第38話 愛の勇者
正妻の選択――
一枚の板を隔てた向こうには俺が選んだ未来が待っている。
俺はドアに向かい合うと、覚悟を決めて何の予告も無く開け放った。
「結婚してください!」
――取り敢えず形式上、言ってみた。
部屋へ飛び込むと、窓から差し込む陽光が目に入り俺は視界を失った。
おぼつかない視界の先、人がいないはずなのに――
部屋の奥に置かれた椅子から、人影が立ち上がるような気配がした。
「うふふふ……」
上品な女性の笑い声――
(誰だ?)
ゆっくり目を開けると。
辺り一面真っ白な世界だった。
「は?」
徐々に視界が戻ると、目の前には背中に六枚の羽根を持つ美しい女性がいた。
彫刻で見た神々にように白く薄い着衣をつけ、長く美しい銀髪をなびかせる彼女は自らを女神アモーレと名乗った。
――そう、俺はこの女神を知っている。
「勇者ユウトよ。いかがでしたか? 貴方が選んだ世界は?」
「俺が選んだ世界?」
「そうです。貴方は人間たちによって処刑され、死後、仲間と共に魂がここへ召し上げられたのです」
女神アモーレがパチンと指を鳴らした。
目の前に巨大なスクリーンが現れる。
そこには中世ユーロッパを思わせる街の広場で、俺が火刑に処されるシーンが映し出された。
それだけではない。
続いて三人の
「――――っ! モア、カホ、ユイナ!!」
スクリーンに向かって俺は叫んだ。
まるで焼ける匂いまで漂って来そうな情景に俺は涙を流した。
「思い出しましたか?」
ハッ!
女神の言葉に我に返った。
そして自らの状況を悟り、慌てて袖口で涙を拭った。
「ああ、とんだショック療法だったがな。俺たちは魔王討伐に失敗して、腹を立てた王侯貴族や、民衆どもによって処刑されたんだったな?」
だんだん、記憶が蘇り、自分が勇者だったことを思いだした。
三人の
姫騎士のモア、田舎の修道院で孤児と暮らしていた聖女カホ、そして何の取り柄も無い幼馴染のユイナ、この三人の仲がすこぶる悪かったからだ。
全ての
「そうです。そして、貴方は平和な世界を望み、私はそこへ送りました。仲間三人の望みは『ユウトと同じ場所へ』だったはずです」
「確かに…… うん? 変じゃないか? 平和な世界へ送られたなら、何で俺はここにいる?」
――そう、転移だか転生だか知らないが、俺は平和(笑)な世界で三人の女性の中から正妻を選ぶ過酷な試練を受けていた。
「勇者の生命力って凄いですね。驚きましたが、火刑台で息を引き取ったはずの貴方が、蘇生してすぐに、死んだのです。その間隙を利用して、今一度貴方を三人の魂と一緒にここへ呼び寄せました」
難しいことは分からないが、どうやら俺は二度死にしたらしい。
その二回目の死を切っ掛けに、試練中だった俺と、三人の仲間の魂をここへ呼び寄せたと言う。
「話を戻しますが、貴方が選んだ世界はどうでしたか?」
「最悪だ。やっとの思いでお互いを認め合ったというのに、なんで邪魔ばかり入るんだよ!」
正直言って、平和な世界へ行っても仲間たちが俺で揉めるとは思わなかった。
ソレを以て『最悪』と断じた。
「ふふふ…… 思った通りです。なぜ、そんな世界になったと思いますか?」
「さあな」
思った通りならその前に何とかして欲しい。
ぶっちゃけ、何でそうなったか、なんて人間である俺に理由なんて分かるはすがない。
「時間がないのですから、ちゃんと答えないさい」
「知るか!」
イライラが募り、思わず女神を怒鳴りつける。
すると女神は困ったような表情を見せて――
「ああ、もう! 特別ですよ! 貴方が希望した世界を間違えたからです。思い出してください。貴方は何て希望したのかを」
もちろん覚えているさ。
「……仲間と平和な世界で暮らしたい、だったよな?」
「そうです。貴方は平和な世界で、誰を一番にするか選択を求められましたよね?」
そう言って、それぞれ異なる色に輝く三つの球体を取り出した。
女神アモーレが言う。
「あなたが選んだ人はこれですか?」
そう言って赤い球体を示した。
「いや、彼女じゃない」
次にピンク色の球体を示して、
「それともこの人ですか?」
「彼女でもない」
最後に白く輝く玉を掲げる。
「では、この方ですね?」
「ぜんぜん、分かっていないな」
俺の不遜な態度に、女神がイラッとした表情を浮かべた。
「一体、どれなんですか?」
「選べない…… 選べないんだよ! だから全部! 全部よこせ!」
「だったら、先程と同じ世界になりますよ?」
それは俺にも分かってる。
ただその世界は俺が望まない世界だった。
そして気付いた。
今まで俺を見守ってくれた人のことを。
そうか!
