第23話 報酬

数日後――

 

 学校へ行くと、朝のホームルームでクラスメイトの腰巾着ふじわらが転校すると案内があった。

話によると、両親の仕事の都合らしい――


(そういや、最近アイツの姿を見かけなかったな……)


腰巾着の転校は、まるで自分が置かれた境遇のようで親近感を覚えた。

だが、彼が去った後とか皮肉としか思えない。


 俺と奴との間には、いろいろ因縁があった。

話をしている時に割り込まれたり、嫌味を言われたり、そして殴られたり……

それでも、学校を去ると聞くと寂しいものがある。


当然、付き合いの長い萌亜なら尚更だろう。


さぞ寂しがっていると思い隣の席の萌亜を見ると、なぜか彼女の口角が上がっていた。

別のことを考えて思い出し笑いしているのかな……

藤原の友人ならちゃんと先生の話を聞けよな。


 授業が終わり、下校時間を告げるチャイムが鳴る。

夕陽が射し込む教室から、蜘蛛の子散らすように出て行くクラスメイト達。

俺も行くかと教科書が入った鞄を手に取って、隣席の女子に声を掛けた。


「萌亜、校門まで一緒に帰らないか?」

「うん。あっ、忘れていました。今日は帰りに家へ来てくれませんか?」


美しくも優しい上級国民である彼女の誘いに俺は身体を強張らせた。

月島萌亜は自他ともに認める上級国民。

そんな彼女の家は一般家庭のそれとは異なり、何度行っても落ち着かない。


しかし、そんな俺の気持ちとは裏腹に、彼女と知り合ってからというもの彼女の家に招かれてばかりなのだ。


「――? 今日は何かあったっけ?」

「お母さまが、お手当てあてを渡すから、優斗の都合が良さそうな時に連れてきて欲しいって……」

「なるほど! なら善は急げだ」


俺が左腕を彼女に差し出すと、当たり前のように萌亜はそこへ自分の腕を絡めて来た。


誕生パーティが終わってこういう機会は減ったが、帰るタイミングが合うと決まって俺たちはそうしている。

もちろん、恥ずかしいから文句も言った。


「ダンスの練習レッスンも終わったし、もう止めにしないか?」

「もう! 優斗は私の婚約者ナイトになりましたよね? 」


身を寄せて、目を輝かせる萌亜――


「なったというより、騎士ナイトにされていたって感じなんだが……」

「とにかく! 引き受けたからにはしっかり働いて貰いますよ?」

「はいはい……」


っていうか、なんか話が違くね? 違うよね?

とは言え――

未だにこんなやり取りが行われているが、今では楽しいイベントだ。


それはそうと、給料はどれくらい貰えるのだろう。

ざっと計算すると、十万円位になりそうだが、自分史上そんな金額の小遣いなんて見たことがない。


(楽しみだな……)


 萌亜の自宅へ到着すると、今回も早坂さんが案内してくれた。

――今回は一番奥にある部屋の様である。


「では、こちらの部屋で奥様がお待ちです」


そう言って今回、早坂さんは扉を開けずに下がっていく。

すると萌亜が、ノックをした。


「萌亜です」

「どうぞ」


俺はドアを開け、先に萌亜を中へ通してから俺も入った。


「お母さま、ただいま帰りました」

「お帰りなさい、萌亜さん」


「お母さま、本日はお招き頂き有難うございます」

「優斗さん、そんな他人行儀なセリフは悲しいわ? それより、帰ってきたらなんて言うのかしら?」

「す、すみません。お母さま、ただいま帰りました」

「はい。今度は上手に言えましたね。お帰りなさい」


なんだろう。

少しずつ自分が月島家に取り込まれている様な気がする。

――怖い。


お母さまが座るように促し、俺たちはそれに従う。

以前、萌亜はお母さまの隣に座っていたが、今回彼女は俺の隣へ座った。


「まずは二人とも、先日の誕生パーティ、ご苦労様でした」

「素敵なパーティを有難うございます、お母さま」


お礼を言う萌亜の姿を、満足そうに眺めるお母さま。


「貴女も、もう立派なレディなのですから、今後もしっかり励むのですよ?」

「はい、お母さま」


続いて、お母さまの視線が俺に移る。


「恐れ入ります。私なんて騒ぎの原因を作ったのに、そのフォローまでして頂いて、有難うございました」

「いえいえ、当家の娘のパーティにあんな楽しいイベントが起きるなんて。優斗さんを招待して正解でしたわ」

「あ、有難うございます」


てか、かなりやばい状況だったよね?

