる。


空が眩しい。

遠くで日が登ろうとしている。


朝だ……。

シグルドに朝が来た。


俺は目を細める。

日の光に照らされた無数の兵が遠くに見えた。


「あれは……!!!」

俺は立ち上がる。



遠くから二種類の角笛が聞こえた。


バルドールの”光の騎士”とエルフの戦士たちだ。光の騎士の横にはケンタウロスの騎士たちもいる。


「援軍だ!」

白の騎士たちが叫んだ。


ノーラの一撃で、石像兵の大半が砕け散った。

残った石像は日の光に照らされたせいか、その場で硬直している。


石像は日に当たると動けなくなるのか……。


石像兵という最強の盾を失ったゴブリン兵は動揺し、隊列を崩した。



「突撃ぃ!」


遠くからそう聞こえた。


援軍が一斉にゴブリン兵に向かう。



「やったぜぇ!!!」

俺は嬉々とした顔でノーラを見る。


ノーラは聖宝器をゆっくりと下ろすと俺に向かって微笑んだ。

その後、すぐに真面目な顔に戻る。


「ハルジオンたちは大丈夫?」

彼女がきく。


「なんとか……でも重症なんで、すぐ迎えに行かないと」

俺は森の方を見た。


「急ごうか」

ノーラが言う。


俺は頷くと、走って階段に向かった。

しかし、途中でノーラが膝をついた。


「ノーラはここで休んでて。俺が行くから!」

俺は言った。


「……1人は危険だ」

ノーラが心配そうにする。


「エアリエルに加護を貰ったし、大丈夫だって!!!」

俺はニッと笑い、拳を握る。


「そうか……。じゃあ、頼んだ」

ノーラは少し考えたあと、微笑んで言った。


俺は塔の下で隠れていたノーラの馬〈バヤール〉に乗ると、ハルジオンの元に急いだ。



―――――



俺は分かれ道を越え、風の神殿に繋がる石畳の道を目指す。


『俺たちの勝ちだ』

そう思った瞬間。


突然、森の木々に隠れていたゴブリン兵が俺に向かって飛び掛かった。


ゴブリン兵が体にしがみつき、俺はバヤールから落馬する。


「うぁあ!!!」


俺は必死に抵抗しながら地面を転がる。

バヤールも体制を崩し、地面に倒れた。


まずい!!!

まずい、まずい!!!


かなりまずい!!!!!!



俺はゴブリンの両腕を掴みながら自分の身体を見た。

ヤベェ!!!

俺、なんも武器持ってねぇっっ!!!!!!


エアリエルの加護があると安心しきっていた。


矢じゃなくてゴブリンが飛んでくるなんてよぉ!!!


目の前に醜悪な顔をした化け物がいる。奴は牙を見せ、ニヤリと笑った。


やろぉ!!!



「死んでたまるかぁ!!!」

俺がそう叫んだ後、突然、女性の声が聞こえた。


「おい、ゴブリン!!!」

女性の声はそう言った。


その呼びかけに、目の前のゴブリンが俺から目を離す。


奴は俺を押さえつけたまま、上を向き、声の主を見つめた。


俺はその隙にゴブリンの両腕を振り払った。

すると奴はなんの抵抗もなく俺の横に倒れた。


「あぁ?」

俺は驚く。


不思議なことに、ゴブリンは俺を押さえつけた体制のまま硬直していた。

奴の皮膚がだんだん石に変わっていくのが見えた。


「な、なんだぁ!これ!」

俺は声を出した。


俺は身を起こすと、先ほどの声の主の方に振り返ろうとする。



「待って!!!」

背後の女性が叫んだ。


俺は視線を前に戻す。


なんなんだ……どうなってる?


「死にたくなかったら、見んなよ」

背後で彼女が言った。


「はぁ?」

俺は思わず振り返った。



そこにはボロボロの服を着た少女がいた。

手足には鎖のちぎれた枷がついている。


驚いたのは彼女の髪の毛。

黄緑の髪の毛の先には蛇の頭がついており、ウネウネと動いていた。


「はぁ。馬鹿なの、お前?」

少女がため息まじりに呟く。


彼女は赤い素材でできた何かを目にかけていた。

「グラスしてなかったら、死んでたよ」


「……助けてくれたのか?」

俺は彼女にきく。


「嫌いなんだよ。ゴブリンも、ミノタウロスも。……特にナーガは」

彼女が吐き捨てる。


「アンタが石にしたのか?」

俺は尋ねる。


「まぁ……そう」

少女は呟いた。

「アタシ、”ゴルゴン”だから」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


本作に登場する武器と種族をかんたん解説!


化合弓コンパウンドボウ

近代弓の一種。力学的な要素が多数含まれている。

少ない力で、威力と精度のある射が可能だよ。


■エアリエル

ヨーロッパの伝承に登場する空気の精。

本作では気の守護霊として登場。


■ナーガ

インド神話に登場する蛇神。

本作では蛇人間の種族として登場。

頭と上半身が人間で、下半身が蛇の種族だよ。


■ゴルゴン

ギリシア神話に登場する怪物。

本作では『瞳には見たものを石にする魔力がある』『髪は蛇』などの一般イメージを引き継いで、呪われた種族として登場しているよ。


番外編!


■ソニックブーム

超音速飛行の衝撃波によって発生する、爆発音を指す言葉。


またみてね!

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