28 「シグルド防衛決戦 後編」

「連携だ!行くぞ!」

エドガーが合図を出す。


双頭の巨人が右拳を振り上げた。


俺はミスリルを"火の聖宝器"から大楯へ変える。


「ミスリル、頼む!」

俺は大盾を地面に突き立てた。


巨人の拳が大楯を襲う。


大盾は拳を弾いた。


「いでぇええっっ!!!」

巨人の二つの顔が歪む。


奴らが拳を引っ込めた。


エドガーとハルジオンが、俺の背後から飛び出す。

それぞれ武器を構え、巨人の足元に向かった。


ハルジオンは素早く股をくぐり、巨人の背中に伸び乗った。

彼は巨人の右顔〈アウル〉の両目を一瞬で斬り潰す。


「うぁあああっっ!!!」

アウルとスルーズが同時にうめいた。


斬られていないスルーズも自身の両目を瞑っている。



エドガーが、巨人の両足に再び打撃を加えた。


巨人が前傾姿勢になる。

倒れそうだ。


俺はミスリルの大盾を"土の聖宝器"にモーフィングすると、巨人に向かって飛び出した。


「これは、グルファクシの分だぁっっ!!!」

俺は”土の聖宝器”を振り上げ、倒れるスルーズの顎を狙った。


その瞬間、逆側のアウルが首を動かして身体の向きを変えた。


聖宝器の打撃がアウルの頭に命中する。


骨が砕ける感触があった。

石像とは違う、生々しい感触。

アウルの頭部が歪み、奴はぐったりと首を揺らした。


……右側が左側を庇った?

俺は目を見開いた。

アイツ、ハルジオンに両目を斬られていたのに。


胸の奥がズキンと痛んだ。


巨人はそのまま石畳に倒れる。


俺は巻き込まれないように巨人から離れた。

その後、辺りを見回す。

エドガーもハルジオンも無事だ。


「やったか!」

ハルジオンが言った。


双頭の巨人は動かない。


「よし、神殿に急ごう!」

エドガーが俺たちに言う。



俺とハルジオンは頷くと、神殿に向かって走り出した。


「グルファクシ、待ってろよぉ!すぐ戻って手当てするから!」

俺は後ろで倒れる馬に向かって叫ぶ。


しかし、俺は背後の光景に目を疑った。



倒れていた巨人の姿がない。



前方に向き直ると、俺たちの前に大きな影が立ちはだかっていた。


あっ、ありえねぇ……。


目の前に双頭の巨人がいる。


右の顔〈アウル〉は口を開けてぐったりとしている。


だが、左の顔〈スルーズ〉がニヤリと笑っていた。

奴の眼は赤く光っていた。



「やっと自由だぜぇ……」

スルーズが低い声で言った。


「しつこい……」

先頭のハルジオンが立ち止まる。


「2つの意識じゃぁ……うまく身体を動かせないんだよぉ!!!」

スルーズがニヤリと笑う。

「アウルを殺してくれて、ありがとなぁ!!!」


……右の頭は死んだのか?


……俺が、殺したのか。



「よけろ!!!」

エドガーが突然叫んだ。


それと同時に、双頭の巨人が蹴りを放つ。

先頭のハルジオンが背後に吹き飛ばされた。


な、なんだぁ……今の速さ。


蹴りの風圧が、俺の真横を吹き抜けた。


……全く動けなかった。



スルーズは振り上げた足をゆっくりと地面につけた。


ハルジオンは白目を剥いて倒れている。


……不意打ちだ。


俺も、ハルジオンも完全に油断した。

……戦闘経験の未熟さが出た。



隣のエドガーは腰を落とし、戦鎚を構えている。


「右側の顔……アウルってやつ。お前の一部なんだろ?本当に死んで欲しかったのか?」

俺はスルーズに質問した。


……気を逸らして、隙をつくるしかねぇ。


「ああ、死んで欲しかったねぇ!!!アウルは昔から指図ばかり。自分の方が頭がいいと思ってるんだぁ」

スルーズが笑う。


……コイツ。


「……それでも家族みたいなもんだろ?愛とかねぇのかよぉ」

俺はスルーズの隣の顔に目をうつす。

「アウルはお前を庇ったんだぞ?」


俺が”土の聖宝器”で頭を砕いた時、アウルは明らかにスルーズを庇った。


「……家族ぅ?」

スルーズが怪訝な顔をする。

「家族なんて気持ち悪りぃなぁっっ!……アウルのやつ、オイラを庇ったのかぁ?やっぱりオイラよりバカだぁ、アイツ!!!」

奴がゲラゲラと笑った。


アウルを殺したのは俺だ。

それは嫌というほど分かっている。


……それでも、腹が立ってきたぞ。



「誰かを守って死ぬのが、一番惨めで、しょうもなくて、一番バカだよなぁ!!!」

スルーズが吐き捨てた。


俺の脳内に両親の最期が浮かぶ。


父ちゃんも、母ちゃんも俺を守って……。


「愛を知らねぇのか。……気づかねぇのか。……とにかく決めたぜ。俺がオマエの小根を叩き直してやる」

俺はスルーズを睨んだ。


「言うことは大きいなぁっっ、チビぃ!!!」

スルーズが一瞬で俺の前に来た。


「うるせぇ、なまくらぁっっ!!!」

俺は吠えた。


俺は馬鹿野郎だ。

……気を逸らす気だったのに、挑発してる。


スルーズが一瞬で蹴りの体制に入る。


……ヤベェ、反応できねぇっっ!!!


「させるか!」

俺の前にエドガーが立った。


エドガーが蹴りを受ける。

しかし、耐えられず飛ばされた。

背後の俺も巻き込まれる。


俺とエドガーは石畳を転がった。

エドガーが庇ってくれたおかげで、俺に打撃はない。


くそぉっっ!!!

