8 「ミスリルの決意」

鉱石少女のメンタルはめちゃ脆かった。


それにしても……。

ミスリルのこの性格はなんだ?

なんの影響だ?


倉庫の入り口で様子を見ていたハルジオンが大きな溜息を漏らした。

彼は倉庫に入るとミスリルを見下す。

ゴミを見るような目だ。


「コイツも女に擬態したのか」

ハルジオンがミスリルに顔を近づけた。


気安く寄るな。


ミスリルはハルジオンを見ると、泣きそうな顔で「えっ?えっ?」と呟いた。


追い詰められた野ウサギみたいだ。


「女になって泣けば助かると思っている。いいか、俺はお前らが嫌いだ!心もないのに人の真似をするお前らがな。精々人の役に立て」

ハルジオンが言い放つ。


「おい、言い過ぎだろ」

俺は咎めるように言った。


「情けは無用だ。どうせコイツらは岩石王を倒した後に一緒に砕けて消えるんだ」

ハルジオンが冷たい表情でこちらを見た。


えっそうなの!?


俺は姫様を見た。

姫様は残念そうに小さく頷いた。


なんだぁ……。

そりゃあ嫌になるわな、ミスリル。


魔王を倒す道具にされて、あげく自分も死ぬ運命……。



ハルジオンは言いたいことだけ言って、出て行こうとする。


俺は彼の肩を掴み、それを止めた。

姫様は制止に入らない。


「なぁ。お前が嫌いなのは分かったけどさぁ……これから一緒に戦う仲間にその言い草はねぇよ」

俺は言った。

「仲間?」

ハルジオンが怪訝な顔をする。

「ああ、ミスリルの事だよ」


俺の言葉を聞いてハルジオンが溜息をついた。

俺でも分かる。馬鹿を見る顔をしている。


「なぁお前、頭いいんだろ?分かるぜ。そういう顔してる。でもなぁ、仲間を大事にしない……そんな奴に作る剣はないぜ」

俺はハルジオンの肩から手を離した。


「……はぁ?」

ハルジオンはそれだけ言った。


「……違いくらい分かれよなぁ」


「分かってないのはどっちだ?外見に魅了されるな。所詮は石、道具だ」

ハルジオンはそう言って倉庫を出て行った。


「なんだアイツ……」

俺は呟く。


「なんだあいつ」

後ろのミスリルも小さく言った。


コイツ、さっきまでプルプル震えてたくせに。

イイ性格になったじゃねぇか……。


「よお、ミスリル?俺が分かるか?」

俺は出来るだけ優しく彼女に近寄った。


「分かるぅ……カジバだぁ」

ミスリルが俺の足にすり寄った。


これも全部、ただの擬態。

ただの防衛本能。

演技……。


俺はしゃがみ、ミスリルの顔を見た。


彼女の表情を見た時。

その時……ふと思った。



この表情を俺は見たことがある。



ああ……コイツは世の中に絶望していたときの俺だ……。


両親が死んで、洞窟の中で引きこもっていた時の俺だ。


ドワーフの皆に見つけてもらう前の俺だ。


「大丈夫、俺は味方だ」

俺は彼女の肩を叩く。

「なあミスリル。さっきのアイツ、見返してやろうぜ」


「俺もさ、絶望してたんだよ。ずっと引きこもってさ。でも、なんにも変わんなかった。

剣作っても、飯食っても、なんかスカスカで……」

俺は呟いた。


洞窟の蓄えが尽きても、最初は何もしなかった。

何かが起きるのを待ってた。

誰かが来てくれるのを待ってた。


でも結局、腹が空きすぎて、とにかく飯が食いたくて外に出た。

やっとできた目的。俺は必死だった。生きるために本気になるしかなかった。


外にはドワーフの皆がいた。

救いの手はすぐ側にあった。

結局、俺自身が踏み出すしかなかったんだ……。


「お前を勝手に掘り起こしたのは俺だ。……お前があまりに魅力的でさ。俺が言うんだから間違いない。魅了じゃないぜ、俺には効かないからな」

俺はミスリルを見つめる。


なんか恥ずかしくなってきた。


「何があっても、俺はお前の味方だ。まだ分かんないことだらけだろうけど、目的があれば前に進めるはず……試しにハルジオンを見返そうぜ!それはお前も同じ気持ちだろ?」

俺は言った。


ミスリルは何かを言おうとして、でも適切な言葉を知らないのか、もどかしそうな顔で口をつぐんだ。


「でも私、カジバみたいに人間じゃないんだよ……」

少し考えた後、ミスリルが言った。


「いや、今のお前めちゃくちゃ人間だぜ?いい顔になった。人間試験合格な」

俺はミスリルの額に拳の印鑑を押してやった。


ミスリルは両目をパチクリとさせる。

瞳に光が戻った。


「お前が魔王の一部ってこと。俺の両親が死んじまったこと。それはどうしようもねぇ」

俺は続ける。


「だけど、この先の運命はまだ分かんねぇ。今できる自分で変えられそうなこと、でっけぇ気持ちでやってみようぜ!」


あの日、洞窟を出た日。ドワーフに言われた言葉を俺はミスリルに送った。



「私、聖剣になるのは怖い。でもカジバは好きだし、さっきのアイツも見返したい……これは本当の心だと思う」

「応援するぜ」


この日、俺とミスリルは初めて、お互いの意思で握手を交わした。



―――――



風呂に入り、俺は今食事をしている。


食べるのも全力な俺だが、今日はちょっと居心地が悪い……。


だって、食卓の空気悪りぃ〜〜んだもん!!



