26 「シグルド防衛決戦 前編」
24話、26話の修正点
敵兵の数を大幅に変更いたしました。ご理解のほどよろしくお願いします。
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ゴブリン兵の掛け声。
岩の砕ける音。
規模が大きすぎて、耳を塞いでも聞こえてくる。
俺たちは今、丘の中腹から戦況を確認していた。
ミズガル王国の首都 ”シグルド” の城壁前に魔王軍が整列している。
石像兵2000・ゴブリン兵8000・トロール兵300
トネリコの報告通りだ。
シグルドの"白の騎士団"と、岩石王の"魔王軍"。
両者の
魔王軍の放った砲弾はシグルドの塔を破壊した。
白の騎士団の放った砲弾はゴブリンの隊列を潰す。
シグルドの城壁にある大門は既に破壊されている。
「なんだ、あれ……」
俺は目を細めた。
大門の前には屋根と車輪がついた攻城兵器があった。
その兵器には太い丸太がぶら下がっている。
「
ノーラが説明した。
俺の乗る馬 ”グルファクシ” のたてがみは、金に光り続けている。
主人の身の危険を知らせているんだ。
戦争が終わるまで、この光が消えることはないだろうなぁ……。
常に危険と隣り合わせ。死はすぐ側だ。
「多勢に無勢。分かってはいたけど……」
ノーラが顎に手を当てて呟く。
黒い雲がミズガル王国の大地を覆っていた。
日の光を嫌う石像兵が自由に動ける状態。
俺は闇の王国からシグルドまでの経路に目をやる。
石像兵が歩いた場所は、平らにならされていた。
森も町も全て潰された。
遠くの防衛砦や大河も、敵の手に落ちた。
「……石像、河を渡ってきたのかよぉ」
俺は目を開く。
ホッドミーミルの森にいた時、動く石像は小川を渡ってこなかった。
そのおかげで、ドワーフの里には石像の襲撃がなかった。
まさか、この数ヶ月で渡れるようになったのか……。
……だったらドワーフの里もヤベェんじゃねぇか?
俺は汗を滲ませる。
「俺たちが力をつけている間に敵も力を取り戻していたわけか……」
ハルシオンが眉をひそめる。
石像兵が無機質に整列している。
その光景に俺はゾッとした。
今までもずっと気味が悪かった。
実際にこれだけの数を目にすると、明確に実感する。
全く意思を感じない敵の異常さを……。
動く石像。サイレンス……。
奴らとは意思疎通ができない。
なぜ敵対しているのかが不可解。
俺は天を仰いだ。
今は夕方頃だったか……。
思考を巡らせる。
日の光がないせいで、よく分からない。
ノーラが目を見開いた。
城壁の内側を確認している。
エルフの五感は人間よりも鋭い。
ここからでも兵の動きが細かく分かる。
「王の指揮がない。隊列も崩れている……」
ノーラが難しい顔をした。
「俺たちは気の神殿に行き、聖宝器を手に入れる。そしてエルフとバルドールの援軍を待つ。そうだな?」
ハルジオンがノーラにきいた。
「そうだね、そのためにまずはシグルドの大門を通る」
ノーラが頷いた。
大門を通るかぁ……。
無茶言うねぇっっ!!!!!!
「昨晩伝えた通りの手順で行くぞ」
ノーラが低い声で言い、斧槍をとった。
そう、俺たちは昨晩、作戦会議をした。
現在の状況は概ねノーラの予想通り。
大門が破壊されてなかったらサイコーだったけど……。
仕方ねぇよなぁ。
相手は動く石像。
動く石が何百と押し寄せたら、どんな立派な門でも耐えられねぇ。
「……俺が先に死ぬ可能性も、全然あるなぁ」
俺はなんとなく呟いた。
俺はミスリルの最期を側で見届ける。
でもそれは俺が生きていないと実現しない。
……この中で一番弱ぇの、俺だかんな?
