29 「ハルジオンの覚醒」
「……狼男。……闇の魔法とは違う、別の感覚。……呪いだな」
ハルジオンが小さく呟く。
狼男になったエドガーが、天に向かって高らかに吠えた。
「あっ、あれ、大丈夫なのかぁ?」
俺は動揺する。
エドガーは鋭い眼で俺たちを睨むと、スルーズに向き直った。
スルーズは白いオオカミ〈ミスリル〉を追いかけていたが、エドガーの咆哮を聞くと、手を止めて彼を睨んだ。
「……変わったぁ。お前、おもしれぇな」
スルーズが舌なめずりをする。
「オオカミ人間は食ったことねぇやぁ……」
エドガーが牙を剥き出して唸った。
彼の爪が鎌のように鋭く伸びる。
エドガーがスルーズに飛びかかった。
スルーズも右手を広げ、エドガーに向かった。
速さは互角。
エドガーがスルーズの右腕に斬りかかる。
両腕の鋭い爪が巨人の分厚い皮膚に深く突き刺さった。
「いでぇえ!!!お前ら……オイラの腕を焼いたり、切ったり、しやがってぇ」
スルーズは表情を歪めると、自身の腕に力を込め、筋肉を圧縮した。
巨人の皮膚がエドガーの爪を挟んで固定する。
「つかまえたぁ!!!」
スルーズがニヤリと笑う。
エドガーは爪を突き立てたまま、強く唸った。
彼の全身の毛が逆立つ。
巨人の背中に生えた2本の腕がエドガーを狙う。
巨人の腕は4本。
1本はハルジオンが焼き切った。
もう1本は今、エドガーが深く爪を突き立てている。
残り2本、背中に生えた腕は未だ無傷。
その2本の腕がエドガーに襲いかかった。
「ウォーーーーーー!!!」
エドガーが大きく吠える。
彼の腕の筋肉が肥大化し、身につけている衣類が破れ、鎧が変形した。
エドガーがスルーズの左腕を切り落とした。
「あぁぁぁ!!!」
スルーズが暴れる。
奴は背中の腕でエドガーを掴むと、彼を地面に叩きつけた。
スルーズは肘から先がない両腕を交互に見る。
「オマエ゛ェ!!!一番先に殺すぅっっ!!!」
スルーズが激怒する。
地面に叩きつけられたエドガーがゆっくりと身を起こした。
スルーズが背中の両腕を広げる。
しかし、スルーズの動きが急に止まった。
「なっ、なんだぁ……」
スルーズが足元を見る。
白いオオカミ〈ミスリル〉が、巨人の足に噛み付いている。
「そんな攻撃ぃ、効かないんだよぉ!!!」
スルーズが片足をあげ、勢いよく振る。
噛み付いていた白いオオカミは簡単に投げ飛ばされた。
しかし、スルーズが片足を降ろしたとき、急に奴の体制が崩れた。
「う、うぁっっ!!!」
スルーズが目を丸くして尻餅をつく。
そのまま仰向けで背中まで倒れた。
背中に生えた腕が下敷きになり、動かせなくなる。
俺はスルーズの足を観察した。
奴の足には多くの傷がある。
ハルジオンとエドガーが与え続けていた攻撃によるものだ。
そのダメージが、今効いてきたようだ。
エドガーが吠える。
彼は横たわる巨人めがけて飛び上がると、鋭い両爪で巨人の心臓を狙った。
「あ、あぁっっ!!!アウルゥ!!!」
スルーズが目を見開いて叫んだ。
隣のアウルは全く動かない。
エドガーの爪が巨人の心臓を捉えた。
鋭い爪が深く突き刺さる。
その光景が、俺にはゆっくりに感じた。
スルーズは死の寸前でアウルを呼んだ。
……そんな言葉、聞きたくなかった。
……俺がアウルを殺したんだ。
―――――
エドガーが爪を引き抜いた。
スルーズは目を見開いた後、辺りに響く大きな声で吠えた。
最後の咆哮。
奴は首をだらんと下げ、仰向けのまま沈黙した。
俺はミスリルの姿を探す。
遠くで倒れるミスリルは、白いオオカミの姿から人間に擬態していた。
彼女はフラフラと立ち上がり、俺に向かって微笑んだ。
スルーズを倒したエドガーは、前のめりのまま、小さく唸った。
エドガーは鋭い眼で俺とハルジオンを睨む。
グルル……。と低い声でうめく。
「まっ、まずいな……」
隣のハルジオンが立ち上がろうとするが、動けない。
エドガーが俺たちに向かって鋭い牙を剥き出す。
「だっっ、だめぇ!!!」
ミスリルが俺の前に走り寄った。
「ミスリル!?」
俺は彼女の背中を見つめる。
エドガーが俺たちに向かってゆっくりと歩き出した。
俺は素早く立ち上がると、ミスリルを肩を掴んだ。
……気づいたら身体が動いていた。
俺はミスリルを後ろに下げ、エドガーの前に立った。
なっ何やってんだぁ、俺ぇ!!!
