第33話 つのる思い

 月島家のお嬢様が一緒に住むようになって数日が過ぎた。

もうすぐクリスマス――

街はイルミネーションで彩られ、年の瀬を感じさせる様相を呈してきた。


もうすぐ優くんたちのご両親は海外へ行く。

そこから、私達だけの生活が始まることになるのだ。

優くん、萌亜ちゃん、そして私の三人家族。


――中でも、私は一番のお姉さんだ。

かつて児童養護施設でもそうだったように、弟妹たちを守らなければならない立場だ。

しっかりしなきゃ。


今度こそ…… 必ず……。


 三島家の朝は早い。

両親は共働きで、食事の支度や洗濯ものの準備など早起きして仕込む必要がある。


大学生の私は、比較的時間があって積極的に手伝っている。

実家の京都では、主だった家電が旧式のままで大変だけど、三島家のそれらは新型でタイマーをセットすれば全て終わりだ。


そして今は皆の朝食の支度しているところだ。

居候している身だし、やれることはどんどん手伝いたい。


「果歩お姉さま、おはようございます」


私の背後から声がした。

眠そうに目を擦りながら起きて来たのは萌亜さん。

彼女は令嬢でありながら、しばらく三島家で厄介になるという。


「あ、萌亜さん。おはようございます。あ、このボールペンは萌亜さんの物ですか?」

「そうです! どこにありましたか?」

「リビングに落ちていましたよ」


私はテーブルの下を指さした。


「有難うございます。大切な物なので探していたんです」

「――良かったです」


――さあ、他の皆も、そろそろ食事にやってくる、かな?





 危ない、危ない……

リビングに仕掛けた盗聴器が、もう見つかるなんて。

この中には、この数日の夜に行われた会話の録音データが入っている。

上手く隠したつもりだったのに、さすがは果歩お姉さま、やりますね――


「ちょっと、ボールペンをしまって来ますね?」

「ええ、朝食はもうすぐだからね?」

「はい」


二階へ上がろうとした所で眠そうに目を擦る亜夢に出会った。

亜夢は小学生の妹――

お母さまが、『すぐに飽きるだろう』と、三島家へ押し付けた形になっている。


「おはようございます、亜夢」

「おはようございます、お姉さま……」


脇をすり抜けて部屋へ行こうとすると、呼び止められる。


「どこに行くの?」

「……気になるなら、一緒に行きますか?」


 二階の部屋へ戻り、受け取ったばかりのボールペン型盗聴器にイヤフォンをセットする。そのイヤフォンを亜夢と二人で分け合い耳に装着した。

一瞬視線を交わして行動に移す。


カチッ!


本体を回して暫くすると、録音された音声がイヤホンから流れ出した。


「んっ、暖かい…… 久しぶりだね」

「ああ」


優斗と果歩お姉さまの声だ。


「今度、機会が有ったらデート、行かない?」

「うん」

「良かった。私ね、自信が無くてこうして男の人を誘うって……」


イヤフォンから流れる二人のむつみごと――

私は、周囲を確認し意味も無く息をひそめた。


「…… 幼馴染ちゃん、優くんにしたことを本当に後悔しているよ? ただ、接し方や、謝り方や、そういったものが分からないんだよ」

「うん」

「今は駄目でも、いつか許してあげて欲しいな」

「……」

「もう、いつまでもウジウジ根に持つなんて男らしくないよ?」

「はぁ、果歩には敵わないな……」


そうか。

果歩さんはこうやって優斗の心を支えているんだ。

私にできるかな……


ガサッ!


「んっ……」


(えっ?)


カチッ!


思わず停止ボタンを押してしまった。


(これは何? 私が来た初日から…… こんなこと…… こんなの聞きたくない。勝負しようと思っていたら、とっくに勝負がついていたというの?)


問題は亜夢にも聞かせてしまったことだ。

とにかく、聞かせてしまったものは仕方が無い。

これからは、注意しなければなりません。


「信じたくありませんが…… ですが確定した話でもありません。ただ、思った以上に二人の仲は親密の様です」


私は頭を巡らせた結果、念のため音声分析に出そうと決意した。


特に、「んっ……」の前後で何をしたのかが知りたい。

場合によっては私だって、攻勢にでなければなりません。

そうした場合、私の被害は甚大だ――


「亜夢、貴女は家へ帰りなさい」


思いやって提案する。

この先、争う所や、その結果何が起きるのか見せたくない。

でも――


「嫌ッ!」

「――! 何故ですか?」

「亜夢だってお兄ちゃんと遊びたい」


何ですって?

普段は素直な亜夢が反抗するなんて。

優斗は亜夢に惚れ薬でも使っているのでしょうか?


