19 「土の試練 後編」
ハァッッ!!!!!!
俺の意識が戻る。
辺りの空気が不足していることに気づいた。身体が恐怖で痙攣する。
ここはどこだぁ。
……そうだ土の中だ。
俺たちはノーミードに頭を強く押されて地面の中に埋まったんだ。
……なんじゃい、その状況。
あたりは真っ暗だ。
夜でもこんなに暗くない。
闇。
冷たい。
孤独。
沈黙……。
心の中に不安が募っていく。
洞窟で引きこもっていた時を思い出す。
あの頃に戻ったみたいだ。
急り、恐怖、終わりのない不安。
息が苦しい。
なぜこんな運命に生まれたのか?
なぜ自分だけ。
そう後悔した……
生まれてこなければよかった。
名前を失って。
誰からも忘れられて。
その方がずっと楽だと。
『自分を見失わないこと』
ノーミードの言葉が脳裏をよぎる。
そうだ。
俺はカジバ。
父はヴィーラント、母はアルヴィト。
俺は学んだはずだ。
自分で動くんだ!
『魔力を送ったら、外に目を向けること』
俺はノーミードの言葉を思い出す。
そこで、感覚を外に向けてみた。
大勢の声が聞こえる。森のエルフ達の声。
皆エルフ語で会話している。音楽のような発声が重なって合唱みたいだ。
耳慣れないなぁ。
意識をもっと遠くへ。
地を這う虫、落葉、森の生き物達。そして死の匂い。
ホッドミーミルの森を思い出す。
生まれ育った森。俺はあの森の一部だった。
そうだ、受け入れろ。俺この土の一部。
落ち着けば息もできる。
鼻口ではなく全身で呼吸をしている感じだ。
全身が温かい。包まれている感覚が心地いい。
サウナとは違う気持ちよさがあるぜ。
温盛(ぬくもりぃ)ィ!!!
失礼しました。温盛が出てしまいました。
金属の擦れる音が聞こえる。
これは警備隊だろうか。エレオノーラの匂いもする。
俺は感覚を少し狭める。
足音。吐息。焦り。恐怖。
これは誰だぁ?
「アナタ、ミスリルだったかしら。ちょっと服を見ていかない?」
俺の真上でノーミードの声が聞こえた。
意識がそちらに引き寄せられる。
「あっ。ええと……はぃ」
ミスリルの遠慮がちな声。
「新しい”ランク4”が発掘されたとは風の噂で聞いたけど……随分表情があるわね。”聖剣ちゃん”や”魔剣ちゃん”とはまた違う」
ノーミードの声
聖剣……オリハルコンか。
魔剣は……アダマン……なんちゃら。
「そ、そうですか。……ヘ……へへ」
ミスリルが言う。
「アナタ、”聖剣”になるの?」
ノーミードが聞いた。
近くで布の擦れる音がする。彼女は衣服を手に持っているようだ。
「えっ?」
ミスリルが動揺する。
「ならないの?」
ノーミードが感情の見えないフラットな声で言った。
「えっ、えっ……と。……なったほうがいいんだろうな……とは」
ミスリルの声がだんだん小さくなる。
「へえ。なんで?」
「……だって。いや、なんでもないですぅ」
「いいわ。いいなさい」
「……みんながそう言うから」
「ふうん。”聖剣”になることは、アナタの『やるべきこと』ではあるようね。でもまだ『やりたいこと』ではないのかしら?」
「……怖いから」
ミスリルの絞り出すような声。
「怖いんだ。ちょっと驚いた」
ノーミードの声が少し高くなった。
「でもアナタ、余命4ヶ月切ってるのよね?」
「えっ?」
ノーミードの問いにミスリルが小さく声を出す。
「そうでしょう?聖剣になって岩石王を滅ぼす。岩石王の一部に戻って復活に手を貸す。どっちにしたってアナタの自我はその時に死ぬわ」
ノーミードが軽く言う。
「……死ぬって?」
ミスリルがきく。
「消えて、何もなくなるのよ」
ノーミードが答えた。
「……消える。私も飴玉みたいに消えるんだ。あんなに綺麗なのに、口に入れたら無くなって……味ももうどこにもない」
ミスリルが言葉を絞り出す。
「勝手に生まれて……勝手に死んで……ほんと何なの」
「何なのよね、ほんと。でもしょうがない。アナタの”自我”はもう生まれてしまったんだから」
―――――
「今着てるのは”擬態”の服?」
ノーミードがきく。
「ちっちが……違います。これはフレちゃん……お姫様から貰ったもの、です」
ミスリルがたどたどしく答えた。
「そう。じゃあ脱げるわね」
ノーミードが言う。
「えっ?」
え?