エドガーが腕を振り上げた。
ヤベェ、死ぬぅう!!!!!!
彼の手は俺の肩に優しく置かれた。
え!?
「こ……怖がらせて、すまなかった……」
彼が大きな狼の口で呟いた。
人間の時より低い声だ。
よかった、意識が残ってる……。
「でも……一番怖がっていたのは、きっと私だ。……それももう終わり、もう大丈夫。これで父上も安心して……」
そこでエドガーの意識が途絶えた。
俺の肩から彼の手がするりと落ちる。
彼の手に鋭い爪はもうなかった。
人間の手に戻っている。
エドガーが倒れた。
俺はそれを受け止めると、そのままゆっくりとしゃがんだ。
俺はいつの間にか止めていた息を一気に吐いた。
その後、後ろを振り返り、ミスリルと目を合わせる。
彼女は涙目になりながら俺に向かって口角をあげた。
かなり変な表情だった。
―――――
戦闘が終わり、辺りが急に静かになった。
そう思っていた……が。
ある音が耳に届いた。
背後から聞こえる、石の擦れる音。
複数鳴って、重なっている。
俺たちは、恐る恐るそちらを振り返る。
背後から数十体の石像兵がこちらに向かっていた。
「なぁっ!!!」
俺は短く声を張り上げる。
「……さっきの巨人の咆哮……あれが奴らを呼び寄せたんだ」
ハルジオンが呟いた。
彼はまだ立ち上がれていない。
エドガーは俺の近くで気絶している。
「……ミスリル、いけるか?」
俺は彼女に小さく聞いた。
「カジバこそ、モーフィングやりすぎじゃない……?」
ミスリルが心配そうにする。
「……無理しねぇと、生き残れそうにないや」
俺は無理やり笑うと、ミスリルと手を繋いだ。
ミスリルを"土の聖宝器"に変えた瞬間、息が苦しくなった。
……心臓が潰されてるみたいだ。
モーフィングをやりすぎると、こうなるのかぁ!!!
俺は聖宝器を下ろしたまま、小刻みに息をする。
せっかくモーフィングしたけど……持ち上げられねぇ〜〜〜
そう思っていると、前方の石像が勝手に砕けた。
……はぁ?
俺、なんかやっちゃいました?
瓦礫の中から紫の魔鉱石が何十個と浮いた。
……砕けてない。
擬態が解けただけかぁ!
魔鉱石が巨人の死体に向かう。
唐突のことに唖然とした。
魔鉱石が一つの固まりになり、巨人の死体にめり込んでいく。
「おい、まさかぁっっ!!!」
俺が叫んだ瞬間。
あたりの石畳が大きく揺れ、砕けた。
その瓦礫が巨人の死体に張り付いていく。
張り付いた瓦礫が膨れ上がり、巨人の全身を覆った。
これ、巨大な石像じゃねぇかっっ!!!
