7 「勇者の末裔」

「づがれたぁ〈疲れた〉〜〜〜〜〜〜ひいいいいぃい!!」


夕暮れ。

訓練を終え、クタクタになって王宮に戻る。


石造りの廊下の先で姫様が手招きをしていた。

「姫様〜俺、お風呂に入りたいです」


「分かる。でもそれは後で」

姫様はそう言うと俺を連れて大広間へと向かった。



―――――



姫様が玉座に座る。

彼女は仕事モードに切り替わった。玉座の隣にはオリハルコンもいる。


「お疲れのところ呼び出してすみません。今からあなたに合わせたい人がいます」

「合わせたいヒト?」

「もうじき来ますよ」

姫様がそう言うと、後ろの大扉が開いた。

「来たわね」



大広間に1人の青年が入ってきた。


「姫様、合わせたい人って……?」

「彼よ」

姫様は唇に手を当て、前のめりになった。

「その手、随分と激しい練習だったようね」

青年に向かって彼女が言う。


「復活、近いんで」

彼は姫様に軽く会釈すると、隣に立つ俺を一瞥した。


彼は俺より若干背が高い。

ノーラやニコラウス、最近は誰かを見上げる事が多いなぁ……。

ドワーフの中じゃ俺も長身だったんだぜ?


彼はフード付きのケープを羽織っている。

淡い桃色の髪。

前髪に隠れて少し見える目は茶色。

鋭い目つきで、表情はちょっと偉そうだ。


「日食まで約5ヶ月。新たな鉱石は敵の手に渡らなかった。焦りすぎは良くありませんよ」

姫様は深く座り直すと、玉座に手を置いた。

「適度な緊張感ですよ」

青年が冷静に言った。


彼女は一度辺りを確認すると俺に向かって口を開いた。


聞かれたくない話をするみたいだ。


「カジバ、彼の名はハルジオン。勇者ハルマの末裔よ。貴方が作る”聖剣の使い手”になるわ」


勇者の末裔?

使い手?


「そうか。たしかに聖剣作っても、使う奴がいなきゃなぁ〜」


考えてみたらそうだ。流石に俺が聖剣を持って魔王と対峙するわけにはいかない。

俺は別に戦士じゃないからなぁ。


それにしても、勇者の末裔かぁ〜。

つえーんだろうなぁ……。


つえーやつには、かしこまっとくか!!


「俺は鍛冶師のカジバ。でっけぇ武器作るから、よろしくなぁ!!」

俺は元気よく挨拶した。


「適度なサイズで頼む」と青年が返した。


「強さがでっけぇってことな……」


俺の補足は無視された。

かしこまり方、わかんねぇ……。


「フレイヤ様、コイツが次の”聖剣の作り手”なんですね。……若いな」

ハルジオンが品定めするように俺を見る。


「ハルジオンは何歳?」

俺は尋ねる。


「16だ」

彼が答えた。


「4つ上か……1桁違いは誤差だな。仲良くしようぜ!」

「フレイヤ様、なんなんすかコイツ」


「一般常識がドワーフなんです」

姫様がにっこりと微笑んだ。


なんだぁその笑みは?



「それで、前任者の方は?」

ハルジオンが姫様に尋ねた。

「未だ、行方不明です」

姫様が一瞬表情を曇らせた。


「そうですか……まあ、新たな魔鉱石が見つかったのは僥倖ぎょうこうでしたね。これで聖剣2本作れます」

ハルジオンが言う。


アンタ欲張りねぇ〜。

作んの俺だかんな?


「ランク4の鉱石って他に持ってないの?」

俺は尋ねた。


「ミスリルの前に1つ、ランク4の魔鉱石がありました。名は”アダマンタイト”。彼女は”現在の勇者”が持つ魔剣になりました」


「現在の勇者?それってハルジオンじゃねぇの?」


「コイツ何も知らないんですか?」

ハルジオンが言う。

「ここに来てまだ2日目よ。貴方が色々と教えてあげなさい」

「はぁなるほど……」

ハルジオンはため息混じりで言うと目を閉じて頷いた。


「現在の勇者”ジークフリード”。彼は最前線で敵を監視している。俺の代役としてな。勇者ハルマの末裔である俺は、世の中では死んだことになっている。敵もそう信じ込んでいる」

ハルジオンが説明する。


死んだことになっている?