よし、目を凝らしてぇ……。
なんも見えん。
「ほら。せっかく私の店に来たんだし、色々試着してみなさい」
ノーミードがミスリルを連れて歩き出したようだ。
「……っいいの?」
ミスリルは意外と乗り気だった。
「なに?結構こういうの好き?」
ノーミードがきく。
「っ、別に……分かんないです」
ミスリルが言う。
少し遠くで脱衣音が聞こえる……。これはぁ……なんというかぁ。
「アナタの好きなもの、着ていいわよ」
ノーミードが言った。
「好きとか、分からない……ので」
ミスリルが呟く。
「そう」
ノーミードはそれだけ言った。
「私……石だから。所詮、擬態……だから。所詮、悪い力で……」
ミスリルの声。
「擬態はアナタの特徴。良いも悪いもないわ」
「でも……でも、みんなを騙す力だし」
「服はね、『着飾る』や『隠す』ってイメージがあるかもしれないけど。私は、なりたい自分になるキッカケだと思うの」
ノーミードが脈絡なく言う。
「……えっ、なにぃ?」
ミスリルが小声で言った。
「”擬態”だってそういうものじゃない?自分を変える力。だけど自分自身の心は偽っちゃだめよね」
ノーミードが言う。
「……自分自身の心?私がそんな……」
ミスリルが呟く。
「自分の才能を自分でみくびるのは愚かだわ。アナタはもう、人間の心を持ってる。そう接してくれる人が周りにもいたはず」
「……周りに?」
「ええ」
―――――
土に埋まってから、どれくらい経っただろう。
俺はいつの間にか眠ってしまっていた。
目を閉じていると、下から押し上げられるような感覚を覚えた。
そして俺は地上に出た。
顔だけ。
顔だけかよぉ……。
ぬるい風が肌に当たる。もう夕方だ。
日は傾いている。しかし今はわずかな光も眩しかった。
身体動かねぇ……。
「ひいぃ……」と近くから聞こえた。
俺は前方を見る。
ミスリルがこちらを見て怯えていた。
彼女は俺の荷物やハルジオンの短剣〈グラム〉を抱えて木の根にもたれかかっている。
ハルジオンの短剣は抜刀してある。
コイツまたやってんなぁ……と俺は思った。
旅の道中、夜な夜なミスリルはハルジオンの剣を抜いて剣身を眺めていた。
剣身に頬擦りしている現場も盗み見たことがある。〈危ないからやめなぁ?〉
ハルジオンの短剣は”天然のミスリル”で出来ている。
やっぱ同類に惹かれてんのかねぇ?
「カジバが……はっ発芽したぁ……キモいぃ」
ミスリルが泣きそうな顔で震えた。
そんな語彙、パパは教えた覚えがありません!
さては……オリハルコンか姫様だなぁ?
そりゃあ地面から生首生えてきたらキモいよな。
でも俺、悲しいよ。
せっかく発芽したのに。
「お前ぇ……ずっとここにいたのかぁ?」
俺の問いかけにミスリルが小刻みに頷いた。
ミスリルは見慣れない格好をしていた。
黒色の上質なドレスだ。
銀色の髪は編み込んである。
耳上の髪を捻ってまとめている。そこに耳下の髪を三つ編みにしたものを巻き付けていた。〈シニヨンヘア〉
「俺が埋まった後、ノーミードと何かしたのか?」
俺はある程度何があったか知っていたが、すっとぼけて聞いた。
「色々着せてもらった……」と彼女は言った。
俺は隣を見る。
ハルジオンはまだ発芽してない。
「カジバはさぁ……私の身体が目当てなの?」
急にミスリルが言った。
彼女は両膝を抱えて小さく座る。
……はぁ?
突然何をきくんだ、この娘は。
「……考えたこともねぇや」と俺は答えた。
ないよぉ。本当に。
そんな視点ではな。
「でもカジバ、女の人好きだよね」
ミスリルの追撃。
「おいおい……なんの尋問だぁ?……ただでさえ罪人みたいな状態なのによぉ」
俺は生首姿で答える。質問には答えてない。
……そりゃあ、女は好き。
ずっとドワーフと暮らしてたんだぜ?
野郎に囲まれ続けた反動かもしれない。
ドワーフの里にも女はいたけど……数が少なかったし、歳もかなり離れていた。
「私のこの姿ってカジバの理想なんじゃない?」
ミスリルが言う。
それは考えたことがあった。
『ランク4の魔鉱石は敵と対峙した時、とりわけ魅力的な同族に擬態して身を守る』
……ミスリルを最初に発掘したのは俺。
彼女は俺の深層心理が求める理想個体になった可能性が高い。
「……しらね?」
俺はとぼけた。
ミスリルは「……むう」とだけ言った。
何が言いたいんだろうか。
おそらくノーミードと話したことが原因だろうが、結局ノーミードとミスリルの会話は最後まで聞いてない。
しばらくの沈黙。
「カジバはさ、私に”聖剣”に……」
彼女はそう言いかけてやめた。
怯えているのか?
