12 「火の試練 前編」

ここはバルドール王国の首都 ”ゴルドシュミット”


活気あふれる町を抜けた先、

山のふもとに火の神殿がある。


『火』『水』『気』『土』のうち、

俺たちはまず、一番近い火の神殿に向かうことになった。


姫様に呼び出され、神殿を巡るように言われたのは今朝。

その後、俺、ミスリル、ハルジオンはすぐに支度して神殿へ向かった。


火の神殿には火を司る守護霊がいるらしい。

そして、勇者ハルマが作った”火の聖宝器”が祀られているそうだ。



ハルジオンはフード付きのケープをまとい、短剣を腰につけている。


俺はいつもの鍛冶衣装。


ミスリルは白のワンピースにコルセット。〈姫様コーディネート〉


道中の護衛にノーラも付いてきてくれた。



ノーラはミスリルの豹変ぶりに動揺していた。


「よ、よく似た別人じゃないよね?」

と俺にきいてきたくらいだ。


こんな銀髪美人、他にいねぇっすよぉ!


そりゃあ、動揺するよなぁ。

ノーラは自我が芽生える前のミスリルしか知らなかったんだから。


ミスリルはノーラとの接し方に困っていた。

「俺とミスリルはノーラと一緒に王国まで旅したんだぞ」とは伝えたけど、ピンときてなかった。


彼女はノーラによそよそしかった。


例えるなら、小さい頃に一回会ったことある親戚のお姉さんと話す感じ。


知らんけど。



ハルジオンとノーラは自然に会話していた。

ハルジオンは産まれてすぐにノーラに助けられたらしいから、それなりに長い付き合いなんだろう。



―――――



火の神殿に着くと40代くらいの男の修道士が迎えてくれた。


山の麓の神殿。近くには小川がある。

周りに住居はない。


神殿は周囲が列柱で囲われている建物だった。

入口には巨大な鉄の扉。なんか魔法っぽい装飾が彫ってある。


ここに聖宝器が奉安されているらしい。


「この扉の向こうに”火の守護霊ウルカヌス”様がおられます」

修道士が言った。


「大きいですね」

ハルジオンが建物を見上げる。


「聖宝器の奉安場所というより、稽古場のようなイメージで建てられたそうです」

修道士が言った。



「よし、行くかぁ!!」

俺は自分の両頬を叩いた。


「もっ、もう入るの……?」

隣でミスリルが言う。


「当たり前だ。いくぞ」

ハルジオンが扉の方に進んだ。


「私は扉の前で待っているから、頑張ってきなよ」

ノーラが背後から声をかけた。


「ええ……」

ミスリルは観念したようについてきた。



試練に挑むのは俺とハルジオンとミスリル。

俺たちは扉の前に立った。


「扉に触れて魔力を流してください。それで開きます」

修道士が説明する。

「なんというか……ウルカヌス様はパワフルですので、気圧されませんように」

彼はそう付け加えた。


パワフル?

どんな感じだろう……。


「うっす!!」

「どうも」

「えぇ……」


俺たちはそれぞれの返答を返した。



ハルジオンが魔力を流すと巨大な鉄の扉がゆっくりと開いた。


中は暗く、広い。

明かりはない。


俺たちは恐る恐る神殿の中に入った。


コツコツと3人の足音だけが響く。


後ろでゆっくりと扉が閉まりはじめた。


「ちょっ、閉めたら真っ暗になっちまうぜ?」

俺の声は届かず、扉がしっかり閉まった。


そんなすぐ閉めんでも……。



視界はほぼ暗闇。

どこかの隙間から入った僅かな光がチラホラ。


「暗いぃ……」

ミスリルの情けない声がどこかから聞こえる。


「大丈夫だ、俺がいるぜ!」

俺は彼女に言う。

自分より怖がってる奴がいると、なんか冷静になれるなっ!!!



神殿の空気はひんやりとしている。

……ここに火の守護霊が?


「俺は勇者ハルマの末裔、ハルジオン!火の守護霊ウルカヌス、アナタの試練を受けにきた!」

ハルジオンが部屋中に響き渡る声で叫んだ。


も〜〜〜びっくりしたぁ〜〜〜。

合図くらいしろよぉ!



少しの沈黙の後、返答があった。


「オウァ……珍しい客だ。鍛冶師に……勇者の血……」

奥から太い男声が聞こえる。


「フハッ、待っていたゾォ!!!!!!」


左右の壁に一斉に火が付いた。

壁には松明が並んでいたんだ。


辺りが一気に明るくなる。


「よく寝た、よく寝たゾォ。さみいなぁ……今冬かぁ?」

太い男声の主が言う。


……ちなみに今は夏だぜ?



