6 「聖剣到達の条件」

「アンタ達も”錬成魔術モーフィング”が出来るのか?」

俺はニコラウスに尋ねる。


「出来るよ。この鍛冶ギルドには多くの職人がいるが、今日集まった4人は全員モーフィングが出来る。君のようにミスリルをモーフィングすることは残念ながら出来ないがね」

ニコラウスはそう言うと、3人の職人と共に俺の前に立った。


「改めて自己紹介だ。俺はニコラウス、防具職人をしている。本当は金銀細工が好きなんだが、必要に駆られて鎧作りを独学で学んだ。ハサミなどの日用品も作る」

彼はそう言った。


「そういえば、姫様が立派なハサミを持っていたんだけどさぁ」

俺は銀のハサミを思い出した。

「あれは俺が作ったんだ。フレイヤ様はここをよくご利用になる」


ニコラウスの次に、気だるそうな青年が口を開いた。

「フーゴ、よろしく」

彼はそれだけ言った。


「彼は調理用ナイフの名人だ。調理器具、食器などを作ることが多いかな」

ニコラウスが補足する。


次に立派な髭の大男が前に出る。

「アードルフだ。魔鉱石を使って戦鎚や戦棍メイスを作っている。光の騎士団の武器はほとんど俺が作った」


最後に赤毛の女性が前に出る。

「オーラよ。名乗るなら……農具職人のオーラになるかしら」


「どっちかっていうと、蹄鉄ていてつのオーラだろ?」

とアードルフが笑う。


蹄鉄とは、馬のヒヅメに装着する保護具のことだ。


クワスキも作るわよ!!」

オーラはむすっとした。


「俺はカジバだ。今までドワーフの仲間と武器を作ってた。ここには”聖剣”を作りにきた」

俺はそう言って全員と握手を交わした。



「さてと。魔王復活は待ってくれないからね、知識と経験を君に詰め込ませてもらうよ」

ニコラウスが腕を捲る。


「知識かぁ……。俺、モーフィングについて全然知らねぇんだ。王宮でやったのが2度目だったし」

俺は自分の手のひらを見た。


「それじゃあ、まずはモーフィングについて教えよう。モーフィングを初めて使ったのは"勇者ハルマ"だ。戦いの後、彼の作った鍛冶ギルドのメンバーが後世に伝えていったんだ」


ニコラウスはそう言うと、テーブルに置いてある鉄鉱石に手を触れる。


火花が散り、手元が輝いた。

光が流れるように形を変える。

そして手元には散髪用のハサミが現れた。


素材は違うけど形状と細工は姫様の持っていたものと同じだ。


「おぉ……」

俺は手を叩く。


「簡単に言うと、魔力で鍛治工程を圧縮し瞬間的に道具を錬成する魔術」

ニコラウスはチョキチョキとハサミを動かした。

「素材と工程について深く理解していれば、どんな道具も瞬時に作り出せる」


「俺、そんなに意識してやってないっすよ」


「君は今までの鍛冶経験を頼りに無意識にモーフィングをしているようだ。普通は上手くいかないが、もしかしたらミスリルの魔力が補助していたのかもしれない」

ニコラウスは顎に手を当てる。


「次に俺たち4人と君の違いについて話そう。俺たち4人はミスリルなどランク4以上の魔鉱石をモーフィング出来ない。君はできる。その違いは”対魔力”があるかだ」


対魔力ぅ?

……そういえば王宮でオリハルコンが言っていたな。


「対魔力の説明を受けたかい?」

ニコラウスが尋ねた。

「いいやぁ、知らない」と答える。


「対魔力とは『魔力を抑え込んだり、打ち消す力』のことだ。これは生まれ持った才能だから後から獲得することが出来ない」


「俺にはそれがあったのかぁ」


「そうだね。かなり強い対魔力を持っているみたいだ」

ニコラウスは腕を組み、頷いた。

「ランク4以上の魔鉱石は”生物擬態”をする。ミスリルやオリハルコンは人間になっているよね。俺たち4人のように対魔力のない職人はここでお手上げだ。でも対魔力があれば、その擬態能力を押さえ込み、鉱石の状態に戻すことでモーフィングできる」


俺、無意識でそんな事してたのか……。


思い返すとミスリルは剣になる前に一度鉱石に戻っていた気がするなぁ。

俺の対魔力のおかげか。


「そしてもう一つ。対魔力には重要な点がある」

ニコラウスはそう言って人差し指を立てた。


「それは魔鉱石の持つ『魅了効果を打ち消す』ことができる点だ」


え?