「えぇ……いややぁ……」
隣のミスリルが露骨に嫌な顔をした。
「俺たちは、戦って生き残らないといけない。この先の使命のために」
ハルジオンが強く言う。
「……始めよう」
ノーラが言った。
ノーラの言葉にミスリルが頷く。
彼女は自身の乗る馬〈グラニテイオー〉から降りた。
「……テッ、テイオーさん?ここで援軍を待ってね」
ミスリルが馬に声をかけた。
グラニテイオーは返事を返すように小さくないた。
俺は馬に乗ったまま、ミスリルに右手を差し出す。
彼女は頷くと意を決して俺の手を握った。
「
俺は握った手に力を込める。
ミスリルが光り輝いた。
俺は彼女を片手剣に変え、そこに火の魔力を込める。
俺の手元に、真っ赤な剣身の片手剣が出現した。
火の聖宝器 ”イグニッション” の再現だ。
各都市に封印されたオリジナルの聖宝器は安易に持ち出せない。
だけど、すでに再現を終えた ”火と土の聖宝器” はミスリルをモーフィングすることで作り出せるぜ!!!
もちろん、火と土の聖宝器は真の使い手である英雄が既にいないため、戦況を変えるほどの威力は出ない。
この戦況を変えられるのは、気の聖宝器の真の使い手である英雄、エレオノーラだけ……。
『黒の流星』エレオノーラが気の聖宝器の真価を発揮した時だけだ。
俺は火の聖宝器の引き金に手をかけた。
今回、火の聖宝器を使うのは俺だ。
各聖宝器は真の使い手〈4英雄〉じゃないと真価が発揮しない。
勇者の末裔であるハルジオンでも真価の発揮は困難だ。
ノーラがそう教えてくれた。
今までの試練でハルジオンが発揮した聖宝器の威力は本来の半分くらいらしい。
……マジで?
ハルジオンは火の聖宝器で石の天井を破壊した。
土の聖宝器は振動させただけで辺りに衝撃波が起こった。
あれで半分???
とはいえ、聖宝器は素人でも簡単に高火力を出せる武器でもある。
真の使い手は決まってるが、使用自体は誰でも可能だ。
しかし、素人が使うと強力な魅了にかかってしまう。
強さに取り憑かれ、再起不能になるそうだ。
だからこそ、各神殿に守護霊が存在する。
彼らは相応しい人間にしか神殿の門を開かない。
〈ノーミードはそもそも神殿を埋めちゃったけどなぁ!!!〉
俺は勇者の末裔でも、真の使い手でもない。
だけど、俺には"対魔力"がある。
強力な魅了だろうが、俺には関係ねぇっっ!!!
俺は火の聖宝器を掲げた。
手が震える。
心臓が暴れている。
「……いくぞ、突撃!」
ノーラが斧槍を掲げ、高らかに言った。
俺は合図と共に、聖宝器の引き金を引いた。
点火。
火の聖宝器、”イグニッション”の剣身から爆炎があがる。
先頭に俺。
俺の隣〈魔王軍側〉にノーラ。
真後ろにハルジオン。
俺たちは馬を駆り、戦場へ突き進んだ。
無数のゴブリン兵がこちらを向く。
ノーラが斧槍を掲げ、天をまぜるように動かした。
何か呪文を唱えている。
すると、あたりの風向きが一気に変わった。
うなだれていたミズガル王国の旗が魔王軍めがけて強くたなびく。
白い王冠が描かれた立派な旗だ。
その様子を見ると、白の騎士たちが一斉に湧いた。
「英雄だ!