神殿の奥には祭壇があり、その奥に何やら部屋がある。

声の主はその部屋から出てきたようだ。

姿はよく見えない。なぜなら全身から白い蒸気を発しているからだ。


シュー、シューと大きな人影が音を立てている。


人影が一歩進むたびに部屋の温度が上がっていくのが分かった。


蒸気が消え、姿が見えた。


鍛えられた肉体。

肌は漆黒で、美しく輝いている。

その肌の上には様々な色で何やら模様が描かれていた。


頭頂部から前髪にかけて白髪があり、それ以外は綺麗な剃り上げ。

衣類は革の半ズボンだけだ。


「俺様が”火の守護霊ウルカヌス”だ」

太い男声の主はそう言った。



……なんか、ゴリゴリの筋肉男が出てきたなぁ。


守護霊って、もっと妖精みたいなのをイメージしてたぜ……。


隣を見るとハルジオンも予想外といった表情をしていた。


「はじめまして。勇者ハルマの末裔、ハルジオンです」

彼は再び自己紹介をした。


「俺は鍛冶師のカジバ!!!」

俺も挨拶をしておく。


「ウム!!」

ウルカヌスは俺とハルジオンを交互に見た後、ミスリルを凝視した。


「鍛冶、勇者……となると、その娘は……。もしや魔鉱石か?」

ウルカヌスが言う。


「ええ、そうです」とハルジオンが頷く。


「……ウム。前回は”黒色”だった気がするが……」

ウルカヌスは一層ミスリルを凝視した。


「黒?金のオリハルコンじゃなくて?」

俺は首を傾げた。


「金金の石も知っているゾ。だが、前にここへ来たのは黒だ。黒は……なんだっけなぁ。そうだ”アダマンタイト”だ」

ウルカヌスは思い出したように言った。


そういえば、ミスリルの前にもいたんだっけ?ランク4の魔鉱石。

姫様が言ってた気がするぜ。


「……となると3個目か。それは幸運だなぁ!!相変わらず擬態してると人間との区別がつかんが」

ウルカヌスが豪快に笑う。


凝視されたミスリルは、石像みたいに固まっていた。


コレを手のひらサイズにして台座をつけたら売れそうじゃね?


「金金よりも、オマエの方が好みのフォルムだぞ」

ウルカヌスがミスリルを見て、フハッっと笑う。


ミスリルの瞳の輝きが完全に消えた。



「さて……子供ォ。戦おうか」

ウルカヌスがヤベェ筋肉を伸ばし始めた。


「戦う?」

俺は思わずきき返す。


「戦いで俺たちの力を測る。それが試練か?」

ハルジオンも尋ねた。


「ハナシは後だ。とにかく俺様の身体が鈍っている。筋肉は不安よな?俺様、動きます」


コイツ……聞いちゃいねぇ。


「俺様に一撃入れるか、俺様の奥にある”聖宝器”にたどり着けたら勝ちだ。何をしても構わん!!」

ウルカヌスの大きな声が神殿内に響いた。


聖宝器?

俺は奥の祭壇に目を向ける。


祭壇の下からゴゴゴゴッと石の台座に刺さった真っ赤な剣身の片手剣が現れた。


あれが”火の聖宝器”か。



「苦手なタイプだな……まあいい」

隣のハルジオンが小さく呟く。


彼はミスリルを一瞥した後、腰につけた短剣に触れた。


「未完成の聖剣より……今は使い慣れた武器か」

ハルジオンが言った。


「おい、俺の作る武器いらねぇのかよぉ!」

俺はハルジオンに言う。


だったら、俺の仕事ねぇじゃん!!


「ミスリルを剣にしたところで、まだ未完成だろ。俺の剣”グラム”で一撃入れてやる」

ハルジオンが短剣を抜いた。


「おいそれ……!!」

俺は気づく。

あの短剣、ミスリル製だ。


「お前ぇ、それミスリルじゃんっ!!」

俺は短剣を指さす。


「ふえぇっ!!」

ミスリルもハルジオンの短剣を見て驚いた。


よかったなぁ、こんな近くに仲間がいたぞ!



「……これは天然のミスリルだ。お前みたいな邪悪な魔鉱石じゃない」

ハルジオンが俺たちを見て、嫌そうに言う。



「さて、いくゾォ!!」

準備運動を済ませたウルカヌスが言った。


「鍛冶師、構えろ!!」

ハルジオンが叫ぶ。


「おっ、俺はどうする?」


「お前は戦士じゃない。構えたままそこにいろ」

ハルジオンは短剣をウルカヌスに向けた。


戦士じゃない。

そりゃそうだけど……。


森で動く石像と戦ってた時も、真っ向勝負じゃなくて罠を張ってたからなぁ。

だけど。


「戦場じゃあ、そんなこと言ってられねぇよぉ!!」

俺は言う。


もう逃げらんねぇしなっっ!!!!!!