俺って魅了を打ち消せるの?


「俺ぇ、てっきりミスリルに魅了されてると……」


その言葉にオーラがクスッと笑った。


「それは単に外見が好みだったんじゃないかな?魅了効果はね、もっと恐ろしいんだよ。その石のことしか考えられなくなって周りの人達が全て石を奪う敵に見えてくるんだから」

オーラが言う。


俺はミスリルの事を考えてみた。

美しい銀の髪、瞳、白い肌……。〈おっぱい〉


うん。

『それしか考えられない』とかは全然ねぇや!!


「じゃあさ。ニコラウス達はミスリルに魅了されちゃうのか」

俺は尋ねる。

彼らは対魔力がないんだからなぁ。


「人間の擬態が解けたら、少なからず魅了されてしまうだろうね」

ニコラウスが言う。

「大広間では君の作った”ミスリルの剣”をオリハルコンにしか触らせなかった。魅了効果を警戒してのことだ」


うーん。

そう考えるとめちゃくちゃ危ないな……ミスリル。


「でもな。俺たちは”魔力耐性”をつけているから普通の奴より魅了効果を受けにくいんだ。だから魅了されずに魔鉱石で武器が作れる」

アードルフが言った。


「魔力耐性?」

俺は首を傾げる。


「”対魔力”は生まれつきの才能だ。それに対して”魔力耐性”は訓練で獲得できるものだ。対魔力ほどでは無いが、魔術効果が効きにくくなったり、魔力に耐えられるようになる。この国は特に魔力耐性の訓練に力を入れていてね。俺たち鍛冶師や、光の騎士、上流階級の人々は皆、魔力耐性をつけている。王様や姫もね」