聖剣……。「聖剣になるのが怖い」とミスリルは言っていた。
「なぁミスリル。聖剣になるのやめたいなら、オリハルコンに相談してやってもいいぜ?聖剣は1本ありゃ十分だろ?」
俺は提案する。
彼女は悲しそうな顔をした。
俺はそれが意外だった。
ミスリルは目を伏せると、ゆっくりと立ち上がり森の奥に消えてしまった。
「おっ、おい!」
俺は呼びかける。
アイツ……ちゃっかりハルジオンの短剣持っていきやがったなぁ。
俺は溜息をつくと、再び土と同化した。
―――――
「……ジバさん、カジバさん!」
俺は誰かに起こされた。辺りは暗い。
夜中か?
「……アンタ誰ぇ?」
俺は目の前の人影に尋ねる。
「どっどうも初めまして、僕はデック。エルフの鍛冶師です」
人影が答えた。
「鍛冶師ィ?」
俺は目を凝らす。
人影が赤い月明かりに照らさせた。
金髪に碧眼……尖った耳。確かにエルフだ。
しかし彼は漆黒の肌を持つエルフだった。
「おおぉ……ウルカヌスと同じ肌色だぁ」
俺は呟く。
エルフの肌は皆同じだと思ってたけど……。
「ウル……?ええと。ここに人型の魔鉱石がいると思ったんですが……」
デックと名乗るエルフが言った。
「なにぃ?ミスリルのことか?」
俺は尋ねる。
「ミスリル……ええ、そうです。夜は屋敷で寝た方が良いとサンタクロースが言ってましたので迎えにきたんですが……」
デックが答えた。
「ミスリル、帰ってないのか?」
俺は聞いた。
「ええ」とデックが頷く。
「……またどこかで拗ねているんだろ」と横から声がした。
俺はそちらを見る。
俺の横でハルジオンが発芽していた。いつの間に……。
「ぶははぁっっ!!!桃色の髪が花みてぇ!!!」
俺は爆笑する。
「黙れ」とハルジオンが睨んだ。
「建物の角や、隙間。薄暗くて収まりのいい所にアイツはいるはずだ。面倒だが少し探してくれないか?」
ハルジオンがデックに言った。
コイツ、意外と面倒見いいんだよなぁ……。
デックは頷くと闇に消えた。
―――――
翌日。昼。
俺とハルジオンはやっと土から出られた。
土の魔力が自分の中にあるのを感じる。成功ってことかぁ?
そこにデックがミスリルを連れてきた。
ミスリルはサンタクロースの屋敷の13人の孤児たちと一緒だった。
彼女は何故か小さな”白いオオカミ”を抱えていた。
「カジバさん、魔鉱石見つけましたぁ。厳密にはこの子供たちが見つけたんですけど……」
デックが頭を掻く。
「かくれんぼしてたら、このお姉ちゃん見つけたの。1人だったから遊びの仲間に入れてあげたんだ」
一番年上に見える子供が言った。彼の表情は何故か暗い。
「さっきまで遊んでたんだけど。子供達と一緒にいたこの子が急に倒れて……」
ミスリルは自身の抱える”白いオオカミ”を見た。
他の子供たちは目を腫らしていた。泣いた後のようだ。
「しっ……死んだ?みたい……。埋めてあげるんだって。だからカジバと一緒なら寂しくないと思って……」
ミスリルが言う。
おやおや。
まさか、俺と一緒に埋める気だったのかね?
俺はさっきまで自分が埋まっていた穴を見つめた。
「まぁ……ちょうどいいか。ここに埋めてやりなよ」
俺は穴を指さす。
ミスリルがオオカミを地面に置いた。
そこに子供たちが集まる。
皆、泣いていた。
話を聞くと、このオオカミは彼らの家族同然だったらしい。
難民集団の中に紛れてこの森にやってきたそうだ。
サンタクロースが引き取ったらしい。
子供たちが泣きながらオオカミに声をかけている。
そんな様子をミスリルがずっと眺めていた。
彼女の息が少し上がっている。
……何か様子が変だな?
「死なないで!ハティ!」
1人の子供がそう叫んだ時、ミスリルが目を見開いた。
彼女は胸を抑え、そのまま苦しそうに地面にうずくまる。
「うぅぅ……」
「おい、ミスリル!」
俺はミスリルの方に駆け寄る。
彼女の銀の髪が白い動物の毛に変わっていくのが見えた。
体格が変化し、黒いドレスが脱げる。
「擬態か!」
ハルジオンが驚いた。
「ミスリル……?」
俺は彼女に声をかける。
彼女は”白銀のオオカミ”になった。
先ほど死んだ〈ハティ〉という名のオオカミに変わった。
オオカミは少し身体を震わせると空に向かって吠えた。
悲しい声色が、遠くまで響いた。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
本作に登場する武器と種族をかんたん解説!
■ハティ
北欧神話に登場する狼。〈敵〉を意味する名だよ。
月食はこの狼が月を捕らえたために起こると考えられていたよ。
またみてね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます