第34話 西町の魔女

 期末テストが終わると、クラスの雰囲気も次第に落ち着きを取り戻したかのように見えた。

――が、そうではない。


「えー、残念なお知らせがある。今日は皆に残念なお知らせがある。西島唯奈が本校を去ることになった。彼女は両親の都合で、引っ越すらしい。それと、箕輪将太。彼は――長期療養という事で暫く地方の病院へ入るとのことだ」


どんどん、クラスメイトが減って行く……

まるで、このクラスが呪われているのではないかとすら思えて来る。

横目で萌亜を見ると、なぜか彼女と目が合った。


ちょっと笑みを浮かべたら、頬を赤く染めて顔を伏せた。

なんか可愛い。


一方、先生の話を聞いたクラスメイト達は葬式の様な有様だ。


「なんか、このクラスってこういうのが多いよな?」

「……」


誰もが心の片隅で思っていたことを担任が呟いた。

そんな風に訊かれても、生徒側から言うことなど有る訳がない。


「さっさと進めてください!」


学級委員長が、膠着状況にあったホームルームを進めるように担任を促す。

その言葉に担任はハッとしたが逆らわずに――


「お、おう。そうだな。皆、今日も一日頑張ってくれ」


頭を掻きながら、教室を去って行った。

担任が教室を出て行くと、教室は一斉にザワつき始めた。


そりゃそうだろう。

短期間に教師を含めて四人も、このクラスを去ったのだ。

しかも、今回は一度に二人も去って行くのだ。


さらに付き合っていたこの二人が、同日、学校を去るとなれば、勘繰るなと言われてもそうは行かないだろう。


そして、持ち上がったのが占い師の話しだった。

箕輪はサッカーの試合前、唯奈と伴に占い師の元を訪れていた。


「よう、三島。箕輪がお前に謝ったって噂は本当なのか?」


普段、話しもしたことが無いような奴が、わざわざ席を移動して俺に話しかけて来た。もちろん、内容は箕輪のことだ。

完全に俺を見下しているのが丸分かりで話すのも不愉快だ。


「箕輪がそう言ったのか?」

「いや、だってさ、箕輪が占いをやる一年の教室へ行ったのを見た奴がいるし、一部の取り巻きも一緒に行って聞いてたって言うじゃないか」


そうなのか?

細かいことは聞いていないのだが……


「いや、知らないなぁ…… 俺より、箕輪の取り巻きから聞けば早いだろう? そもそも箕輪の話しなんだしさ」

「連れないことを言うなよ。箕輪は病院送りだって話しだし、お仲間連中もお前みたいな反応でさ」

「だったら、そっとして置いてやれよ」

「けっ! 話しかけてやればこれだもんな!」


最後に悪態を吐き捨てて、クラスメイトは俺の前から去った。


(マジでキモイな……)


ああいう人間が大嫌いだ。

自分とは関係のない人の話を根掘り葉掘り聞くような奴の神経が知れない。

女子にも多いが、人の恋愛事情とか関係ない癖にズケズケ大声で聞いてきて、頼んでもいないのにアドバイスや意見をしてくる奴とか――


はたから見ていても気分の良い物では無い。


「優斗、私から言いましょうか?」

「良いよ。でも、ありがとう」


萌亜の申し出は有難いが、この件には関わり合いたくない。


「ところで…… お昼休みにでも行きませんか?」

「えっ? 萌亜も興味あるんだ。気に入らないことを言われても知らないぞ?」

「分かっています。でも、気にならない?」


いわゆる占いや、まじないが好きな女子は多い。

お嬢様とは言え、萌亜もそうなのだろう。


昼休みが来ると、二人で一年の階へと足を運んだ。

初めて訪れた下級生の階だが、目的の教室はすぐに分かった。


「うわ、混んでいる……」


長蛇の列を作る生徒たちに尻込みする俺。

一方、そんな中を我関せずどんどん進んでいく萌亜が逞しく見える。


「ねえ、ちょっと良いかしら?」


もうすぐ順番が来そうな生徒を捕まえて、強い声のトーンで話しかける萌亜。


「月島さん?!」

「早く道を開けて!」


うちの学校では、月島萌亜は有名人だ。

並んでいた生徒たちはどんどん散って行き、彼女の前には占い師なる下級生だけになっていた。


萌亜すげえ、感動すら覚えるレベルだ。


――萌亜に聞きたい。

貴女は、普段どんな学校生活を送っているのですか?


