三章

第22話 家族会議

 現在午後十時半、只今家族会議の真っ最中――

父さんの話で、うちの家族は岐路に立たされていた。


「――じゃあ、父さんは仕事で海外へ行くことになって、それには母さんも付いて行くってこと?」


長々と話を聞いた後、要約した俺に母さんが頷く。


海外で大きな事業がある。

有難いことに、父さんのこれまでの仕事に目を付けた会社が責任者の椅子を用意して参加を求めているらしいのだ。

もちろん、断ることもできるが――


参加すれば、父さんは都市デザインに関して揺るぎない実績を得られるだろう。

昔から父さんはその方面で、頑張って来たのを俺は知っている。


「俺としてはお前も一緒に来て欲しい。その方が俺も、母さんも安心だしな。だが――」


ここで父さんは言葉を切った。

子供であれば父の成功を歓迎すべきだ。

しかし、そこに俺自身の人生も絡んでくるから厄介だ。


「大学受験の事だろう?」

「そうだ……」


父さんは俺の将来を心配していた。

現在、俺は高校二年生、志望校を決める時期になっている。


面倒な大学入試を放り出して、両親と海外へ行くのも良いだろう。

どうせ、成績はたかが知れている。

或いは、どうせ男は独り立ちするものと割り切って、一人で日本に残るのも有りだ。


「ちなみに期間はどれくらい?」

「……まあ、お前が二十歳を過ぎても帰れないだろうな。もちろん、手続きで日本へ戻ることもあるだろう。だが、それだけだ……」


つまり大人になっても日本へは帰れない、ということだ。

――キッツイな。


だとしら、選択肢は一つだ。


「残ると言ったら俺はどうなる?」

「勝手な話になるが、祖国に家が無いというのも何かと落ち着かなくてな…… お前がこの家を管理しながら一人暮らしをしてくれるなら嬉しい。もちろん、家を維持するのにかかる費用や税金の心配はいらない。会社がサポートするって話だ」


話が出来すぎている気もするが……


「生活費や学費の方も、心配する必要は無い。むしろ収入が増える分、お前が心配している二世代ローンも数年で完済できるだろう」


そこまで話すと、父さんは目の前の湯飲みに手を伸ばした。


「凄いな、好待遇通り越して破格の待遇じゃん」


話を聞く限り、両親がいないだけで普段と変わらない生活が保障されるらしい。


以前、一人暮らしに憧れていた時期があった。


衣食住が保障された自由な生活――

家に彼女を連れ込んで、あんなことや、こんなことが出来るなんて妄想した時もある。


だが、現実として突きつけられると、漠然とした不安を感じる。

――簡単には『うん』と言えない。


「破格の待遇か…… そう、かもな……」


長期間海外へ出れば、現実問題、俺の個人的な他人との繋がりは消えてしまうだろう。

逆に日本に残るなら、両親による最低限の庇護はあるが、事実上、巣立つようなもの――


「まあ、大切な話だ。ゆっくり考える時間は無いが、良く考えてくれ」

「うん……」

「それと、信用できる大人の知り合いはいるか? もし、心当たりがあるなら教えて欲しい」

「なんで?」


親代わりと言っては何だが、大人の意見が必要な時もあるだろう。

確かに海外へ行けば時差もある。連絡が取れれば良いが、そう上手く行かないのは世の常だと父さんは言う。


「その人にはお前のことを頼みたい。もし心当たりがあるなら、一度会わせてくれ。必要なら問題が起きないように一筆書いて親の俺たちからもお願いしよう」


父さんの言葉を受けて、引き受けてくれそうな人物をすぐに思いついた。

俺が『お母さま』と呼ぶ、萌亜の母親だ。


だが、すぐにその考えを振り払った。


萌亜という友人がいてこそのお母さまだからだ。

それに萌亜の家と、家とでは余りに身分に開きがある。

加えて来年にはクラス替えもある。


そのため実際、どうなるかは分からない。


「ところで、結論はいつまでに出せばいい?」

「できれば、今年中に頼む」

「急だな……」


俺の言葉を最後に、家族会議は終わった。


父さんと母さんは寝室に向かい、帰ってすぐに話し合いの場に着いた俺は風呂へ向かった。

脱衣所で服を脱ぎながら、幼馴染の唯奈(幼少時代)を思い出した。

小さい頃、風呂に入りながらお互いに悩み事を打ち明け合うような間柄だった。


「あの頃は良かったな……」


相談できなくても、誰でも良いから話を聞いて欲しい。

そんな心境だった。

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