10 「忍び寄る影」

ケンタウロス一行が去った後、俺は共同部屋で日が暮れるまで”聖剣”について考えていた。


先日、オリハルコンから”聖剣エクスカリバー”についての資料を貰った。

資料は彼女が作ったらしい。


用紙には聖剣本体のかなりしっかりした図面が書かれている。

長剣ロングソードだ。片刃の肉厚剣である。

また、サイズ・重さの数値も記されていた。

〈読み書きができない俺のために、絵と数字だけの資料になっていた〉


用紙の隅には何故か、あまり見たことがない可愛い絵柄の落書きがあった。


それは置いておいて。


聖剣の情報が詳しくて助かるなぁ……。

それもそうか、オリハルコンは”元聖剣”なんだから。


……待てよ。

なんでオリハルコンは人型に戻ってるんだ?


そもそも聖剣がそのまま残っていれば新しく作る必要もなかったんじゃ……。


誰かに聞いてみるか……。



「もう夕方?」

奥のベッドで寝ていたミスリルがモゾモゾと布団から出た。

彼女は薄着で、少し髪が乱れている。


ミスリルの外見は俺とハルジオンの中間くらい。〈14とか?〉

18歳の姫様と比べて分かったが、ミスリルの胸は豊満な方だ。〈姫様の慎ましい胸もいいと思うけどなっ!〉


寝起きの銀髪美少女。



うーん。ムラムラするぜぇ!!!!



「晩餐会、カジバは行かないの?」

ミスリルが言う。


「あぁ。今日は俺、エレオノーラとご飯食べるから」


旅の途中で「無事王国に着いたら、なんでもご馳走してあげる」とノーラは約束した。

それを覚えていた彼女が食事の誘いをしてくれたのだ。



「えぇ……」

俺が行かないと知ると、ミスリルは再び布団にくるまった。


「わっ私、寝たフリしよっかな。カジバもフレちゃんとか王宮の誰かに会ったら『ミスリルはもう寝たから食事はいらない』って言って……」


「飯、嫌か?」


「どう楽しめばいいん?……アレ」


……こりゃぁ、初めての食事がトラウマになってんなぁ。

姫様ぁ……罪深いぜ。


「まあいいや。でも、嫌なら自分で言えよぉ〜〜」

俺はそう言って共同部屋を出た。



―――――



王宮を出て、”ニ角のかぶと亭”という宿屋を探す。


その名の通り二本の角が生えた兜の看板が目印だそうだ。

現在、ノーラはそこに宿泊しているらしい。


看板を見つけ、中を覗いてみる。


この宿の食堂は酒場として賑わっていた。

常連は皆、光の騎士たちだ。

酒を酌み交わし、笑いあっているのが見える。


「こんばんは」

様子を伺っていると、店主が話しかけてきた。

坊主頭で右目辺りには大きな斬り傷がある。

外見は怖いが、声色は優しい。


「えっとぉ。ここにノーラっています?エレオノーラ」


「ああ、いるとも。奥のテーブルだ」

店主は左手で方向を示してくれた。


角のテーブルにノーラがいた。

彼女は椅子に深く腰掛け、店内の人々を観察している。

彼女はこちらに気づくと小さく手を振った。


「ごゆっくり」

店主が俺に言った。


俺は小さく会釈するとノーラのテーブルに向かった。


テーブルの脇には斧槍ハルバードが立てかけてあった。


「随分とイイ男にしてもらったね」

ノーラがニヤッと笑う。


そうか。

姫様に散髪してもらった後、彼女と会っていなかったな……。


エレオノーラも整った身なりをしていた。

何というか、毒気が抜けた気もする。


最初に会った時は野盗の男みたいだったもんなぁ……。

今はかなり女性らしさが見える。エルフ特有の美しさもある。


一緒に乗馬した時に思ったけど、ノーラも結構胸あんだよなぁっ!!!!



