24 「闇の襲来」

「魔王軍は10000を超えます。2000の石像兵と8000のゴブリン兵です。トロールも数百」

トネリコが報告する。


「10000?」

俺は呟いた。

実感が湧かない。そんなでっけぇ数字考えたこともねぇ……。

俺は軍隊を見たことがない。

戦争を知らない。


「ミズガル王国の王都シグルドが敵の手に堕ちると、サイレンスの行動範囲が増えるぞ」

ハルジオンが険しい表情になる。


行動範囲か……。

バルドール王国も狙われるだろうな。


「私たちケンタウロスは侵攻する魔王軍を確認して、すぐにシグルドへ向かいました。ですが、ミズガルの王様は魔族嫌いで、私たちは街に入れて貰えなくて……。城門を守る白の騎士団にはお伝え出来ましたが、対応が遅れるかもしれません」

トネリコが肩をすくめて言った。


「私たちはその後、バルドールの光の騎士団に援軍要請をするため、首都ゴルドシュミットに向かうことになりました。ですが私はエレオノーラ様やハルジオン様がエルフの森にいることを知っていたので、仲間と別れてこちらに来たんです」


「いい判断だ」

ハルジオンが偉そうに言った。


トネリコは一瞬嬉しそうな表情を見せたが、すぐに不安そうな表情に戻ってしまった。


「魔王軍は今も侵攻を続けています。おそらく3日後にはシグルドの城門に到着するでしょう」

彼女が言った。

「シグルドの軍は約3000。城門が突破されたらどれだけ持つか分かりません……」


「この森への襲撃がなかったのは、そちらに目を向けていたからかもしれませんね」

妖精王がゆっくりと言った。


「バルドールよりエルフの森の方がシグルドへの距離が近い。私が行きます」

ノーラが言った。


「どのくらい?」と俺はきく。


「4日ほどだね」とノーラが答えた。


「……着いたとしても、もう戦争が始まっているだろうな」

ハルジオンが言う。


「でも行かなければ。魔王軍の前衛には2000の石像が並ぶ。もはや壁だ。騎馬隊は通用しない」

ノーラが言う。


2000の石壁に突撃。無理だな……。

その奥にはゴブリンの軍隊。

そこに行くのかよぉ……。


「シグルドには気の神殿がある。私が使っていた”気の聖宝器”があれば前衛の石像を一掃できる。戦況をひっくり返せる」

ノーラが言った。


「……行くしかないな」

ハルジオンが頷いた。


「私は先に行くが……。君たちは」

ノーラが俺たちを見て、少し考えた。


「俺は行く。気の神殿は次の目的地だ。敵の手に堕ちれば、どのみち終わりだ」

ハルジオンが腕を組んだ。


「……聖剣が作れなくなるのはダメだよなぁ」

俺は額に手を当てて呟いた。


「鍛冶師、お前は森に残るべきだ。ミスリルをこの場で剣にして、俺に渡せばいい。戦場まで来る必要はない」

ハルジオンが俺を見る。


……たしかに。

俺が戦場に行ってどうなる?

できることなんか……。


俺はノーラとハルジオンを見た。


でも……それじゃあ2人で行くのか?

なんだか胸騒ぎがする。


……いや。

あるはずだ。

俺にできること。


"聖剣の作り手"は俺1人だぞ。


あるはずだ。

なければ見つけろ!

考えろ!