そんな彼女のお零れに与っていると――


「月島さん、誰を連れているのかしら」

「従者?」


そんな声まで聞こえて来る始末だ。

俺は従者なのかよと。

うん、そうなのかもしれないな……


だが、萌亜にはどこ吹く風――

彼女は占い師と思しき下級生の前に立って声を掛けた。


「こんにちは。占い師って貴方のことですか?」

「さよう。我は三保真凛みほまりん。人は私のことを西町の魔女と呼んでおる」


プッ!


自己紹介を聞くや否や萌亜は吹き出した。

ついでに、俺も笑いを堪えるのに必死だ。


「悪いよ、萌亜。役に入り切っているんだから」

「だって、これじゃ中学生が患うと言われている病気そのものじゃないですか。初めて見ました!」

「話し進まないから、さっさと聞けよ」

「じゃあ、お願いするわ…… コホン……」


咳ばらいをすると萌亜は少し考えるそぶりを見せた後、


「私の望みは叶うかしら?」


そんな風に切り出した。

なんというか、質問が余りにも漠然とし過ぎている。

いくらなんでも酷くね?


「では、この水晶玉に触れるが良い……」


何かそれっぽい小道具を出す西町の魔女。

取り出した水晶玉は、異世界冒険アニメなどでよく見る冒険者ギルドの職業判定魔道具のイメージそのものだ。


萌亜が水晶玉に触れるとそれは淡い光を放ち輝きだした。


「おいおい…… マジかよ」


突然の水晶玉の変化に俺は声を上げる。


「もう、優斗。しっかりしてください。こんなのトリックです!」


動じない萌亜――

だが、萌亜の優位はここまでだった。


「迷える女よ。願えば何でも手に入れられる女よ。貴女はその男に恋をしていますね。しかも、苦しい恋だ……」

「えっ……」


一転、萌亜の表情が固まった。

つい今しがたまで馬鹿にしたような表情をしていた萌亜だったが、一瞬で占い師が本物と信じたようだ。


おいおいおい…… 

いかにも占い師が語りそうな話じゃないか。

俺だって女子が相手なら、『恋の悩みがありますね』とか、『苦労してますね』とか聞いちゃうぞ?


「望みを叶えたいか?! 叶えたいのなら、貴女の大切な物を捨てるのだ! 適当な物じゃない。宝物を捨てるのじゃ!」


やべえ……

迫力だけは人気占い師だわ。


「す、捨てなかったら?」


そこで西町の魔女は口を噤んだ。

萌亜は口を尖らせて、ポケットから財布を取り出すと千円札を渡した。


「応えよう!」


占い師は声を上げる。

そのあまりにも大きな声に俺と萌亜は揃ってビクッと身体を震わせた。


「貴女にとって一番大切な人を失うだろう。絶対に手に入らない! 絶対にだ!」

「……っ!」


萌亜はブレザーの内ポケットを探り、ポチ袋をゴミ箱へ放り込んだ。


俺はそれに見覚えがあった。

かつて俺が、萌亜の誕生パーティーで彼女に渡した『一つだけ言うことを聞く券』だった。


「あっ……」


俺の口から小さな息が漏れた。

ちょっとショックだった。


だが――


「それじゃない!」


西町の魔女が言う。

見れば萌亜は涙目になっていて、ポケットに手を突っ込んだまま何かを思案していた。


「だったら! これなら良いでしょ!!」


大きな声を出しても萌亜は、ゴミ箱の中へ布のようなものを放り込んだ。

再び萌亜を見ると、頬に一筋の涙が流れている。


そんなに大切なものを捨てたのか?


