第35話 京都

「間もなく京都です。今日も新幹線をご利用くださいまして有難うございました。京都を出ますと、次は新大阪です」


 京都駅にのぞみ号が入る。

アナウンスが流れる前から降車口に陣取っていた俺は、ドアが開くと同時にホームへ飛び出した。


強い悲しみを感じた人は、その原因となる人物や出来事のあった思い出の地を踏むと言う。

その知識に基づき俺は行動する。

ちなみに、情報源はテレビのドラマや、映画、そしてエロゲーだ。


駅前のタクシー乗り場からタクシーへ乗り込むと、運転手さんはバックミラー越しに怪訝な表情を俺に向けた。


「何処へ行きます?」

「円山公園へお願いします」

「はい」


タクシーは静かに走り出し、京都駅を後にする。


「お客さん、学生さんですか?」

「はい」

「こんな時間に、どうされたのですか?」

「いや…… 」


煩い運転手さんだ。

どうされたって、女を探しに来たとか正直に言える訳ないだろう。


「ふらっと行きたくなって、誰にでもあるでしょ? こんな日が……」

「若いですもんね。悩みもありますか」


以降、運転手は口を開かなくなった。

空気を読んで、気を利かせてくれたのだろう。


タクシーの窓から外を眺め萌亜を思う。


初めて会った時、彼女はまだ俺のことを知らなかったっけ……

そんなことを考えていると、


「お客さん、着きましたよ? 千五百円になります」

「え、もうですか? ありがとう」


開いたドアから、俺は目的地へ降り立った。

円山公園は二十四時間出入り可能な公園で知られている。


俺は目の前の入り口から公園へ入って、敷地内の知恩院ちおんいんを目指した。

その周辺が萌亜を助けた場所になる。


公園内は水銀灯に照らされて明るい。

その中を俺は注意深く辺りを見ながら現場へ向かう。


そういや、ここが始まりの地なんだよな――

唯奈との縁が切れた京都。

それを切っ掛けに萌亜との縁、果歩との縁、それらがこの地から始まっていた。


程なくして知恩院の建物が見えて来た……

辺りには人影も無く、少し不安になってくる。

やがて歩調は速くなり、そしていつしか駆け足になっていた。


――うん、分かっていた。

だいたい、思い出の地へ行って姿を消した恋人と会えるなんて、ドラマの中の演出でしかないのだ。


時計を見るとすでに十九時を回っていた。


「はははっ」


当たり前だ。

こんな時間に月島家のお嬢様が公園にいる訳がないのだ。

踵を返すと俺は公園の出口へ向かった。


と――


ピリリリッ!


突然、スマホがポケットの中で鳴り出した。

条件反射的に通話ボタンをタップする。


ピッ!


「優斗……」


スマホから一番聞きたい声がした。


「萌亜! 大丈夫か! 今どこにいるんだ!」

「心配かけてごめんなさい。いま、家で果歩お姉さまと、ご飯を食べた所です……」

「……良かった、家にいるんだな? うっ……ぐしっ!」


安心したら涙が流れた。

そしてそれは、意思に反して止まらない。


「泣いているの?」

「違う! 目に埃が入っただけだよ!」

「嘘です……」


ぜんぜん頭が回らない。

萌亜が無事だった、ただそれだけが嬉しかった。

その事が自然と俺を素直にした。


「萌亜、大好きだ」

「えっ?」

「萌亜を探し回っていて気付いたんだ。俺はお前のことが大好きなんだ」

「嘘……」


疑うのも無理はない。

そして、それは間違っていない。

なぜなら、心の半分は果歩が占領しているのだから。


まさに、クズ男――

これじゃ、唯奈と同じだ。

何も変わりゃしない。


でも、萌亜や果歩を好きな気持ちは偽りのない真実だ。

だから――


「嘘じゃない」

「うわああああん! 優斗おおお! 私も! 私も大好きです!」


萌亜まで感極まったのか泣き出した。

ふと向けた視線の先に時計がある。

その針は、間もなく十九時半を指そうとしていた。


「あ、早く電車に乗りたいから……」

「ひぐっ、ひっく…… ど、何処にいるのですか? ひっく…… すぐに優斗に逢いたいです!」


泣きじゃくりながら萌亜が言う。


「うん、京都…… の円山公園……」

「ええ――?!」


一瞬耳に当てたスマホを遠ざける。


「な、なんで? 何で、そんな所に優斗がいるのですか?!」

「い、いや、萌亜が泣いて去って行っただろう? 教室に行ったらいないからどこかへ行ったのかと思って……」


現在の萌亜の居場所を聞けば、馬鹿な事をしたと思う。

俺は完全に思い込みで動いていた。


「なんで、それが京都?」

「俺たちのえんが始まった地で待っているのかもって……」


さすがにドラマを思い出して、そんな考えに至ったなどは言えない。

でも、それが萌亜には面白かったようで――


「ふふっ…… うふふふ…… 馬鹿ね! もう、優斗は本当に馬鹿なんだから。でも、でもロマンティックだと思います。ひぐっ……」


泣いたカラスがもう笑う。

馬鹿と言われたが、決して不満からそう言ったのではない事が伝わった。


「果歩は近くにいるのか?」

「うん」

「じゃあ、戻ったら二人に大切な話があるから。あ、眠かったら明日でも良いから」

「うん、分かりました」


通話を終えようと、切断ボタンをタップしようとすると、付け加えるように萌亜が話しかけて来た。


「あ、果歩お姉さまと話しますか?」

「うん」

「待っていて……」


急いでスマホを耳へ宛行い直すと、すぐに果歩がでた。

傍で耳をそば立てていたのかもしれない。


「……ゆ、優くん?」

「ごめん、帰り遅くなる」

「うん、気を付けてね。心配していたから、お父さんと、お母さんにも伝えておくよ」


気を利かせて俺の両親に伝えるあたり、果歩には頭が上がらない。


「ありがとう」

「じゃあ、代わるね」


次いで、電話は萌亜に戻る。


「優斗? 早く帰って来てね」

「うん、明日は終業式だろう? 寝ていても良いからな」

「それより、新横浜に着く時間が分かったらあとで電話をくれないかな? 迎えを行かせるから」

「良いの?」

「うん」

「じゃあ、また後で連絡する」


ピッ!


電話を切って溜息をつく。

これから二人に、俺は最低な告白しなければならない。

その結果、どうなっても受け入れるつもりでいる。


覚悟は決まった。


その後、俺は通りでタクシーを拾い京都駅へ急がせた。

幸運なことに、まだ帰りの新幹線はある。

備え付けの時刻表通りなら、今日中に八王子へだって行けそうだ。


さあ帰ろう。


俺は切符を買って、ホームへ続く階段を上がって行った。


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