第37話 不都合な三択

 学校で成績表を受け取った俺たちはそのまま萌亜の屋敷へ向かった。

大学生の果歩や、既に社会人となった唯奈とは月島邸へ行く途中で落ち合った。

萌亜の家へ行くせいか、二人ともバッチリおめかししている。


「唯奈…… 久しぶり」

「うん。私ね、今、頑張っているよ」


遠慮がちに唯奈が口を開いた。

実際には唯奈が学校をやめて一カ月もたっていないのだが、身体は引き締まり、美しさを増していた。

(本当に頑張っているんだな)


「ああ、タレントを目指しているんだって? 聞いたよ」

「知ってたの? 嬉しい」

「今までごめんな……」


頭を下げた。


目糞鼻糞を笑うという諺があるが、俺はそれを唯奈にしてきた。

彼女は同類だと言うのに。

俺には唯奈を責める資格なんて無かったのだ。


「ううん。悪いのは私の方だよ。これからは一生懸命頑張って、優斗を私のファンにしてみせるんだから」


すでにタレントのオーラを纏いつつあるのだろう。

そう話す唯奈は眩しかった。


「ああ、楽しみに待っている」

「えっ? 嫌がらないの?」


唯奈がびっくりしたような顔をする。


これまでの俺なら、拒否するなり、引くなどしただろう。

素直に応える俺に、不思議そうな顔をする唯奈――


「ああ。俺も大人になったんだ…… あ、お前の考えるような大人じゃないぞ? とにかく応援している」


偽りのない本心だ。

彼女がデビューした暁には、テレビで見ようと思っている。


「もう! 分かっているよ。でも、ありがとう。グッズ出来たらたくさん買ってね」

孫の手グッズはいらね。てか、そこは『ファン一号になって』って言う所だろう?」

「えへへ……」


軽口を叩き合う俺たち――


一瞬だが、幼馴染だった頃の時間が戻ったような気がした。

オールクリアと言う訳では無い。

それでも、俺は嬉しかった。


そんな時、萌亜の声が遮った。


「――お喋りは、その辺にしませんか?」


その言葉を合図に、気を引き締め直す俺たち。

邸宅へは自信をまとった萌亜を先頭にして、俺を含むほかの皆でついて行く。

玄関の前で一度、立ち止まった萌亜は――


「お母さまに報告して、一番を決めるお知恵を借りましょう」


なんて言い放つ。

いつから、そんな話になったのか?

その言葉を聞いた果歩は微笑を浮かべて見守り、唯奈は首を傾げる。


「ねえねえ、優斗。一番を決める知恵を借りるって何のこと? 私、聞いてないんだけれど?」

「このカオスな状態に秩序を持たせたいんだと」

「もっと簡単に言ってよ!」


頬を膨らませる唯奈――

てか、あざといぞ。


「んー、正妻を決めるんだって」

「えっ? じゃあ、ここにいる私にもワンチャンあるの?」

「タレントになるのだろう? でも残念ながら、そういう事だと思う」

「やった!」


ぴょんと跳ねて俺の背中に抱き着いた。

急激に馴れしくなって行く唯奈に、俺は何とも言えない感情を覚えた。


はぁ……


久しぶりに訪れた月島邸は、相も変わらず豪華で、初めての果歩や、唯奈は完全に雰囲気にのまれている。

うん、未だに俺も慣れないんだ。


その様な中、いつもより広めのティールームに通された俺たちは、萌亜と俺が前面に立ち、お母さまに向かい合った。


「久しぶりですね。萌亜さん、優斗さん」

「こんにちは、お母さま」

「ご無沙汰しています。お母さま」


久しぶりに会うお母さまは、俺と萌亜の顔を交互に見ると、嬉しそうに笑顔を浮かべた。

そして、今更のように――


「後ろの子たちは…… 初めてでしたわね。私は月島由香里つきしまゆかり、そこにいる萌亜の母です」

「はじめまして、清水果歩と申します。大学二年生です」

「はじめまして、西島唯奈です。高校中退、現在は芸能事務所に所属して黒鳥ユイと名乗っています」

「まあ、ご丁寧に有難うございます。こちらこそ宜しくお願いします」


お母さまが会釈をすると、つられて二人も会釈した。


完全に二人とも、お母さまの纏うオーラに押されている。

安心しろ、一般人なら皆そんな反応をすると思う。

そもそも、この人は上級国民のジジイすら震えあがるんだぜ……


「それで、萌亜さん、本日は何の用ですか?」

「実は…… ここにいる女性三人。皆、優斗のことが好きなのです」

「まあ、優斗さんったら。随分と甲斐性がお有りですこと……」


お母さまは俺を見て微笑んだ。

そんな俺はぶるっと震えて目を伏せた。


「それで?」

「若い私達ではありますが、全員、優斗を愛しており、何あっても離れる気はありません。ですが、婚姻届けを出せるのはたった一人。つきましてはお母さまにお知恵を貸して頂きたく……」

「あらあら…… 貴女達は雁首揃えて、恋の決着も付けられないと、言っているのですか?」

「ありていに言えば、その通りです」


呆れたような顔をするお母さま。

うわ、これは芳しくない感触――

その証拠に萌亜の身体が硬直している。


「萌亜さん、何が問題なのですか? 優斗さんが、婿入りして。他の子たちは妾になれば終わりよ?」

「ですが……」


お母さまの言っていることは分かる。

たぶんその方法がベストだろう。

しかし――


「ですが、皆、気持ちは一緒なのです。自分こそが正妻になりたいのです。ですから……」

「そんな事ですか? 優斗さんに選んで貰えば良いじゃないですか? 何、話をややこしく考えているのですか?」


心底困ったようにお母さまは溜息をついた。


「その方法が…… 問題でして…… 皆の前で選んで貰うと、選ばれなかった人の悲しむ顔で苦しみます。逆に二人きりの時に告白されると、選ばれなかった人が抜け駆けしたと思うかもしれません」


