25 「サイレンスの襲撃」
「あの鷲……気配が変だ!」
ハルジオンが俺たちに向かって叫んだ。
『鷲』
俺の全身が恐怖で痙攣する。
思い当たるのは奴だけ……。
"職人殺し"〈サイレンス〉
「どこにいる!」
俺とノーラが同時にきいた。
ハルジオンは少し驚くと、方角を指で示した。
そして彼は、自分が示すソレが何なのか気づいた。
「……まさか、サイレンスか!!!」
ハルジオンが遠くを睨む。
俺は鷲を視認した。
奴は遠目でも違和感があるくらい巨大だ。
ただの鳥じゃない。間違いなく擬態だ。
奴がこちらに向かう。
「ノーラ!見える?」
俺は後方に首を捻り、彼女にきいた。
「見えない、認識阻害だ!」
手綱を握ったノーラが顔をしかめる。
やろぉ……毎回ノーラに認識阻害をかけやがってぇ!!!
やっぱ、強い奴を警戒してんだな。
「皆、構えろ!」
ノーラが背中の
「あれがサイレンスか……」
ハルジオンが腰の短剣を引き抜く。
「ノーラが見えないなら、俺がやるしか!」
そうか……。
コイツ、サイレンスに会ったことないのか。
俺はいつでもモーフィングできるように、ミスリルに近寄った。
ミスリルの馬〈グラニテイオー〉がそれに気づき、こちらに身を寄せる。
「カ、カジバ!」
手綱を握るミスリルがおどおどした面持ちを見せた。
俺は彼女に無言で頷くと、深呼吸をして、身につけている魔鉱石の
大丈夫。
大丈夫だ……。
ヤベェ……心臓が暴れてやがる。
ミスリルに気をまわせねぇ……。
「鷲に擬態……空を統べたつもりか?……ふざけやがって!!! 鷲は ”翼の民” の象徴だぞ!」
ハルジオンが短剣を大鷲に向けた。
剣身から炎が燃え盛る。
火の魔法だ。
「これでも食ってろ!」
ハルジオンが短剣を振ると、剣身から火球が飛び、大鷲に向かった。
大鷲は鋭く曲がったクチバシをあけ、俺たちに向けて奇声をあげた。
その声に鳥肌が立つ。
俺は逸らしそうになった目線を大鷲に無理やり戻した。
……恐怖心に負けるかよぉ!!!
大鷲は距離を離し、火球を回避した。
俺は目を凝らして奴を観察する。
奴の体毛は黒じゃなく茶色。
顔の辺りに傷は無い。
……もしかして”職人殺し”じゃない?
今いるサイレンスの数は確か5体。
サイレンスの中で”職人殺し”と呼ばれる個体。”アレキサンドライトの魔物”は前に遭遇した。
俺はミスリルの剣で奴の顔を切り裂いた。
”職人殺し”にはその傷があるはず……。
「わっ私、擬態解いてないけど……なんで見つかったのぉ!!!」
ミスリルがパニックになる。
「俺たちが森を出るのを待っていたな!」
ハルジオンが舌打ちをした。
「おそらく”沈黙の魔女”の指示だ!!!」
「エルフの森を離れて、ミスガルへ向かう道中を狙っていたのか」
ノーラが低い声で言う。
ハルジオンが短剣を振るい、絶えず火球を飛ばす。
大鷲に距離を詰めさせない。
しかし突然、ハルジオンの手が止まった。
彼の視線が空を泳ぐ。
「クソっ、見失ったっっ!!!」
彼が焦りながら叫ぶ。
見失った?
俺の目にはまだ大鷲が見えている。
その大鷲がハルジオンの方へ一気に向かった。
彼はそれを認識できていない。
「ハル……!」
俺は叫びかける。
ノーラが馬を走らせ、ハルジオンと大鷲の間に素早く入った。
「認識阻害の対象が変わった!」
彼女は斧槍で大鷲の鉤爪を弾く。
「私に姿を見せたな?