どういうことだ?


「勇者ハルマは戦いの後、バルドールを含む光の大地と闇の大地の境界に”城塞都市ノルンの眼”を作り、均衡を保とうとした。ハルマの子孫は代々その都市の領主をしながら闇の勢力の監視をした」

ハルジオンは淡々と話す。


「だが16年前にサイレンスが力を取り戻した。奴らは俺の両親を殺したことで勇者の血が絶えたと思っている」

ハルジオンの表情が険しくなった。


彼も両親を殺されたのか……。

なんだか、他人とは思えねぇな。


ハルジオンは16歳。

16年前ってことは……生まれたばっかじゃないか?


「赤子の俺は守護者エレオノーラに守られて密かに生き残った。だが、彼女は俺を死んだことにした。敵から身を隠し、力を蓄えるためだ」


ノーラ、アンタいい仕事しすぎだろ……。

守護者の肩書きは伊達じゃないなぁ。


「ジークフリードは勇者という象徴を絶やさないように後継を名乗り出てくれた騎士だ。俺はもっと強くなって彼の守った勇者の座につかなければいけない」

ハルジオンは顔の前に持ってきた拳を力強く握った。


「ハルジオンが勇者の末裔であることは限られた人間しか知りません。大半は私の護衛だと認識しています。くれぐれも内密に」

姫様は口の前で人差し指を立てた。


「ああ。よく分かったぜ!!」

俺は元気よく返事をする。


「心配だ」とハルジオンが呟いた。


正直、まだまだ分からんことは多い。

だけど、とにかくやるぞ!

彼のためにいい聖剣を作ってやる!

2本な?



そう思いながら伸びをすると、なんだが無性にミスリルに会いたくなった。


彼女のご尊顔を丸一日浴びていない。

やっぱり魅了されてるかもなぁ?俺。


「ミスリルは今どこです?会いたいんっすけど……」

俺はオリハルコンに尋ねた。

オリハルコンは一瞬痙攣すると、俺から目を逸らす。


あぁ〜?

怪しいなぁ。


「あーそれが」

姫さまが眉間に人差し指を当て、微妙な顔をした。

「見てもらった方が早いかな……」



―――――



「おしまいだ……おしまいの石だ……」

ミスリルが部屋の隅で呟いている。


ここは王宮の倉庫。

俺と姫様と微妙な表情のオリハルコン。ついでに連れてきたハルジオンがいる。


なんてこったい。

目を離したらミスリルが絶望していた件!


なんだこの状況は。

どうしちまったんだミスリル!


こんな情けねぇ顔するのかよ、コイツ……。


人間だったら涙と鼻水でぐしゃぐしゃだろうなぁ……。

幸い彼女は何も分泌してない。鉱石だもの。


「なにごと?」

俺は姫様に聞いた。


正直こんなの見たくながったっ!!!!!!


彼女の瞳にまったく輝きがない。あんなに澄んでいたじゃないか……。

めちゃくちゃ人様に見せちゃいけない顔してるぅ!!!


「えっとね。オリハルコンが彼女に色々教えてあげたの。そしたらこんな感じになっちゃった」

玉座を降りたのでフランクモードな姫様。


「自我の目覚めですね。超ウケる」

オリハルコンが言う。


おめ〜〜〜〜〜〜よぉ!!!


信じて送り出したミスリルだぞ!?


「昼間会った時は元気にしてるって言ってたじゃないっすか!」

俺は吠える。

「昼間会った時は元気だったんですよ」

オリハルコンが言う。

「……一体何を教えたんですか?」

「この世の始まりから終わりについてです。世界の真理?」


やめたれよ……。


「真面目にいうとね、本当にイジワルはしてないんだよ。私も一緒だったけど、いきなり自我が目覚めたの」

姫様がフォローする。


「硬度はエグいのに、メンタルは脆かったのです」

オリハルコンはまたよく分からん語彙で言った。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


本作に登場する武器と種族をかんたん解説!


番外編!


■アダマンタイト

神話に登場する超硬度金属。

元々はダイヤモンドや磁石を意味する古語『アダマント』が由来だよ。


またみてね!

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