『小根を叩き直す』とか言ったのに……一瞬でやられちまった!!!


俺は地面を叩くと、額の汗を拭った。

……汗だと思っていたものは、血だった。



エドガーは蹴りを受けて動けない。

ハルジオンの意識は戻らない。


……このままじゃ全滅だ。



手に持っていた”土の聖宝器”がひとりでに振動した。


「……ミスリル?」

俺は聖宝器に向かって呟く。


聖宝器から彼女の感情が伝わった気がした。



俺はミスリルのモーフィングを解く。


聖宝器が光り、ミスリルが人型に変わる。


彼女は心配そうな顔で、俺の額の血を手で拭った。


「お前……」

俺は目を見開く。



彼女は無言のまま、ゆっくりと立ち上がる。


そして、巨人の方に向かって拳を構えた。



スルーズがニヤリと笑う。

「キラキラァ……。石がニンゲンになった。オイラが独り占めする。オイラだけがぁっっ!!!」


「……あれが、魔鉱石の擬態」

エドガーが驚いた。



スルーズがゆっくりとミスリルに近づく。


ミスリルは俺たちの前に立ち、拳を強く握った。


「……お前ぇ。なんでニンゲンを守るぅ?」

スルーズが首を傾げた。

「魔王が作った石のくせに」


「うっ、生まれなんて関係ない。私が選んだから!」

ミスリルが声を張り上げた。

「私が守りたいから……私は守る!」


「……意味わかんねぇなっっ!!!」

スルーズが言った。


「擬態も、魔力も、魅了も……私の特徴。良い力か、悪い力かは私が決める!」

ミスリルが強く言った。

「カジバやハルジオン……みんな。仲間を……『家族』を守るんだ!」


「なにを言ってるぅっっ!!!」

スルーズが吠えた。

「ピーピーうるさいしぃ。捕まえて持って帰ろうかぁ!」

奴が腕を広げる。


「まっっけねぇぞぉ……」

ミスリルの全身から魔力が吹き出した。


魔力の圧で、辺りの空気が揺れる。


スルーズの表情が曇る。


「ミスリル、擬態したままなのに……」

俺は目を見開いた。



ミスリルの"擬態"は自身の姿を変え、内包する魔力を隠す。


通常、人型のミスリルからは魔力を一切感じない。


……でも、今は違う。

人型のまま自分で魔力を引き出している。



青白い魔力のオーラがミスリルをおおった。



「めんどくさいなぁっっ!!!」

スルーズはミスリルに向かって拳を振り下ろした。


ミスリルは自身の魔力を拳に集中させ、スルーズに向けた……

が、寸前で止まった。


「うぅ、やっぱり怖いぃっっ!!!」

ミスリルが拳を引っ込めた。



おいっっ!

おいぃぃぃっっ!!!!!!



スルーズの拳が叩きつけられ、辺りに砂煙がたつ。

ミスリルの姿が見えなくなった。



「ミスリルっっ!!!」

俺は石畳に手を当てた。


足元の石を槍の形にモーフィングし、スルーズめがけて刃を伸ばした。


スルーズがそれを素早く避ける。


「うぅっっ!!!」

腕に激痛が走る。


聖宝器の再現を2回。

それ以外にも数回モーフィングした。

かなり無理をしてる……。


俺はミスリルを探し、砂煙を見た。



砂煙から突然、白いオオカミが飛び出した。

ミスリルだ!


エルフの森で出会った、白いオオカミ〈ハティ〉の姿に擬態している。


……よかったぁ。

生きている。


オオカミは巨人の足元を駆け回り、スルーズを翻弄した。


「このやろぉ!!!捕まえるぅっっ!」

スルーズがオオカミを追う。



ミスリルが身体を張り、敵の目を逸らしている。



「……あれが魔鉱石か」

エドガーがフラフラと起き上がった。


「はい。俺の家族です」

俺は言う。


ミスリルは俺たちを家族と言ってくれた。


俺もそう思ってる。

『彼女とどんな関係か』と聞かれたら『家族』と答えるのが、一番しっくりくる。


「家族?」

エドガーが首を傾げた。


「家族っすよ。魔王の一部だろうが……邪悪な魔力だろうが……アイツなら大丈夫って思えます。……俺はアイツを信じてやりたいんです」

俺はミスリルを見る。



エドガーは目を見開くと、俯いて唇を噛み締めた。


……俺なんか悪いこと言った?


ああ……そうか。


エドガーの父ちゃんって、あの”ヤベェ王様”か。


家族の話は触れなかった方が……。



「『良い力か、悪い力かは私が決める』……だったか」

エドガーはミスリルの言葉を呟く。


「そうだな……そうだよ。私が父上に『大丈夫だ』と言わなければならなかったんだ」

エドガーが空を見上げた。


「信じ合うのが家族か。……私たちは言葉が足りなかったらしい」

彼が呟いた。



空は黒い雲に覆われている。その雲間から赤い月が現れた。


エドガーは月を見つめていた。

「父上のために……民のために……使命のために。私は運命を乗り越える」


俺は驚いた。


エドガーの姿が突然変わり始めたからだ!


彼の金髪がたてがみのように伸びる。

口元には大きな牙が現れた。


月明かりに照らされた彼は、獣になっていた。


言い表すなら、『狼男ウェアウルフ』。



「アンタ……魔族なのか?」

俺は動揺する。


「……いや、あれは呪いだ」

隣のハルジオンがゆっくりと身体を起こした。



お前ぇ、やっと起きたか……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


本作に登場する武器と種族をかんたん解説!


■狼男(ウェアウルフ)

東ヨーロッパが起源とされる、獣人の一種。

半狼半人に変身したり、狼に憑依された人間。


またみてね!

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