単なる子供の我儘わがままなら良いのですが……


「亜夢、我儘を言ってはいけません。これは優斗と遊ぶより優先すべき事なのよ」

「そうじゃないもん。遊びだけじゃ無いもん」


妹なのに――

くっ!

他にも思うことが有るのでしょうか。


「ふう、仕方ない子ですね。じゃあ、亜夢はお兄ちゃんをどう思っているのですか?」

「あ、亜夢は…… お兄ちゃんの赤ちゃんなら、産んでも良いよ?」


自らの両手で自分自身を抱いて応えた。


「なっ!」


私は焦った。

だいたい、彼は一般人なのよ?

そんな人を好きなるような物好き、私くらいしか考えられないじゃない。

なのに亜夢ったら……


「でもね、亜夢。お兄ちゃんは大人なのですよ? 亜夢が知らないあんなことや、こんなことをしちゃうんですよ? だいたい、どうやったら赤ちゃんができるとか知らないでしょう?」

「ううん。知っているよ…… えっと、亜夢の赤ちゃんのお部屋にね……」


亜夢は自分のお腹を指さして説明しながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ひっ! ストップ、ストーップ! 分かりました。お姉ちゃんが馬鹿でした。今後人前でそんなこと言っちゃだめよ?」


女子は小さくても女だと言う人がいるが、まざまざと思い知らされた、それも妹に。

私が色々甘いのかな。

亜夢の件にしても、果歩お姉さまの件に間しても……。


「おはよう、萌亜? ご飯だぞ」

「ひっ!」


私は飛び上がって驚いた。

声がした方を見ると、困ったような笑顔を浮かべた優斗が立っている。

優斗の表情から、今の会話を聞かれていない様で安心――


「どうかした? ご飯できたって、何度も呼んだのに」

「す、すみません。亜夢と話していたもので」


私としたことが……


「亜夢ちゃん、おはよう」

「おはよう、お兄ちゃん」

「さあ!」


優斗が差し出す手を私は取った。


「あっ……」


急に立ったせいか、踏ん張りが利かずに後方へよろけてしまう。


「おっと……」


すぐに優斗が支えになり、慣れた手つきで私の腰に手を回した。

もちろんそこに変な感情や意思は感じない。

純粋に私を支えようとしてだ。


彼の掌から腰に伝わる温もり。

嬉しくて、そのまま顔を優斗の胸に埋めていると――


トントン


私の腰に回された手が、あやす様に私の背中をトントン叩いた。

優斗も無意識でそうしているのだろう。

――次の瞬間、目から熱いものが流れたような気がした。


びっくりして、身を離すと――


「大丈夫?」

「あ、お姉ちゃん、泣いている!」


目敏く、私の目から流れた涙を亜夢が見つけた。


「違います。あくびが出ただけです」

「庶民の家だからな。ほら掴まれよ。大丈夫なら行こうぜ!」


今度こそ私は、優斗と連れ立ってリビングへ向かう。

そこには、すっかり自分の居場所を確保した果歩お姉さまがいるだろう。

でも――


それが何だと言うの?

負けるもんか。





 優斗の家に迎えの車が来る。

私と優斗、そして亜夢は、早坂が運転する車に乗り込んだ。


「こうしてこの車に乗るのも、久しぶりな気がするな」


優斗が感慨深げに言う。

あの頃は私も良かったと思う。


「何を言っているんですか。パーティが終わった後だって、一緒に学校へ行こうって誘ったのに断ったのは優斗でしょう?」

「嬉しいけど、萌亜の家に悪いから。それにガス代も馬鹿にならないだろう? でも、ありがとう」


優斗が遠慮して断っているのだ。

もちろん、そんなことはとっくに分かっている。

こんな風に相手を思いやって断る優斗が好ましい。


逆に、普段付き合っているご学友だったら受け入れていたと思う。


「そうだ、今日、学校の授業は五時間目まででしたよね?」

「うん」

「では、帰りの迎えは無しにして、私たちはどこかに寄って行きませんか?」

「たまには良いね。今日は果歩も遅いらしいし、そうしようか……」

「たまにって…… 初めてですよ! こ、こういうのは、何て言いましたっけ?」


優斗の顔色を伺う。

この人はいつだって満点の答えは出さない。

だって、ほら――


「へっ? 寄り道?」

「違います!」

「ははっ、放課後デートか…… 楽しみだ」

「はい!」


こんな優斗だから好きでたまらない。

一緒に暮らすなんてしなきゃ良かった。

どんどん好きになってしまう。


でも、もう遅い。


優斗の気持ちが知りたい。

一緒に居られるなら、何もいらないのに。

普通の女の子の様に、自由に恋がしたい。


本当に私にはチャンスはないのでしょうか……

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