「私も汚れがなくなったって思った?」

ノーラが意地悪な顔をした。


「ええと……そうっすねっ!!」

汚れというか、俺が汚れてるっていうか……。


「町を離れているときは、いつもあんな感じだ」

ノーラが笑った。

「初めて会った時、私は”ホッドミーミルの森”の調査に出ていたんだ。動く石像が出るとか、奇妙な仕掛けがあって森に入れないとか……そういう声があって」


奇妙な仕掛けってのは、多分俺が作った大量の罠のことだな……。



「飲み物どうする?」

ノーラが聞く。


「じゃあビールでっ!!」


王宮ではワインがよく飲まれている。

久々にドワーフたちの食事を思い出すかぁ!!


「店主、ビールを2つ。一番大きい容器で頼むよ」

ノーラが遠くに向かって言った。


厨房から「あいよっ!!」と聞こえる。


俺はやってきたビールを豪快に飲み始める。


「ドワーフ仕込みの飲みっぷりか」とノーラが驚く。


「好きなの食べな?私が持つから」

ノーラは頬杖をついて微笑んだ。


も〜〜〜〜〜〜好きっ!!!!


「遅くなって悪いね」

ノーラが両手を口元で組む。

「王宮で色々食べたと思うけど。ここは私のお気に入りだから、気持ちだけでも受け取って」


「そんなぁ、ありがてぇっす……」

俺は遠慮なく頼むことにした。


ウェイトレスが食事を運んできた。


テーブルには、ハムにソーセージ。厚切りのパン。フライドポテト。チーズ。オイスター。ハチミツなどが並んだ。

メニューの中に魚や貝なども豊富にあることが驚きだった。


「ここから海は近い。バルドールの初代国王”ゴルドシュミット”は元々ヴァイキングだったんだ。彼も私と同じく勇者ハルマの仲間だった」

ノーラが言う。


彼女の手前にはスープや野菜。果物。クルミなどがある。


ノーラはここまでの旅路、干し肉や黒パンで乗り切っていた。

それもほとんど俺に与えてくれた。


彼女もこの町で沢山食べられているだろうか。


「ノーラも食べる?肉?」

俺は遠慮がちに聞いた。


「ああ、気にしないでいいんだよ。私は元々少食でね。それに野菜が好きなんだ。エルフたちは極度のベジタリアンだから」

ノーラはクスッと笑った。



―――――



俺たちは一通りの食事を済ました。

飲んだビールの容器が5つほどテーブルに並ぶと、周りの騎士たちから拍手があがった。


「聖剣作りは順調?」

ノーラが聞く。


「んー。だと思うけど」

俺は曖昧に答える。


順調に進んでいる気はする。

だけど……聖剣作りの期限が5ヶ月をきったというのは何ともいえないところだよなぁ。


「前任者も良い職人だった……実際に良い剣を作った。聖剣には届かなかったけど」

ノーラが呟く。


「それ、オーラの父ちゃんだったんだなぁ」


「ああ、そうだね。聞いたんだ」

ノーラは頷いた。

「名前はシンドリー。寡黙な仕事人だった、逸材だった。君も間違いなく逸材だ。100年で2人目。君を見つけられた私はついてるね」


ハーフエルフのエレオノーラ。

彼女は100年前、勇者ハルマの仲間だった。


エルフの寿命は知らんけど、かなり長いんだろう。


「ねぇ、ノーラって何歳?」

俺は気になって尋ねてみた。


それを聞くと、彼女は目をパチクリとさせた。


「……ホッドミーミルの樹木と同じ年齢だよ」

ノーラはニコリと微笑んだ。


逸らされた……のか?