そうだったのか!
「女神アモーレ、貴女は分かっていない。俺が言っている中には貴女も入っている!」
「――満点の回答ですよ、優斗さん」
「恐れ入ります。女神アモーレ―― いいえ、お母さま」
俺は前の世界でそうしたように深く頭をさげた。
「ふふふ…… やっぱりあなたは面白いわ」
女神アモーレは仲間の魂と思われる三色の球体を自らの手の中で七色に輝く一つの小さな球体に統合して、飲み下した。
そして、今度は俺を真っ直ぐと見ると、
「それでは、お元気で」
嬉しそうに微笑んで、再びパチンと指を鳴らした。
その動作を合図に、俺の身体は光に包まれた。
次第に薄れる意識と視界の中で、光の粒となって消えて行く女神アモーレが『ありがとう』と言った気がした。
・
・
・
明日の修学旅行を控え、俺は自分の部屋で休んでいた。
高校二年の修学旅行だと言うのに、行先は京都――
他の高校は北海道や、沖縄へ行くと言うのに少しは生徒の気持ちも考えて欲しい。
そんな時――
バタン!
突然、大きな音をたてて俺の部屋のドアが開き、幼馴染の西島唯奈が入って来た。
「あっ! 優くん! またそのゲームをやっているの? だいたい、私と言う可愛い彼女がいるのに恋愛趣味レーションをするって何よ!」
唯奈は俺がゲームをしているのを認めると、マシンガンの様に言葉の弾幕を浴びせた。
確かに可愛いのは認める。
背は低めだが、芸能事務所からスカウトが来るほどの銀髪ロングヘアーの美少女。しかも、今を時めく大企業、西島ホールディングスのご令嬢だ。
こんな高嶺の花が幼馴染で恋人なんて、俺は一生分の運を使っちゃっているのではないだろうか。
だが、趣味は別だ――
「う、煩いなぁ。そんなの俺の勝手だろう?」
「あっ、そういうこと言っちゃうんだ? 主人公に自分の名前を付けるだけでなく、ゲーム内の幼馴染ヒロインに私の名前を付ていたじゃない! 私にも一言二言文句を言う権利くらいあるよね?」
頬を膨らませ前かがみになり、腰に手を当て、もう片方の手で人差し指を立てる。
いつも俺を嗜めるときに、決まって唯奈が取るお得意のポーズだ。
「ごめん、もう終わったって……」
「明日から、修学旅行で京都なんでしょ?」
「うん。お土産買って来るから楽しみにな」
ご機嫌を取ろうとしたが、彼女の顔は優れない。
「うん。でも、少し寂しいよ……」
俺との距離を縮める唯奈。
「なんだよ、大学二年生にもなって恥ずかしいぞ?」
「だって……」
上目遣いで不満そうに口を尖らせる。
これは甘えモードだ。
「もう、馬鹿だなあ。ほら……」
「う、うん」
椅子に座ったまま両手を広げると、恥ずかしそうに唯奈が距離を詰める。
手を取り僅かな力で引き寄せると、丈の短いスカートを履いているのに俺と向かい合わせの状態で膝に乗って来た。
小さいくせに俺の身体と同じくらい両足を広げて、跨るといった格好――
抱こうと思い背中に両手を回したらまだ遠い。
なので、その手をそのまま下へ滑らせた。
お尻に手を添え、ぐっと引き寄せ、座り位置を変えさせる。
思った通り、俺たちの上半身から下腹部までがぴったりと密着した。
「ちょっと、優くん! は、恥ずかしいよ……」
声を抑えて、唯奈は俺を制止する。
だが、もう遅い。
「俺は寂しいんだぞ……」
弱気な発言は唯奈の弱点――
そんな言葉を発すると急に彼女の中のお姉さんが頭を起こして何でも許してくれる。
「ねえ?」
「何?」
「固くなっているよ?」
(馬鹿だなぁ。あててるの!)
俺の身体のことだ、当然ソコがそうなのは分かっている。
「大好きだから」
「そうなんだ…… ねえ、優くんが帰ってきたら一緒にアレ、買いに行かない?」
「ああ、待たせてごめんな」
「うん、私も、初めてだから……」
既に身体は密着しているのに、さらに両手に力を込めて互いに抱き寄せ合う。
やがて、お互いが納得いく体制になって、そっと唇を重ねた。
机上のモニターには、先ほど終えたばかりの恋愛シュミレーションゲームのスタッフロールが流れ切り、最後にトゥルーエンドの文字が表示されていた。
おしまい
――
本編は終わりですが、ちょっと忘れ物が有るのでそれを回収するため蛇足ですがエピローグがあります。
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