双頭が瓦礫で覆われ、一つの頭が形作られる。
空洞の目に紫の光が灯った。
「まるでゴーレムだ……」
ハルジオンが驚く。
ゴーレムの接合部がガタガタと擦れ、動き出した。
「ふざけんなぁっっ!」
俺は叫ぶ。
ゴーレムが俺に拳を向けた。
俺は土の聖宝器をなんとか振り上げて、拳にぶつける。
ゴーレムの腕が粉砕した。
「ぐうぅ……やったぜ!!!」
俺は全身の痛みに耐えながら喜ぶ。
しかし、粉砕した瓦礫が再生し、腕の形に戻っていくのが見えた。
「……はぁあ?」
俺は目を丸くする。
背後からハルジオンが俺の肩を掴んだ。
彼はフラフラと歩きながら、ゴーレムを見据えた。
ようやくか……。
「……どんな武器がいる?」
俺はハルジオンにきく。
ミスリルをモーフィングできるのは後一回ってところだ。
「俺は……」
ハルジオンが言い淀んだ。
「……あ?どうした?」
俺は首を傾げる。
ゴーレムが再び拳を振るった。
ハルジオンはそれに気づくと、俺を真横に突き飛ばした。
彼が素手でゴーレムの拳を受ける。
ハルジオンは吹き飛ばされることなく、その場で静止していた。
彼の全身から土が剥がれ落ちる。
土の鎧だ。
ハルジオンは腕をだらんと下げると、そのまま一気に膝をついた。
「俺は、何が必要なんだ……」
ハルジオンが呟く。
「……俺にはどんな武器が」
ん?
様子が変だな。
「おい、ハルジオン!」
俺は呼びかけた。
「……俺はなんなんだ」
俺の声はハルジオンに届いていないようだ。
あのやろぉ……。
なんか考え込んでんなぁ?
ゴーレムが両拳でハルジオンを狙った。
ハルジオンはうつろな目で、手元の短剣〈グラム〉を振り上げる。
馬鹿やろぉ!!!
相手は魔鉱石、通常の武器は効かねえぞっっ!!!
「馬鹿っっ、ハルジオン!!!」
俺は手に持った”土の聖宝器”を地面に叩きつけた。
そして、砕けた瓦礫を聖宝器で打ち付け、ゴーレムに飛ばす。
ゴーレムの頭部に瓦礫が激突する。
しかし、奴の動きは止まらない。
ハルジオンの短剣が拳によって真っ二つに折れた。
拳がそのままハルジオンにぶつかる。
彼は再び土の鎧で防御したが、次は耐えきれず、地面を転がった。
「アイツ……」
俺はハルジオンに走り寄る。
ゴーレムが俺に向かって唸った。
「石は黙ってろぉっっ!!!」
俺はゴーレムに向かって土の聖宝器を振るう。
衝撃波が放たれ、ゴーレムの体が崩れた。
「……なにやってんだ、ハルジオン!!!敵の前で立ち止まんな」
俺はハルジオンに言う。
彼からは、いつもの自信が感じられない。
「……分からない。何やってんだ、俺」
ハルジオンが呟く。
「ウルカヌスやノーミードの時みたいに真っ先に飛び出していく自信はどこいったんだよっっ!!!」
俺はハルジオンを無理やり起こした。
「……お前の欲しい武器はなんだ!」
「……武器……。俺は……勇者の末裔」
ハルジオンの瞳が揺れる。
「そうだ……。結局俺は、ウルカヌスやノーミードに一撃も入れられなかった。こんな弱い俺が……本当に勇者の末裔なのか?」
……やっぱりか。
コイツ、王様に言われたことを気にしてんなぁ?