「私も歳をとった。エルフにしては若い方だけど……ハーフエルフとしてはガタが来る歳。今のエルフも昔ほど長生きではないんだよ。力も衰退した……私は君を守るはずだったけど……逆に守られてしまった」


ノーラは手を組んだまま、俯いた。


「守ってもらいましたよ!色んなところで」

俺は声をかける。


お世辞じゃない。実際マジでそうだから。


「背中の怪我はもう良いんっすか?」

俺は尋ねる。


”職人殺し”との遭遇で深い刺し傷を負ったはずだ。

見たところ、傷を庇っているような仕草はないけど。


「心配は無用だ……無用だ……」

彼女は俯いたまま呟いた。


ん?


「ノーラ。もしかして酔ってんの?」

俺は聞く。


「酔ってにゃい」


「めちゃくちゃ酔ってんじゃん」


「昔は強かった、飲まないうちに酒の力も衰退したか……」


かっこわりぃ〜〜〜〜!!言い訳!!


めちゃくちゃ酔ってんじゃん。


「ワシ、酒弱くなったわぁ〜」

こう言うドワーフもいたなぁ。

アイツ毎回すぐ酔うんだから、酒弱いの認めろや!!


俺は酒場を見渡す。

活気があるなぁ……。

ドワーフの飲み会が恋しくなるぜ。



「失礼……カジバ様ですか?」


突然、後ろから声をかけられた。


「あっ?誰」

俺はそちらを見る。


「私……こういう者です」

そう言って男は自分の懐に手を入れた。



その瞬間。



ノーラがいきなり斧槍を掴み、俺に向かって突き立てた。


いや。

斧槍の刃は俺の頬の横を通りすぎ、背後の男を突き刺している。



ぎゃあぁぁぁあああああああ!!!!!!



男の悲鳴に一瞬、周りの騎士が鎮まる。


ノーラが男を突き刺したまま立ち上がった。


状況を理解した騎士たちは各々戦闘態勢に入る。


「の、ノーラ?……酔っても刺しちゃダメじゃね?」

俺はその場を動けないままだった。


ノーラって殺し上戸?


んなもん、あってたまるか。



斧槍の刃は男の肩を突いている。


男の手には少剣ダガーが握られていた。


え?


相手も”殺しの者”じゃん……。


「おい、どうしたっ!!」

店主がこちらに駆け寄るのをノーラが制止した。


「認識阻害か……小賢しいね。サイレンスらに何かもらったな?」

ノーラが声色を落とし、男を問いただす。


男は一瞬痙攣すると、右手にはめた指輪を隠した。


「持ってるね」

ノーラが不気味に微笑む。


「仲間は?」とノーラが続けて聞く。


男は口元を強く閉じた。


その様子を見るとノーラは斧槍を男から引き抜いた。

男がその場でうずくまる。


「ソイツを拘束して指輪を取る。出来るね?」

ノーラが俺に言った。

その冷静さに少し身体が震えた。


「……ああ。ノーラは?」


俺の言葉を聞き終わる前に彼女はその場を走り出した。

酒場の出入り扉を蹴破り、外を確認すると、彼女は斧槍を勢いよく投擲する。


投擲の余波で店内の食器が吹き飛んだ。


「命中」

ノーラはそう言うと、そのまま外に飛び出していった。


俺は頭が真っ白になったが、彼女に言われたことを思い出した。



とりあえず……男を拘束して指輪を取るぜっ!!



店主や周りの騎士たちが拘束を手伝ってくれた。


指輪は多分、普通の人が触ると危ないだろうから俺が取って巾着の中に入れた。



「あの、注文のデザート出来たんですけど……」


拘束作業を終えた頃。

奥から若いウェイターが顔を出し、おずおずと俺に聞いた。


それを聞いた店主が呆れ顔をする。


「あー」

俺は一瞬外を見つめると、ウェイターの方を見た。


「俺ぇ、食いますよっ!!!!」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


本作に登場する武器と種族をかんたん解説!


小剣ダガー

刺突または投擲武器。短剣より短く、ナイフより長い刀剣だよ。


■ハーフエルフ

人間とエルフの混血。人間とエルフの両方の特性を併せ持つことが多いよ。

本作ではエレオノーラが該当するよ。


またみてね!

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