戦場に現れ、風向きを変える。
それが、『守護者エレオノーラ』の来訪の合図。
俺たちに向かって、石像兵が突撃を開始した。
後衛のゴブリン兵は一斉に矢を放つ。
後方のハルジオンが手綱を離し、両手を円を作るように動かした。
すると、地面から砂の波が現れた。
その砂は、接近する石像兵を蹴散らしながら俺たちの周りを包んでいく。
あっという間に、俺たちを囲む”砂のトンネル”が出来上がった。
先頭の俺は火の聖宝器を掲げたまま、トンネルを駆け抜ける。
向かう先は破壊された大門。
「破城槌を燃やせ!」
ノーラが俺に指示を出した。
俺は聖宝器の引き金を強く引きなおし、爆炎の威力を高めた。
「うぉりゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
破城槌の丸太を狙い、火の聖宝器を一気に振り下ろす。
丸太を高熱で両断。
それを支える土台も燃えあがった。
破城槌を動かしていた数十体の石像兵は、聖宝器の威力で一気に砕け散る。
俺たちは大門になだれ込む敵兵を蹴散らしながら、破壊された大門をくぐり、シグルドの街に入った。
白の騎士たちが敵兵を押し退け、俺たちの通り道を作ってくれる。
「ハルジオン!」
ノーラが後方に合図を出す。
ハルジオンは頷くと手綱を引き、大門の方に向き直った。
大門に入るための石坂を渡り、無数の石像兵がこちらに向かってくる。
ハルジオンは敵兵に向けて拳を握り、力強く上に突き上げた。
その瞬間、地面から砂の波が再び現れた。
砂は敵兵と、燃え上がる破城槌を押し流すと、大門の前で固まり、やがて土の壁になった。
「大門を閉めよ!」
ノーラが威厳のある声で白の騎士たちに命じる。
騎士たちはすぐさま破壊された大門を閉めた。
「カジバ!」
続いてノーラが俺に合図を出す。
俺は火の聖宝器をハルジオンにパスすると、馬から降りた。
「騎士たちよ!大門の破片を持て!」
ノーラが言う。
それを聞き、騎士たちが二手に分散した。
一方は町に入った石像を食い止める。
もう一方は砕け散った破片に駆け寄った。
俺は走って大門まで向かう。
立派な大門は閉じられているが、破城槌によって大きな穴が開いていた。
騎士たちが破片を運んできた。
俺はそれに触れる。
「いくぜ、
大門の破片が光り輝き、形を変え、俺の手の中に集まった。
その光景に周りの騎士たちが驚いた。
俺はそのまま、壊れた大門に向かって両手をついた。
「でっけぇ、でっけぇ、壁になりやがれぇっっ!!!」
俺は叫んだ。
ヒビや欠損が修復され、大門の穴が塞がっていく。
大門が完全に修復された。
俺は両手を離すと、一気に息をはいた。
火の聖宝器の再現に、大門の復活……かなり消耗したぜ。
「カジバ、急げ!」
ノーラが俺に声をかける。
俺は頬を叩き、急いで馬の方に戻った。
グルファクシは体制を低くして、俺を乗りやすくしてくれた。
馬にまたがり、俺は町を見回す。
炎上する建物。
あちこちで倒れる騎士。
大門は再び閉じた。
だけど、すでに多くの石像兵が街に侵入している。
「守護者、エレオノーラだ!アルフォンス王はどこにいる!」
ノーラが馬に乗ったまま、白の騎士に尋ねる。
騎士たちは微妙な表情をして、お互いに顔を見合わせた。
「……私が案内しましょう!」
石像兵を砕き、1人の騎士がこちらに走り寄ってきた。
彼は兜を深く被っている。
手に持った、柄の長い戦鎚は魔鉱石製。
「ガーディアン、エレオノーラ。私はアルフォンス王の息子、エドガーです」
彼が短く挨拶をした。
おぉ……王子だ。
ノーラは頷くと目を細めた。
「王はどこに?」
「……アルフォンス王は城塞におられます。とても騎士を率いる精神状態ではありません……」
エドガーが目を伏せた。
「……誓約をかわした騎士をおいて、なにをしているんだ!!!」
ハルジオンが怒りを露わにする。
「まずいな、急いで城塞に向かう」
ノーラが淡々と言った。
「私も向かいます」
エドガーが前に出た。
ノーラは少し考えると口を開いた。
「カジバ、彼を馬に乗せるんだ」
「あっ、ああ……」
俺はとりあえず頷くと、エドガーをグルファクシの後方に乗せた。
「急ぐぞ!」
ノーラが先頭で馬を駆る。
―――――
俺たちは石像の兵をかわしながら、街路をあがった。
シグルドには三層の城壁がある。さっきの大門が一層目。