俺がゴミ箱を覗くと、かつて萌亜が不良に襲われたとき、涙を拭くために俺が貸したハンカチだった。

確かあれは捨てたとか、無くしたとか――

そんなことを言っていたはずだ。


なのにそれが萌亜の宝物として目の前にでてきたのだ。

マジかよ。


「も、萌亜……、それって……」


そこまで言うと、

萌亜は、顔を隠すようにして、教室を飛び出して出して行った。


「萌亜っ!」


後を追って数歩駆け出した、が――


「待てぇい! 勇者よ!」


大声で静止され、俺は振り返った。


「おい、用件があるなら手短に頼む。悪いけど今にも殴っちまいそうだ……」

「彼女は大丈夫じゃ。だから水晶に触れて見るが良い、勇者よ!」


これまで以上の迫力で西町の魔女が言った。

だが、信じる根拠がない。


「は? これ以上お前の芝居に乗ってやる義理はねえんだ、カス!」

「正念場じゃ。お前も水晶に触るのだぁ!」


迫力におされて、水晶玉に手を乗せた。

瞬間、水晶玉からまばゆい光がほとばしり、辺りが目も眩むような光に包まれた。


「おお! 勇者よ! 前世の縁によって導かれた魂が、今、この世に集うとは。だが油断するな、お主には生死に関わる試練が待っているぞ?」


そこから占い師は口を噤んだ。

俺はポケットを探ると千円札を差し出してみた。


「応えよう!」


壊れたカセットプレイヤーが動き出す様に、再び魔女は喋り始める。

扱いやす奴だと思ったが、金がかかるのが難点だ。


「応えよう! 勇者が危機に陥った時、縁で結ばれた三人の仲間おんなが集うものなり。さすれば自ずと道は開かれよう。その時こそ、前世より約束された境地へいざなわれるだろう」

「で、その三人って?」

「お前と運命の糸で結ばれた三人の仲間とは……」


再び占い師が口を閉じた。


「お前、先生に言いつけるわ?」


俺が身を翻すと、西町の魔女右は両手で俺の手を掴んで引き留めた。

よく見れば、涙目で激しく首を左右に振っていた。


「それで仲間とは?」

「応えよう! すでに三人揃っているわ!」


ガクッ! 


糸が切れた操り人形の様に、西町の魔女はガックリと机に崩れ伏した。


「もう終わり?」


キーンコーンカーンコーン!


俺は西町の魔女の頭を小突くと、走って教室へ帰った。

だが、そこには萌亜の姿は無かった。


「萌亜…… どこへ行った」


俺は鞄を引っ掴むと、教師が制止するのも聞かずに学校を飛び出した。


 学校を飛び出した俺は、すぐにスマホを取り出して萌亜に電話をかけた。

だが、萌亜は電話に出ない。

次に、萌亜の家へ電話を掛けたが、その電話が取られることは無かった。


思い付くありとあらゆる所へ連絡を取ろうとしたが、そのいずれも繋がらない。


「厄日かよ……」


そして閃く――

だがすぐに、その考えを打ち消した。

あまりにも遠すぎる。


でも、傷ついた女性が向かう先となれば――


「まさかな…… でも……」


小走りで開けた通りへ向かい、タクシーを捕まえる。


「八王子駅まで」


 タクシーは国道二十号線を滑るよう走り、程なく八王子駅へ。

タクシーを降りた俺は走って改札を抜けると、そのままJR横浜線に飛び乗った。

時計を見ると、現在の時刻は十四時。


新横浜から新幹線へ飛び乗れば十七時過ぎには京都へ着くだろう。


各駅停車に揺られながら

幸いバイトで懐は潤っている。

新横浜でお金を下ろして、新幹線の券売機に一万円札一枚と千円札を五枚を放り込んだ。


「南無さん!」


券売機から排出される切符を手に改札を抜けてそのまま、のぞみ号へ飛び乗った。

こいつは幸先が良い。

乗った電車がのぞみ号だなんて。


俺は席に座り、目を瞑る。


(萌亜……)


いま、俺の心の中は姿を消した萌亜のことでいっぱいだ。

どうか無事でいてくれ。

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