「……武器足りてねぇんじゃねぇか?」

俺は言葉を絞り出した。


「ミズガル王国にモーフィングできる奴いんのか?バルドールで4人だぞ?」

俺は続ける。

「そもそも鍛冶師が足りてない……そんな時に10000の軍?……武器が足りてねぇはずだ……」

無理やり理由を捻り出す。


「お前……」

ハルジオンは俺の決意を悟ったようだった。


「なぁ、ハルジオン。俺たちは2人で勇者ハルマに到達するんだ……」

俺は彼の目を見つめた。


ハルジオンは目を逸らさなかった。


「それを言うなら、そもそも兵が足りてないんだけどね」

その様子を見ていたノーラが軽く目を瞑り、少し微笑んだ。

「では、私、ハルジオン、カジバ、ミスリルの4人はシグルドに向かいます」

彼女が妖精王にそう報告した。


ハルジオンが心配そうな表情をした。


「死なせないわ。私が、ここの誰も」

ノーラが低い声で呟いた。


「ミスガルを失えば、次に狙われるのはこの森です」

妖精王が俺たちに顔を向けた。


「準備が必要ですが、エルフの森からも援軍を送りましょう。勇者ハルマへの恩を返す時です」

彼女はそう言ってハルジオンに微笑んだ。



―――――



「私はバルドールの方角へ向かい、ケンタウロスの仲間と合流します」

トネリコが言った。


「トネリコ1人か?……よくここまで来れたな」

俺は彼女に言った。


「案内してもらったんです。小鳥さんに……」

トネリコはそう言って上を見上げた。


空から小鳥降りてきて、ハルジオンの手に止まった。

「お前……ついてきてたのか」

ハルジオンが目を見開く。


俺は目を細めた。

小鳥?あの色……王宮の中庭でハルジオンの指にとまっていたヤツだ。


「……鳥に好かれてんなぁ」

俺は呟いた。



―――――



「……頼むぞ」

サンタクロースがノーラに言った。

彼は不安そうな顔をしている。


ノーラは無言で微笑んだ。



ミスリルが馬に乗ろうとすると、13人の孤児たちが駆け寄った。


ミスリルはそれにびっくりする。


1人の少女がミスリルの足に抱きついた。

ミスリルは慌てながらゆっくりとしゃがむ。


「……あのね。ハティのこと、よろしくね」

少女が言う。

彼女は白いオオカミ〈ハティ〉の死で一番号泣していた子だ。


「よっ、よろしく?」

ミスリルが小さくきく。


「……うん。きっとハティはミスリルの中にいるから」

少女が言った。


ミスリルは少し首を傾げて自身の胸に手を当てた。

彼女は俺の方を一瞬見る。


俺はゆっくりと頷いた。


少女はミスリルの擬態について、どんな解釈をしたんだろう。

ミスリルの中にオオカミがいるか?

単純に考えればいないだろう。取り込んだわけじゃない。

彼女はオオカミの姿を真似ただけだ。


だけど……。

ミスリルが擬態した人間の姿。

あれが本当に俺の意思を読み取ったものだとしたら?

生き物の心が鉱石少女に影響を与えるのなら。

あの時、彼女はオオカミの心と繋がったのかもしれない。


同種に擬態する。

それが本当なら……。


「……うん。私が一緒にいるから安心して」

ミスリルが少女の頭を撫でた。



―――――



馬に乗ろうとした俺をとめたのは妖精王だった。


彼女は俺に金色に光る糸の束を手渡した。

俺は首を傾げる。


「これは私の髪の毛。強力な光の魔力が込められています。命の危険が迫った時、これを敵に撒きなさい。あなた方を守ってくれるでしょう」

妖精王が言った。


えっ?

髪の毛?

女王様の髪の毛貰っちゃったぜ……。


「光の魔力とはいえ、強力すぎるものは身体に毒です。対魔力のあるあなたが管理しなさい」

妖精王が優しく言った。


「……ありがとうございます」

俺は深く会釈した。


「いきなさい、ミズガルを守るのです」

妖精王が俺たちに言う。



―――――



俺たちは馬に乗り、エルフの森を出た。


王都シグルドに向かって全速力で馬を走らせる。


空には暗雲が立ち込めている。

光が遮られ、空も大地も灰色に染まっていた。


「暗いなぁ!!」

俺は空を仰ぐ。


「沈黙の魔女とやらの仕業かもな」

ハルジオンが言った。


「沈黙の魔女……事件の時に遭遇したっていう黒幕ね?」

ノーラがきく。


「岩石王の妻を名乗るヤベェ奴っすよ」

俺が答えた。


「岩石王の妻……100年前には聞かなかった言葉ね」

ノーラが考え込む。


「とにかく、性格ひん曲がってるやな奴なのは確かだぜ……」

俺は呟いた。

デックをあんな風にした奴だ。最悪だ。



―――――



エルフの森からかなり離れた。

暗雲のせいでどのくらい時間が経ったかは分からない。


尻が痛くなり、疲労が溜まってきた時だった。

俺の乗る馬、グルファクシのたてがみが淡く光り始めた。


「……グ、グルファクシ?」

俺は目を見開いた。


『この馬は主人と認めた者に危険が迫った時、たてがみが金に光ると言われている』

俺はノーラの説明を思い出した。


「ノーラ!」

俺は声を張り上げた!


後方を走るノーラは、光るたてがみに気づくと辺りを見渡した。

「周囲を警戒!敵影を見つけろ!」

彼女が叫ぶ。


「……なんだ?あの鷲」

ハルジオンが不審そうに遠くを見つめた。


……鷲?

鷲って言ったか?



――――――――――――――――――――――――――――――――――――



本作に登場する武器と種族をかんたん解説!


■トロール

北欧の伝承に登場する巨人。

一般的には邪悪な外見で怪力。知能はあまり高くないとされているよ。


またみてね!

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