「ここまできて、末裔じゃなかったら、めちゃくちゃ笑うわぁっっ!!!」
俺は言い放つ。
「俺の見てきたお前は ”勇者の末裔” だったよ。翼がどうとか、髪色がどうとか、そんな上辺だけのもんじゃねぇ……行動と信念だ。『聖剣の力は魔族を滅ぼすために使わない』っていうお前の考え、感心してたんだぜぇ……俺。お前自身が疑ってどうすんだよ?」
ハルジオンが目を開く。
「翼がなくたって、聖剣は触れる。……弱けりゃぁ、叩き直せばいい」
俺はハルジオンを見つめた。
「俺はお前に聖剣作るつもりなんだよっっ!!!」
「両親を知らないまま、何年も姿を隠して鍛え続けたんだろ?……お前が一番、お前を信じてたんじゃないのかよ!」
俺は言う。
「……ああ、ずっと信じてきた。皆のためになるようにと」
ハルジオンが呟く。
「……勇者になるんだろ?2人で ”勇者ハルマ” だ」
俺は彼に手を伸ばす。
ハルジオンの瞳に光が灯った。
「ああ……俺は勇者に……」
ハルジオンが俺の手を握った。
―――――
ゴーレムが身体の再生を終える。
俺は腕を引き、ハルジオンを立たせた。
ハルジオンはエドガーと土の聖宝器〈ミスリル〉を見る。
「……自分の運命に。俺も……がむしゃらに足掻いてやる。この世界を守るのは俺だ!!!」
ハルジオンがゴーレムに向かった。
「両親の顔を知らない。勇者ハルマなんて、もっと知らない。それでも、俺の心に彼らは生きている!!!俺は勇者の末裔だ!!!これからも行動で示し続ける!!!」
彼の体内から魔力が噴き出した。
とてつもない魔力量だ。
ゴーレムが動きを止めた。
いや、ハルジオンの魔力の圧で動けないんだ。
”対魔力”がある俺でも圧を感じるからなぁ。
「……もったいねぇ。感情だけで魔力を垂れ流して。……勢いでなんとかなるなんて、子供の妄想だぞハルジオン」
ハルジオンが呟いた。
「でも、今はそれでいい!!!」
彼が笑う。
いつのまにか、ハルジオンの右眼が青緑色に光っている。
……なんだ、あの眼。
「カジバ!」
ハルジオンが俺に手を伸ばした。
「俺の武器だ!軽い両刃の短剣〈グラム〉を作ってくれ!」
「おっしゃぁ!!!」
俺は土の聖宝器を振り上げる。
オリジナルは折れちまったが……。
俺がもう一度鍛え上げてやるっっ!!!
「
この錬成が最後だぁっっ!!!
俺の手元に銀の短剣が現れた。
「ハルジオン!」
俺は短剣をハルジオンに投げる。
ハルジオンがそれをがっしりと握った。
ゴーレムがゆっくりとハルジオンに向かう。
巨人よりも格段に動きが遅い。
ハルジオンが腰を落とし、短剣を構えた。
「見えた……あれが魔鉱石の核」
ハルジオンが呟く。
「……再生の追いつかない連撃で岩を砕き、核の魔鉱石を粉々にする!」
ハルジオンの持つ短剣の剣身に膨大な魔力が収束する。
「
勝負は一瞬だった。
ハルジオンが剣を振り上げたのが見えた。
その次の瞬間には、既に地面が抉れ、巨人を覆っていた岩が粉々に粉砕されていた。
紫の魔鉱石は爪ほどのサイズに切り刻まれていた。
細かな多面体に刻まれた魔鉱石は宝石のように美しく輝いた。
魔鉱石はその後、チリジリになって消えた。
ハルジオンが剣を構えたまま。深く息を吐く。
「……はやく、気の神殿に」
ハルジオンが俺に言った。
「俺がエドガーとグルファクシたちを守る。カジバは先に行け……」
「……ああ、頼むぜ!!!」
俺は"気の神殿"に向かって走った。
……アイツ、やっと俺をカジバって呼んだなぁ!!!
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
本作に登場する武器と種族をかんたん解説!
■泥人形(ゴーレム)
ユダヤ教の伝承に登場する、自分で動く泥人形。
本作では鉱石や石でできた巨人として登場。
番外編!
■ブリリアントカット
宝石のカットの一種。
反射・屈折率などの光学的特性を考えて、最も美しく輝く形として設計されたカット。
一般的なものは、58面体を作るよ!
またみてね!
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