18 「土の試練 前編」

「神殿は埋めたわ。その上にお店を作ったの。お気に入りよ」

ノーミードがガラス張りの建物を紹介した。


「見ないうちに……」

ノーラが頭を抱える。

「神殿はハルマが作った神聖な……」


「はいはい。アナタは仕事があるでしょ。早く行きなって」

ノーミードが話を遮った。


この2人は知り合いのようだ。



ノーラは溜息をつくと俺たちを見た。

「もうすぐ森の結界が弱まる。私は警備隊に加わるから後は彼女の指示に従うように」


ノーラはそう言うと、近くの木々を飛び移って行ってしまった。



「さて、アナタたち。こっちよ」

ノーミードがガラス張りの建物へ向かう。


俺たちは顔を見合わせた。


ハルジオンが進み出したので、俺とミスリルもついていくことにした。


「埋めた”土の神殿”に行くんですか?」

ハルジオンがノーミードに尋ねる。


「そうね。でもまずは私のお店の仕事を手伝って。1人だと大変なの」

彼女が言った。



俺たちは建物の前まで来た。


ファッションブランド「Gnomid〈ノーミード〉」

……完全に店だな。


目を凝らして店内を観察してみる。


衣服が並んでいるな。

人の上半身を象ったものに服を着せて保管している。


帽子や鞄も部屋の端に陳列されていた。


衣服への興味は個人差があった。


ミスリルは完全に目を奪われている。

ハルジオンは全く興味なし。

俺は素材や職人が気になりがち。


「服?」

ハルジオンが眉を寄せる。


「職人を集めて服屋を始めたの。地下に倉庫があるから生地の整理を手伝って?」

ノーミードがハルジオンを横目で見る。


「こっちは時間がないんですよ。趣味より試練を優先してください」

ハルジオンが静かに抗議する。


「私はどっちでもいいの。光の種族が滅びようが、闇の種族が滅びようが」

ノーミードが軽く言う。


「なんだと?」

ハルジオンが腰の短剣に手をかけた。


「前任者といい、血の気が多い子たちね。ウルカヌスあがりは皆こうなの?」

ノーミードはフッと笑う。

「アナタたち。私が勝ったら、言いなりね?」


ハルジオンが短剣を抜いた。


「アナタたちって……俺もかよぉ?」

俺は肩を落とす。めんどくせぇ。


ミスリルは俺とノーミードを交互に見て、困惑していた。


ハルジオンが素早く前に出た。


しかし、ノーミードの姿がすでにない。


ノーミードはいつの間にかハルジオンの背後におり、彼の腕をひねって短剣を落とした。

そして、そのまま彼の頭を地面に叩きつけた。


「ぐう」

ハルジオン、ダウン。


ノーミードはハルジオンの頭を掴んだまま、俺を見た。


彼女が怪しく笑う。


俺は真下に違和感を感じ、横にいたミスリルを後方に下げた。

「ミスリル!」


その瞬間、地面からデケェ根が現れた。


俺とミスリルはそれに弾かれて一緒に吹き飛ぶ。


「ぐぇえ!!!」


ノーミードがハルジオンから手を離す。


「馬鹿ね、鍛冶師の坊や。ミスリルを盾にすればいいのに」

彼女が言った。



確かに。


ミスリルは俺の背後で目を回している。


つい守ってしまった。鉱石だってこと忘れてたぜ。

旅の道中ずっと人型だったからなぁ……。


ノーミードがこちらに向かって歩き出す。


「ミスリル!」

俺は彼女と手を繋ごうとした。


「だーめ」

その手をノーミードに止められる。


彼女の灰色の瞳と目が合った。

「擬態を解くのは後」


いつの間にか俺の真横に彼女がいる。


さっきまで正面に……。

そう思って目の前を見ると、そこにも彼女の姿があった。


増えた。


2人いる。


”腕伸びマン”の次は

”分身女”かよぉ……。


俺の負け。

なんで負けたか〈以下略〉



―――――



俺たちはノーミードの仕事を手伝うことになった。


ガラス張りの建物には地下へ繋がる階段があり、地下室は布の保管庫になっている。


俺たちはそこでノーミードの指定する生地を探す仕事をしている。


「っていうか……この保管庫、神殿じゃね?」

俺は我慢できずに呟いた。


内装が火の神殿と似てる。


「埋めたの」

ノーミードが呟く。


それはさっき聞いたぜ。


「どう使っても構わない、ってハルマも言ってたわ」

ノーミードが言った。


「何で店を?」

俺はきく。


「道楽よ。私は暇だったし、エルフも興味を示した」

ノーミードが巻いた布地を俺に手渡す。

「エルフはね、皆外見が一緒なの。美男美女しかいないし、肌の色も同じ。だから個性が出せる衣服に興味を示した」


「……こんな時に」

ハルジオンがノーミードを睨んで唇を噛んだ。