エドガーの指示で騎士たちが二層、三層の門を開く。
俺たちは三層の城壁を無事に突破した。
二層目以降にまだ敵兵はいない。
―――――
三層目の城壁をこえた一番奥。
白い城塞が見えた。
俺たちは騎乗したまま、城の前の広場を駆け抜ける。
ノーラは城門の前に立つ騎士に扉を開けるよう合図を出した。
ノーラとエドガーの姿を確認した騎士は門を開く。
俺たちは馬に乗ったまま、城内の広間に入る。
白い柱が並ぶ大広間はがらんとしていた。
玉座は空席。
立派な剣が立てかけてある。
「誰もいねぇ……」
俺は辺りを見回す。
すると、一番奥の柱の影から人が現れた。
灰色の髪に王冠をのせている。
……ぜってぇ王様だぁ。
ミスガルの王”アルフォンス”は無言のまま、俺たちを睨んだ。
俺たちはゆっくりと馬から降りる。
「守護者エレオノーラ。シグルドの援護に参上した。城壁の前には魔王軍が集結し、町には既に敵兵が入っている。今は騎士たちを率いて戦う時。アルフォンス王よ、なにゆえここにおられる!」
ノーラが声を張り上げた。
「……援護か。ならば勤めを果たしたらどうだ?……ゆけ、戦いたければ戦うがよい」
王が力なく言う。目はうつろだ。
「父上!」
エドガーが兜を脱ぎ、前に出た。
金髪。大人の男だ。エルフと間違えるほど整った顔立ちをしている。
耳は尖っていない。
「エドガー。お前はなぜ武装している?城内に戻れ!」
王が目つきを変え、声を張り上げた。
「……できません。白の騎士として国を守らねば」
エドガーが言う。
「王に意見するか。国はお前の助けなど望んでおらん。さっさとここへ戻り、女子供の元へ行け!」
王が強く言う。
「……私は役立たずだと?」
エドガーが呟く。
「……今のお前は役にたたん。戻れ!」
王が大きく手を払う。
「外の敵軍は王も目にしたはず、この国の騎士は今もその敵と戦っている!」
ノーラが王に言う。
「……そなたも私を騙しておるのだな? 岩石王は滅んだ。あの数の兵を揃える力はない。……あれは現実ではない。皆、魔族の呪いにかかっておるのだ!」
王が声を張り上げる。
「アルフォンス王、目を覚まされよ!この日を凌げば、エルフの森とバルドールから援軍がくる。それまで耐えるために俺たちが来たのです!」
ハルジオンが王の前に出て、声をあげた。
俺とノーラが驚く。
「……では問おう。勇敢で愚かな、小さな戦士よ。そなたたちに何ができる?」
王が眉を上げた。
「……俺は勇者ハルマの末裔、ハルジオン!!!聖剣を手にして岩石王の再来を防ぐ者だ!!!」
ハルジオンが堂々と言った。
正体の開示。
「……勇者ハルマの末裔?」
王が目を見張る。
隣に立つエドガーも驚いていた。
王は目を細めると小刻みに笑った。
「”4英雄”も落ちたものだな。こんな子供を騙すとは……」
王が笑い続ける。
「……勇者の血はとうに途絶えた、お主は騙されておるのだよ」
「そう思わせていたんだ!俺は生き延び、力を蓄えた」
ハルジオンがムキになる。
「では問おう。ジークハルトの息子。勇者ハルマと翼の民の姫〈セキレイ〉の子孫よ」
王が両手を広げる。
ん?翼の民の姫?
「勇者ハルマの象徴、”闇も飲み込む黒髪”はどこだ?セキレイの象徴、白い翼はどこだ?そなたの父親、ジークハルトは両方を持っておったぞ?……極め付けはその眼。翼の民の王家の証 ”天眼” はどこにあるのだ?」
王が眉を上げる。
王の言葉にハルジオンが唇を噛んだ。
彼は珍しく言い返さなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
本作に登場する武器と種族をかんたん解説!
■破城槌(バタリング・ラム)
古代の攻城兵器。屋根と車輪のついた物体に丸太状の棒が吊るされている。
棒を何度もぶつけることで城門などを破壊するよ。
■投石器(カタパルト)
古代の攻城兵器。
素材の弾力と、てこの原理を利用して石などを投げ飛ばすよ。
■翼の民
人間に似た有翼の種族。ギリシア神話に登場する妖鳥〈ハルピュイア〉とは異なる。
本作では光の種族の中で最も神に近い種族として登場。
現在、ほとんど生き残りがいないとされているよ。
またみてね!
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