ニコラウスはそう説明すると「これで現在出来ることを把握できたかな?」と俺に確認をした。


「多分」と俺は返す。


「では次にいこう。聖剣作りのために君に達成して欲しい事を特別講師から伝えてもらう」

ニコラウスはそう言うと、工房の出入り口を見た。


「特別講師のオリハルコンさんです!!」

彼の声と共に、黄金の髪の美女が工房に入ってきた。


「ババーン。ご機嫌よう、オリハルコンです」

彼女はそう言って俺の前に立った。


なんじゃい、このノリは……。


「ミスリルは元気にしてます?」

俺は苦笑しながら尋ねた。

「ええ、元気ですよ。活きがいいですね」

とオリハルコンが答えた。


活きは良くねぇだろ。



オリハルコンはコホンと咳をすると、真剣な顔になった。

「私からは聖剣作りの必要条件を伝えます。聖剣完成には最強の錬成魔術”カジバノチカラ”に到達する必要があります。その到達条件は……。


1、モーフィングを完全習得する。

2、五大属性の魔力を習得する。

3、ミスリルをランク5にする。


この3つです。


3つ目の『ミスリルをランク5にする』については1と2をすることで達成出来るはずなので、カジバ様は1と2の項目を死ぬ気で頑張ってください」


オリハルコンは指を折りながらそう説明した。


「ニコラウス様たちには1の『モーフィングを完全習得する』を手伝っていただきます」


オリハルコンは説明を終えるとあっさり帰っていった。



―――――



「それじゃあ早速始めよう」

ニコラウスが言った。


「うっす!!」

俺は拳を突き合わせた。


工房で金槌を使わないことにはまだ慣れないけど……。


というか、俺の金槌はもう無いんだった……。

形見の金槌……。

父ちゃん、母ちゃん見ててくれよ。


「モーフィングが出来るのは卓越した鍛冶技術がある証拠だ。胸を張って取り組もう」

ニコラウスはそう言うと、廃材の集まった場所に向かった。

「手始めにナイフを作ってもらう。鍛冶工程の圧縮が適切にできているかをナイフの強度で見極める」


「ナイフゥ?」

俺は表情を緩めると腕を組んだ。


「モーフィングは一瞬で武器を作るが、その中には『素材を叩き伸ばす』『焼き入れ』『磨く』など、しっかりと工程が存在する」


ニコラウスはフーゴからナイフを受け取るとそれを軽く振った。


「君にはそれらの工程をしっかり意識的してもらう。モーフィングに慣れて手作業よりも短く、強力な武器を作るんだ。それが聖剣作りの第一歩だよ」


「うっす!!」


ニコラウスは廃材を指さした。

「あの中から好きな素材を選んでナイフを錬成するんだ。柄の材料も選ぶように」


「しゃあ!!」


俺は廃材の前に立った。

ミスリル以外の素材は初めてだなぁ……。


ミスリルで作った長剣は、父ちゃんの形見をイメージした。

あの剣は何度か再現したことがあるものだった。

工程が頭に焼き付いていたんだろうなぁ。


……となると。

ナイフも以前作ったものをベースにした方がいいだろう。


俺はドワーフの里で作った狩猟刀ハンティングナイフを思い浮かべた。


「よし、イメージ沸いたぁ!!」


廃材の中には、農具の部品や余りの鉄がある。


この工房は仕事場では無いと言っていた。

廃材もそこまで種類はない。

余りの鉄は……量が少し足りないか。


俺は廃材の中から鉄の車軸に目をつけた。これがいいかもしれねぇな。


俺の様子を見て、アードルフがフフンと笑う。

どっちか分からん反応だ。


柄の素材は、そうだなぁ……。


俺は工房を見渡すと、手に取った車軸をテーブルの上に置いた。

「このテーブルが一番いいや!!」


「え?」とオーラが声を出す。


俺は両手を挙げると、車軸とテーブルの両方に一気に手をついた。


錬成モーフィング!!」


バチッと火花が散り、周りの皆が少し下がる。

俺の手に狩猟刀が出現した。


出来たぜぇ……。

これは良く切れると思う。


俺はナイフをクルクルと回す。

ん?

手の収まりがイメージより悪い。


「あっあああああ〜〜!!」

突然オーラが膝をついた。

「私のテーブルぅ〜〜」



テーブルの上。

俺の触った辺りはポッカリと穴が空いていた。当たり前だ。俺はテーブルの素材をナイフの柄にしたんだから。


「テーブルは素材じゃ無いよ」とニコラウスが笑う。


「でも、ここに剣をたてかけられるぜ」とアードルフも笑った。


「カジバ君、だめだよ〜〜」

オーラがこちらを見る。


「後で戻せば良いっすよ!!」


そう言うとオーラは「それもそうだわ」と冷静になった。


「それはそうと出来はいいね。フーゴに渡してくれないか?」

ニコラウスはナイフを指さす。


俺はナイフをフーゴに渡した。

彼はそれを受け取ると軽く振った後、木材を持ってきた。

そして木材にナイフを叩きつけ始めた。


「おいぃぃぃ〜〜〜〜!!!!!!」

俺は叫ぶ。


やるにしても、もっと丁寧にやれよっ!!


フーゴは木材をひとしきり叩いた後にナイフの刃を観察した。

「ちょっと脆いね」と彼は気怠げに言う。


若干腹立つな、コイツ。


「これは以前作ったことがあるね?」

一連の様子を見ていたニコラウスが俺に尋ねた。

「ダメっすか?」と俺は聞く。

「いいや、正しいよ。以前作ったものと比べてこのナイフに何か違和感はあったかな?」

ニコラウスが言った。


「……手の収まりが違う。あとは、ちょっと重いかな」

俺は素直に答える。


「多分、前のやつはもっと頑丈だったはず」

フーゴが呟いた。


「当分の課題は以前作ったものと同等の質にすることだね。劣化させてはいけないよ」

ニコラウスが言った。


「やったるぜ!!」

そう言うと、ふらっと立ちくらみがした。

俺は額に手を当てる。


「1回のモーフィングでバテないようにする事も課題だね」

ニコラウスは微笑んだ。


「やったるぜぃ……」



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


本作に登場する武器と種族をかんたん解説!


戦棍メイス

古代からある殴打武器。柄の先には球根型の頭部がついているよ。頭部に突起物がついたタイプも存在するよ。



番外編!


クワ

土壌を掘り起こす農具。長い柄の先に平たい鉄がついており、鉄の一端には刃がついているよ。


スキ

牛や馬に引かせ、畑や田を耕す農具。


またみてね!

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