「プレシャス!何かを作ることは良いわ。たとえ世界が暗くても、明るいことを考えられる。想像力のおかげね」

ノーミードが言う。

「私たち守護霊は岩石王に直接干渉できないの。エルフも魔鉱石に対して何もできない。それでも何かできることを探して足掻いてる。そんな感じ」


「分からないな」

ハルジオンが呟く。


「服があれば安心できるでしょ?」

ノーミードは軽く答えた。



―――――



「お疲れ様、助かったわ」

ノーミードは背伸びをした。


「これで試練を受けれるんだな」

ハルジオンが腕を組む。


「そうね」とノーミードが頷いた。


「まずは……丁度いいわ。こっちへおいで」

彼女はそう言って俺たちを地下室〈神殿〉の奥へ招いた。


奥の部屋には祭壇があった。


祭壇にある石の台座にガラスケースが置いてある。


その中には立派な”戦鎚(ウォーハンマー)”があった。


「もしかして……」

俺は呟いた。


「これが土の聖宝器、”インパクトクラッシャー”」

彼女が説明した。

「4英雄の1人であるドワーフ。『不動のフラール・フレグル』が使っていたわ。彼はそう……いい感じね。みっともなくない」


4英雄。


これで全員判明したなぁ。

『底なし』のブリュンヒルデ

『削岩王』ゴルドシュミット

『黒の流星』エレオノーラ

『不動』のフラール・フレグル


これが勇者の仲間か。


”フラール・フレグル”という名には聞き覚えがあった。

ドワーフの里の英雄の1人だ。


それにしても……ドワーフの武器が何でエルフの森にあるんだ?


ドワーフとエルフ。

昔、二つの種族の仲は最悪だったらしい。


性格が合わない。食の文化も合わない。

しかし100年前、同じ連合軍として戦ってからは多少仲が深まったそうだ。


ドワーフの皆の話を聞くかぎり、現在の二種族の関係は『つかず離れず』と言った印象だ。


お互い、そういう生き物だと許容しているようだ。


そういうわけで、長くドワーフと暮らしてきた俺はエルフに多少偏見があった。


〈ドワーフの奴らは事実をかなり誇張して喋る〉


それもエレオノーラのおかげでかなり解消されたけど。


しかし、実はこの森に来てから俺はドワーフとの関わりについて他人に仄かしていない。


念の為にね。



「何でドワーフの武器がエルフの森に?」

俺はノーミードに尋ねた。


「バラバラなのよ、あえて」

彼女が言った。

「100年前の戦いの後、聖宝器はバラバラに封印されたわ。ドワーフの武器はエルフに、エルフの武器は人間に……といった具合。


聖宝器を兵器利用しないように。それぞれの種族が再び結束できるように。そんな企みがあったのね」


なるほどなぁ。


「さて、それじゃあ土の魔力の譲渡に移りましょう。移動するわ」

ノーミードが手を叩いた。



「ここに決めた」

ノーミードは俺たちを神殿と集落の中間あたりに連れてきた。


地面は土。木の葉が落ちている。


「エルフも土葬なの。昔は不老不死の種族だったけどね。力が衰退して、死の届く種族になった」

ノーミードが唐突に言う。

「この辺りの木々は全て、元エルフ」


「……ここに移動する必要があるんですか?」

ハルジオンが尋ねる。


ノーミードは片手でその質問を遮る。


「土属性。万物の素にして、還る場所。五大属性の中で最も便利。私は大好き」

ノーミードが言う。


そりゃ、自分の属性だしねぇ。


「2人とも身の回りの装備をとってくれる?カバンや武器……」

ノーミードが俺たちを見た。


「エプロンは?」

俺はきく。


「それはいいわ」と彼女は首を横に振った。


ハルジオンは不満そうに腰の短剣を外す。


ミスリルはそんな俺たちを無言で眺めている。


「アナタたちは既に1つ、属性魔力を授かっている。そうよね?2つ目以降は身体に馴染むのに少し時間がかかるわ。覚えておいて」


「どのくらい?」とハルジオンがきく。


ノーミードは唇に手を当てて考えた。

「1日……と半日かな」


ハルジオンは小さくため息をつく。


「きっと大事な時間になるわ」

ノーミードが言った。


彼女は俺とハルジオンの頭に手を乗せた。

「魔力を送ったら、外に目を向けること。自分を見失わないこと。いいわね?」


「どういうことだ?もっと詳しい説明はないのか?」

ハルジオンがきく。


「死は唐突。運命は待ってくれない」

彼女はそう言った。



頭上に強い力を感じる。


その瞬間、俺の視界は真っ暗になった。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――


またみてね!

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