特にお父様とか……


「それで今回来て頂いたのは、優斗さんへの報酬の件です」

「はい」

「その前に…… 私としたことが忘れていましたわ」


お母さまは手元のベルを持ち上げた。


チリチリーン!


「お呼びでしょうか、奥様」

「早坂、紅茶を三つお願いできるかしら? 薄く切ったオレンジも添えてくださらない?」

かしこまりました」


例によって音もなく現れ、音もたてずに去って行く、早坂さん。

待つこと数分――

俺たちの前には熱い紅茶が入ったカップが置かれていた。


「話の腰を折ってすみません。まず、こちらが約束の報酬です」


お母さまは脇に置いてあった封筒を早坂さんの持ってきたトレーに乗せた。


「ダンスも素晴らしかったので、少々色を付けて置きました」

「恐れ入ります、お母さま」


満足そうに頷くお母さま。


「そして―― こちらは謝礼になります」


さらに厚手の封筒を、先ほどと同じ様にトレーに乗せる。


「叙任式での優斗さんの振舞い、平民でありながら見事でした」

「そ、そんな…… 有難うございます」

「早坂……」


お母さまの合図で早坂さんが、俺の前に二つの封筒を並べた。


「優斗さん、確認して貰えますか?」

「はい……」


まずはダンスパートナー役のバイトの封筒を確認する。

中には十二万円入っていた。

約束よりちょっと多くて恐縮したが、心がおどる。


続いて、二つ目の封筒を見て気が付いた。


(分厚い! まさかお金じゃないよね)


こっちは謝礼と言っていた方の封筒だが……

恐る恐る手に取るとずっしりと重い。

中を確認すると、きっちり三十万円入っていた。


「お、お母さま! 多すぎます!」

「受け取って頂きます! そのお金は貴方が月島家を救ったことに対する謝礼です。本当ならその十倍でも、百倍でも構わないと思っているのですよ?」

「な、なんで……」


驚いたことに、もっと支払って良いとすら言っている。

その割には、低い金額からのスタートだったんだが。


「あそこで優斗さんが萌亜さんの言葉に乗らなければ、この子はあの野心家の息子の婚約者になっていたでしょう。そして、あの男の嫁になった暁には、この月島家が乗っ取られるのは自明の理――」


ここで萌亜が割って入った。


「つまり、これで私と優斗は晴れて……」

「萌亜? それは早計と言うものです」


『何を言っているのか分からない』そんな表情を見せる萌亜。

お母さまは、困惑する萌亜から視線を外して話を続ける。


「あれはブラフです!」

「――なっ!」


お母さまの強い言葉に、萌亜が唖然とした。


「ま、待ってください。お母さま! でしたら、優斗との婚約は?! 多くの来場者にお披露目したのですよ? もうこれは……」

「ふぇ?」


意味が分からない。

だって、あの変な儀式が婚約の義だったなんて。

俺の気なんて知らない萌亜は、自分の手を俺の手に重ねてきた。

でも――


その手は心なしか震えている。

ちょっと可愛いな。


来場者ばかどもには勘違いさせて置きなさい。優斗さんと結婚したいなら、自分で落としなさい! だいたい策略で優斗さんを手に入れて、本当の愛が得られるのかしら? 少しは考えなさい」


ホッとした。

婚約なんて言葉が飛び出して、心臓が止まるかと思った。


「来場者には叙任が偽装だったとばれる前に手は打てます。それに…… ブラフじゃなくなる可能性もありそうですし、ね?」


幸せそうな笑顔を浮かべお母さまは、俺たちの繋がれた手に視線を落とした。


(あっ!)


――萌亜の手が重ねられた時、いつもの調子で恋人繋ぎを容認していたのだ。


「では、良いかしら? 優斗さん、本当に有難うございました。」


お母さまが頭を下げた。

これ以上あれこれ言うのは失礼にあたる。


「そ、そう言うことでしたら、喜んで……」


素直に謝礼を受け取った。

これまで感じた事がないお金の重さは俺に感動を与えた。

自分で稼いだお金は最高だ……


「はい、ご苦労様でした」


安堵の表情を見せたがお母さまは上機嫌だ。

と、思い出したように、お母さまが不思議なことを聞いてきた。


「時に優斗さん、最近変わったことはありませんか?」

「いいえ、今の所、特にありませんが?」


そう応える俺にお母さまは首を傾げる。


「そう…… でしたら良いのですが。もし、何かあったら、いつでも頼ってくださいね」

「あ、有難うございます……」


そんな訳で、無事にお手当を頂きましたとさ。

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