あらためて聞いてみれば何でもない。

萌亜の言う事は分からなくもないが、皆の気持ちを考えすぎてガバガバな気がする。


だが、それもこれも俺が優柔不断だからいけないのだ。


「全く…… では、こうしましょう」


何かを思いついたのか、お母さまが声のトーンを上げる。


「早坂、色紙いろがみを三枚持ってきてください」

「畏まりました、奥様」


暫く待つと、赤、桃色、白の色紙が目の前のテーブルに並べられた。


「では、萌亜さん、果歩さん、唯奈さんそれぞれ色紙を取りなさい」


萌亜は赤、果歩は白、そして唯奈は桃色を手に取った。


「では、早坂について行きなさい。そこには四つの部屋があります。それぞれ、好きな部屋を選んで、色紙を部屋のドアの外側に張りなさい。暫くして優斗さんを行かせますから、それまでその部屋で大人しくしていなさい」

「お、お母さま?!」

「優斗さんは黙っていなさい」

「はい」


三人の少女は早坂さんに連れられて、ティールームを後にした。

部屋を出て行くとき、萌亜が最後まで俺の顔を見ていたのが印象的だった。


「優斗さん、貴方はとことん私を楽しませてくれるわね。良いですか、貴方が誰を選ぼうと悪いようにはしません。だから、自分の気持ちに素直になって選ぶのです。良いですね?」

「は、はい…… お母さま……」


俺はクズだ。

同時に三人もの女性を好きになってしまったガチクズだ。

なのに、三人も、そしてお母さままでもがこんな俺に優しい。


「良いですか? 忖度そんたくなしで選ぶのですよ?」

「はい」


お母さまの念押しに、俺は深く頷いた。

すると、俺たちが話している間に戻ってきた早坂さんにお母さまが命じた。


「早坂、優斗さんを案内してあげてください」

「はい、奥様。では、優斗様はこちらへ……」


早坂さんが、先ほど三人が出て行った扉を開けて俺の前に立つ。

正念場だ。


「お母さま、行ってきます」

「はい、行ってらっしゃい」


パタン……

俺の後ろで静かにドアが閉まった。





 やっと…… やっとここまで来た。

やり直すには、これが最後のタイミング――

しばらく、動きを止めて耳をそばだてる。


 日本屈指の企業、月島ホールディングス。

そしてその代表、月島一。

しかし、この企業を裏から牛耳っているのは、その妻、由香里その人である。


そもそも月島家は女系一族だ。

何の呪いか、生まれる子供は女児ばかり。


その為、この家に生を受けた女児は、政略結婚することが宿命づけられていた。

愛や恋などは、二の次――

すべては家のため、会社のため。


ゆえに、一般庶民にとってあたりまえの恋愛結婚など、月島家の女性にとっては夢物語なのだ。


――女は何歳いくつになっても女


「行ったようね…… では、私もそろそろ参りましょうか」


由香里は立ち上がると、音を立てないように別のドアからティールームの外へ出た。





 長い廊下を早坂さんについて歩く。

程なくして、廊下の先に四つの扉がある場所までやって来た。

(はじめてくる場所だ)


すでに、先に部屋を出た三人の姿はなく、代わりに部屋のドアには赤、白、桃色の色紙が張り付けてある。

そして、最後の一部屋には何も張られていない。


「優斗さま、こちらでございます」


一番手前のドアから少し離れた所で早坂さんは立ち止まった。


「四つの部屋の中から、部屋を一つだけ選んで頂きます。ドアに張られた色紙は中にどなたが入っているかを示しています。優斗さまは意中の女性のドアをノックせずに中へ入ってください。ドアを閉めた後、中の女性にプロポーズしてください」


やることは分かった。

プロポーズの言葉や、その瞬間を他の女子から隠し、ショックを和らげようと言う効果を狙っている。

しかも、参加した女子には等しくプロポーズされる機会が与えられている。そのため、さっきの話題で問題になった抜け駆け感は解消されていると言って良い。


「それでは、私はこれで……」


慇懃に頭を下げると、早坂さんはその場を去って行った。


(あれ?)


そう言えば、三人の女子に対して部屋が四つある。

まあ、色紙で中に誰が入っているのか分かるなら、気にする必要もないのだろうが……


たぶん、あの部屋はお母さまなりの配慮だ。

俺が一番の女性を選べなかったときの逃げ道として、お母さまが用意してくれたのだろう。

(さすがです。お母さま……)


俺はゆっくりと歩きだした。

最高の女性、最善の女性、そして幼馴染。

今、俺の頭の中は、走馬灯のように彼女らとの思い出が駆け巡った。


令嬢なのに気配りができる萌亜――

彼女とは、お互いに背中を預け合う戦友のような関係だった、と思う。

萌亜と俺は、様々な困難を乗り越え今は固い絆で結ばれている。


底抜けに優しく、お人好しな果歩――

旅先で路頭に迷う俺を助け、俺のファーストキスを奪った小さなお姉さん。

彼女を正妻にすれば他の子にも優しい奥さんになるだろう。


そして、裏切者の唯奈――

俺の初恋の人、初めての彼女……

そして、俺と別の男天秤にかけ、俺を捨て去った幼馴染。そればかりか、修学旅行先の旅先で俺を捨て去った。

だが、俺も彼女と同類だという事を考えれば、俺に相応しいかもしれない女性だ。


やがて一つのドアの前に来ると、俺は立ち止まった。

俺はドアに向かい合うと、覚悟を決めて何の予告も無く開け放った。



「――結婚してください!」



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