鈍い音が辺りに響いた。
ノーラは斧槍をもう一度振り、爆風を起こした。
大鷲が体制を崩す。
「カジバ!妖精王の髪だ!」
ノーラが俺に叫んだ。
その言葉で俺は思い出す。
そうだ、妖精王から預かったんだ!
俺は腰巾着から金の髪束を取り出した。
これを投げればいいんだっけ……?
「……戦場まで取っときたかったけど!」
俺は髪を額に当てて少し祈ると、背後の大鷲に向かって放り投げた。
髪束が光り輝く。
光る髪一本一本が植物の根やツタに変わり、一気に飛び出した。
それが大鷲の身体に向かって巻きついていく。
翼を縛られた大鷲が荒野に落ちるのが見えた。
根は絶えず伸び続け、大鷲の全身を覆っていく。
うごめく根が幹になり、枝が生え、草木が芽吹き、天まで伸びていった。
「なっ、なんじゃこりゃぁっっ!!!!!!」
俺はその光景に唖然とした。
巨大な樹木が一瞬で背後にそびえ立った。
樹木の木陰が荒野に広がり、俺たちを覆っている。
サイレンンスの姿は全く見えない。
あの立派な根の中だろう。
「……これが妖精王の力?」
俺は呟いた。
「これでも足止めだ。今のうちに急ぐぞ!」
ノーラが俺たちに言う。
俺たちはなんとかその場を離れることができた。
―――――
馬を走らせ続け、俺たちは小高い丘に着いた。
ミズガルの首都 ”シグルド” がある方角は分厚い雲に覆われていて、かなり暗い。
多分、雨が降ってるんじゃないか?
そう思った時、雲が光った。
少し遅れて雷鳴が俺の耳に届く。
「……ありがとな、グルファクシ。お前がいなかったら死んでたぜ」
俺は馬を撫でた。彼のたてがみはもう光っていない。
とりあえず危険は去ったらしいな……。
「たてがみが光ったってことは、俺が主人って認めてくれてるんだよな」
俺はグルファクシに向かって微笑んだ。
「……あれがサイレンス」
隣でハルジオンが神妙に呟く。
「……私も、ちゃんと見たの初めて」
ミスリルが小さく言った。
そうか。
前回遭遇した時は、ミスリルの自我が芽生える前だったもんな。
「アイツ……職人殺しじゃない気がするんだけど」
俺はノーラに視線を向けた。
「ああ、瞳を確認した。あれはエメラルドの魔物だ」
ノーラが答えた。
エメラルド。
緑色の宝石だ。
ドワーフの里でいつくか見たことがある。
……やっぱり別個体だったかぁ。
「戦争前に体力を消費してしまったな……」
ノーラが目を細め、遠くを見据えた。
「……気の聖宝器があれば、本当にみんなを助けられるの?」
ミスリルがノーラにきいた。
「ああ。石像の半数を破壊できるはず。前衛が崩れれば後衛のゴブリン兵の戦意を削げる。奴らは臆病なんだよ」
ノーラが淡々と答えた。
「シグルドに着いたら、俺たちは気の神殿に向かえばいんだな?」
ハルジオンがきく。
「そうだね。戦場を駆け抜けて神殿へ……」
ノーラが顎に手を当てる。
「気の守護霊 ”エアリエル” なら、すぐに聖宝器を渡してくれるはずだよ」
「そっか……」
隣のミスリルが小さく頷いた。
彼女はかなり落ち着いて見える。
「随分と冷静じゃないか?」
俺はミスリルにきいた。
「あ、えっと……。想像がつかなすぎて、頭真っ白」
ミスリルは目を逸らして呟いた。
……ああ、なるほどね。
そりゃそうか。俺もだし。
「……カジバ、次からは私を盾にして。私、硬いし」
ミスリルが俺をチラリと見た。
……次ぃ?
俺は首を傾げる。
ああ、ノーミードと戦った時に俺が盾になったからか。
「……助けあっていこうぜ、ミスリル」
俺はそう言うと、シグルドがある方角を見つめた。
戦争だ。
……あそこが戦場になる。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
次回の更新は1/1日予定です。
第26話 「シグルド防衛決戦 前編」
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