「だったら盾でも鎧でも作って、攻撃を防ぎながら聖宝器を目指せ!!」

ハルジオンが言う。



「フハッ、喋っている暇はないゾォ!!」

ウルカヌスが飛び込んできた。


ハルジオンは自身の魔力を短剣に流している。

短剣の剣身が光り輝いた。


「一撃で決める……」

ハルジオンがウルカヌスを睨む。


「フィストォ!!!!!!」

ウルカヌスの拳がハルジオンに向かう。


「魔力放出、グラムッ!!」

ハルジオンは剣を横に振り、魔力の斬撃をウルカヌスに飛ばした。


拳と斬撃が衝突する。


衝撃波が俺とミスリルを襲った。


「どうなった!?」

俺は目を凝らす。


魔力の斬撃はウルカヌスの拳圧によって消し飛んでいた。



「なっ!!」

ハルジオンが目を見開く。


「フハッ、今のが強火か!!??」

ウルカヌスがニタリと笑う。


「言ってろ!!」

ハルジオンが短剣を構え直して飛び出す。


彼は一瞬でウルカヌスの懐に入り込んだ。


「フハハァ!!早いな」


ハルジオンの素早い斬撃。

一瞬で数回切り込んだように見えた。



勝った!!


やっぱツエーんだっっ。アイツ!!



「……いなしやがった」

ハルジオンがウルカヌスから距離を置き、舌打ちした。


えぇ、マジぃ?


俺はウルカヌスを見た。

彼にダメージが入った様子はない。


ヤベぇ……。



「萎えるなよ。始まったばっかだゾォ、戦いはぁ!!」

ウルカヌスが言う。



はっ!!


2人の戦いに目を奪われていた。


俺も動かねぇと……。

ハルジオンがひきつけているうちに聖宝器の所に!!


「ミスリル行くぞ!!」

俺は彼女に手を伸ばす。


とにかく出来ることをしないと……。


「あっ、あれに混ざるの……?」

ミスリルが呟く。


「何としても聖剣を作りたいからなぁ!!」

俺は言う。

「お前はどうする?ハルジオンに逃げるとこ見せて、姫様のところに帰るか?」


……ちょっと意地悪な聞き方か?


ミスリルはブンブンと首を振った。

ハルジオンにバカにされるのが嫌なのか、姫様が怖いのかは分からんけど……。


「私、私だってやる!!」

ミスリルが俺の手を掴んだ。


「こうこなくっちゃ。でっけぇバトルしようぜっ!!」

俺はミスリルの手を握り返す。


ミスリルの擬態が解け、魔鉱石の強大な魔力が噴き出した。


ウルカヌスがそれに気づき、嬉しそうに笑う。

「凄まじいなぁ!!魔鉱石ィ!!」


俺はモーフィングでミスリルを手盾にすると奥の祭壇に向かって走り出した。


ウルカヌスはハルジオンと対峙したままだ。

距離はあるが、俺が聖宝器にたどり着けば勝ちだぜ!!



突然、後ろから大きな火球が飛んできた。


俺はそれをギリギリで防ぐ。手盾になったミスリルは火球に耐えた。


「熱ちぃ〜〜〜!!」

俺は思わず叫ぶ。


防いだけど周りが熱ちぃのよ。


ミスリルはランク4の魔鉱石だ。守護霊の攻撃だって耐える。それに何より軽い。



ウルカヌスはハルジオンの斬撃を避けながら俺に火球を飛ばしてきた。


彼は俺が火球を防いだのを見ると、ニタリと笑い右手を軽く振った。



その瞬間、構えていた手盾に強い衝撃を感じた。

俺の身体が軽く吹き飛ばされる。



「いっでぇぇえええ!!!!」

俺は神殿の床を転がる。


今、何が起きたぁ?


アイツの拳が飛んできた?

……いや。

アイツの腕がめちゃめちゃ伸びたんだ!!



ウルカヌスは伸ばした腕をシュルシュルと元に戻す。


筋肉ダルマが腕伸ばすなやっ!!!!!!



俺はミスリルの手盾を見た。

手盾に傷はない。


盾は無事だけど、盾ごと吹き飛ばされた。

こんなん……使ってる俺が持たんわ。


俺はミスリルを大盾に変えると、それを支えにして立ち上がる。


「加減はしたゾ?」

ウルカヌスが俺の方を見た。


ウゼェ……。



「こっち見ろや!!」

ウルカヌスと対峙するハルジオンが吠えた。


「剣技で目線を奪ってみろぉ!!」

ウルカヌスが吠え返す。


「フハッ、フハハッ!!あったまってキタァ!!」


ウルカヌスの叫びと共に、左右の松明が火柱をあげた。


奴の身体が燃え盛る。


ハルジオンのケープにも火がついた。


「ハルジオン!」

俺は叫ぶ。


「お前は聖宝器を目指せ!!」

ハルジオンはケープを投げ捨てた。


どうするよ……コレ。


俺にできること……。


盾を作る。

武器を作る……。


作るなら意味のあるものを作るんだっ!!俺ぇ!!



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


本作に登場する武器と種族をかんたん解説!


■手盾

手に持って使う小型の盾。30~60cmほどだよ。


■大盾

地上に置いて使う大型の盾。1mほどだよ。


■グラム

北欧神話に登場する魔剣。古ノルド語で〈怒り〉を意味する名だよ。本作ではハルジオンの使うミスリル製の短剣として登場。


■ウルカヌス

ローマ神話に登場する火と鍛冶の神。

ギリシア神話の神『ヘパイストス』と同一視され、独自の神話はほとんど残っていないよ。

本作では火の守護霊として登場。


またみてね!

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