昨日は晩餐会を楽しんだ。

姫様と一緒の食事。一生の思い出。

気になったのは、食べ物がちょっと冷めてたことくらい。


今日は王宮のベランダで食事をとっている。


ベランダには大きなテーブルがいくつかあり、そのテーブルの1つを、俺と姫様とミスリル、それにハルジオンの4人が囲んだ。


臣下の人がタイミングを見計らって次々と料理を出してくれる。


この形式は姫様の意向らしい。


さて、どうしたものか。


ハルジオンはあからさまに不機嫌だ。

ずっと腕を組んでいる。会話はしない。


姫さまはミスリルにシチューを勧めていた。


「はい、リルちゃんも食べて〜〜」


「いっ、嫌やぁ……」


ミスリルがそれを必死に拒んでいる。


……。


まぁいいか!!

気にせず食事楽しむとしよう。

初めての料理も多いしなっ。


うめっ!

こっちもうめっ!!



「こうやって、近い歳の友達と食事したかったのよ!」

姫様は嬉しそうだ。

彼女は観念したミスリルの口にシチューを流し込んでいる。


やべぇわこの人。


「……オリハルコンは呼ばないんすか?姫様の隣によくいるし、仲良さげですけど」

俺は鶏肉のローストを食べ終えると、姫様に尋ねる。


「いいよ、仲。でもね、あの子は大事なお仕事してるのよ」

姫様はそう言って室内に顔を向けた。


「そもそも魔鉱石は食事しないしね」

と最後に付け加える。


え?

じゃあ、なんでミスリルに食わせてるの?

こわっ。


ミスリルも「信じられないこの人……」と顔で語っている。


表情増えたなぁ……コイツ。



一方、ハルジオンは目を瞑って料理を咀嚼していた。

こちらも別の意味で観念しているようだ。


「百歩譲って鍛冶師はいい。なんで魔鉱石まで呼ぶ必要がある?」

ようやくハルジオンが口を開いた。


「これからは3人で行動する事が増える。一緒に食事すれば、もう仲間よ」

姫様が言った。


「家族ごっこか?」

「本気のごっこよ」

姫様はケラケラと笑った。



―――――



「なんだ……これは」

ハルジオンが俺の部屋の前で絶句している。


「あなたの部屋にカジバも住むから、ミスリルもね」

姫様が言った。


ん?

ここ俺の部屋じゃないの?


「ああっ!真ん中のベッド!鍛冶師、ここ使ったのか!」

ハルジオンは慌てて部屋に入った。


「ああ、昨日ぐっすり寝たぜ?」

俺はそう言って部屋に入る。


「ここは俺が使ってる……」

ハルジオンが呟く。

「昨日はいなかったぞ」

「この1週間は訓練場で寝泊まりをしていた……フレイヤ姫!」

ハルジオンが姫様の方を見た。


「ごめんね?」

姫様が首を傾げる。


ハルジオンは深く溜息をついた。


この部屋にベッドが3つあった事、もっと疑うべきだったぜ。



「ミスリルも一緒よ」

姫様がミスリルに言った。


「……あ……はい」

ミスリルは姫様と俺を交互に見た後、小さく頷いた。


「部屋の隅じゃなくて、ベッドで寝てね」

姫様がミスリルに微笑む。


「そもそも俺は許可してないですよ!ここは俺の部屋だ」

ハルジオンが抗議する。


「俺の部屋?へぇ〜。私のお城の……この部屋が?」

姫様がとぼけたように言う。


こえぇ〜〜〜〜。


「お願い聞いてね?」

姫様が一層微笑んだ。


「あ、ああ……」


はい、ハルジオンの負け〜〜〜〜!

なんで負けたか明日までに考えておいてください。



―――――



姫様は自分の部屋に戻った。


「多少強引だとは思ってたけど……ヤベェな、あの人」

俺は呟く。

「ああ、ヤベェ」

ハルジオンも言った。


「なあ、お前も"対魔力"あんの?」

俺はハルジオンにきいた。

「ん?……ああ」

ハルジオンが答えた。


なるほど。

まあ、そりゃそうか。


となると、姫様がミスリルをこちらの部屋に入れたあたり、性別よりも魔鉱石である点を考慮したんだろう。



ミスリルはいつの間にか部屋の隅にいた。


姫様の言いつけ、すぐ破りやがった……。


「わっ私……出来るだけじっとしてるから気にしないで」


いや、気になるわ。



ハルジオンはいつの間にか一番右のベッドで寝ていた。


わりぃな。真ん中もらっちゃって。


「ミスリル、お前のベッドもあるぞ〜〜」

俺は隅のミスリルに声をかけた。

「入ってみろよ、ぶっとぶぞ!」


「ぶっ飛ぶの……?」

ミスリルは青ざめた。


「いやいや。それくらい気持ちいいって事だ。無料だぞ、入っとけって!」

俺はミスリルを一番左のベットに連れて行った。


彼女は恐る恐るベッドに入る。


「そう。寝転んで、目を閉じるんだ」

旅の道中でミスリルの寝顔は見れなかった。

ノーラの話を聞く感じ、眠ったことはなさそうだ。


「……無理だよ、私は寝れない」

ミスリルは一瞬目を閉じたが、すぐに目を開けた。


「うーん。じゃあ美味いもんとか、面白いこととか思い浮かべてさぁ……」

「面白いことって?」

「例えば?……鳥になって空を飛ぶとかぁ」

「他には?」

「巨大な肉にかぶりつくとかぁ」

「他には?」

「ドワーフの皆と雪合戦するとかぁ……」

「……」

「ん?ミスリル?」


ミスリルはぐっすりと寝ていた。

コイツ……。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


またみてね!

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