第21話 誕生パーティ(2)

「何の騒ぎだ!」


騒ぐ腰巾着ふじわらの声を聴いたからか、奥の席から厳格な顔をした男性が出て来た。

彼こそこの月島家の主、月島一つきしまはじめである。


一瞬視線が交錯したが、すぐに萌亜が俺を庇うように自らの父親の前に立ちはだかった。


さらに萌亜の後ろからは、腰巾着が迫る――

まさしくこいつは俺狙い。

上座からは父親、下座からは腰巾着、いわゆる挟み撃ちの状態だ。

俺は腰巾着の振る舞いが萌亜を害さないように立ち塞がる。


丁度、俺と萌亜は背中合わせで、お互いがお互いを庇うような形になった。


「ごめんなさい」


萌亜は背中越しに俺に謝る。


「優斗、面倒に巻き込んでごめんね」

「そんなことより、そこのおっさんは?」


分かっているが、念のために聞いてみた。


「私のお父様よ」

「ふうん、仲良くなれそうにないや……」


正直な感想を小声で伝えた。

それを聞いた萌亜はクスッと鼻を鳴らす。


「私もよ――」


後ろ手に萌亜の手を探して、彼女の手を握った。

その行動が腰巾着の気に障ったのだろう。


「三島あああ!」


拳を構えて腰巾着が迫る。

喧嘩を売る元気があるなら、京都でも萌亜を助けてやれよと小一時間。

所詮、コイツは自分が勝てると思える相手にしか仕掛けられない小心者だ。


「カスが……」


だが、間違っても、萌亜がとばっちりを喰らうのだけは避けたい。


「うらああああああああ!」


腰巾着の拳が、俺の顔に迫る。

萌亜のお父さんの後ろでは、お母さまが驚きとともに口を押えている。

だ、だめだ避けたら萌亜にあたる。


ボキッ!


衝撃と同時に嫌な音がした。

腰巾着の拳が俺の額にあたったのだ。


これは、京都で不良どもを仕留めた場面シーンの再現だ。

違うのは、背中合わせに立っていた萌亜が、父親に恐れをなして後ずさったこと。

そして、その動作が俺を前へ押し出し、図らずも奴の拳を額で受ける形になった。


静まり返るパーティー会場――

俺はつぶやく……


「――ひ、必殺、「フィストクラッシュ!」」


技名わざめいを口にした時、一緒に技名を告げる者がいた。

萌亜である。

思えば、京都では彼女だけが俺の技名(思い付き)を聞いていた。


ゆえに俺が技名を言う時、彼女も一緒に技名を言ったのだろう。


「ぎやああああ!」


ひっくり返り、大袈裟に転げまわる腰巾着ごがくゆう


(良い音したから、手首がいったかも――)


「きゅ、救護班! 怪我人を医務室へ! ご当主様の身の安全も確保しろ!」


早坂さんの号令で、使用人たちがなだれ込む。


「な、なんだお前たちは!」


会場の混乱に声を荒げる萌亜のお父さん。


使用人たちは、会場から負傷者ふじわらを運び出し、残りの使用人は目前まで来ていた萌亜のお父さんを危ないからと別室へ連れ去った。


どよめく招待客たち。

多分彼らには何が起こったのか理解できていないだろう。

そして、もちろん俺も……


そんなとき、お母さまが立ち上がった。


「皆さま、お騒がせしてすみません」


凛とした良く通る声が会場に響いた。


「「お、お母さま?」」


一瞬で会場が水を打ったように静かになった。


「只今の余興はいかがでしたか? 藤原家のご子息は娘の誕生日を盛り上げるため、あえてあのような行動をとってくれたのです…… すでに娘はダンスパートナーを決めておりましたゆえ、それでは興覚めと一計を案じてくれたようです。もし、不快に思われたならお詫び申し上げます」


すると、会場の至るところから「ほぅ」という安堵の声と、拍手が起こった。


「そうです! この若い二人に拍手を!」


そこまで言うと、お母さまは後ろに下がって行った。


それが合図であるかのように、会場内にワルツが流れ始めた。

俺たちの周りにいた招待客は後ろに下がり、広々としたスペースを作る。


「優斗、踊ってくださいますか」

「……はい、喜んで」


俺たちは向かい合うと、先日まで練習していたように、極初歩的なステップでワルツを踊り出した。


ダンスは一人では踊れない。

レベルに開きがある者同士でも踊れない。

そしてお互いの気持ちがバラバラでも踊れない。


そんな、早坂さんからの教えを証明するかのように――


俺たちはたっぷり一曲分、淀みなく踊り切ったのだった。

直後、周りからは、歓声と拍手が沸き起こった。

ひとしきり拍手がなされると、再び早坂さんからアナウンスが入った。


「それでは、このまま任命式編に入ります」


「――? 任命式って?」


俺と腕を組んだまま悦に入る萌亜に聞いた。


「月島家の女性は、十七歳になったら自分の婚約者ナイトを任命するのです」


なるほど、ここから先のプログラムに俺は不必要だ。


「そうなんだ。じゃあ、俺はお役御免だな。そろそろあっちへ行くわ」


組まれた腕を解いた。

すると瞬時に引き戻される。


「――ちょっと待ってよ、貴方よ。優斗が私の婚約者ナイトですよ」

「き、聞いてないんだが?」

「良いから、恥かかせないで。ちょっとで済みますから」


俺はお母さまの方を見た。

すると、お母さまは人差し指を立てた。

勘弁してくれ。


俺は小さく首を左右に振った。

すると、お母さまの指は三本に増えた。

くっ……


誕生日パーティのさ中、萌亜に恥をかかせるのは本意ではない。

俺はしぶしぶ頷いた。


「仕方ないな。どうすれば良い?」

「基本的に早坂さんの指示に従って。私の前に跪いて、私が優斗の肩に剣を乗せて優斗に質問するから、それに対して貴方は肯定するだけです。」

「そうなんだ……」

「あくまでも儀式的なものだから。絶対に拒否しては駄目よ?」


何か騙されているような気がしたけど、右も左も分からないのなら従うより他は無い。

萌亜はお誕生席へ戻ると、そこへ腰を下ろした。


いつの間にか招待客は誕生席に通じる花道を作るように、俺だけを取り残して並んでいた。


「それでは、三島優斗くん、前へ!」

「は、はい!」


その言葉を合図に、俺は萌亜へ続く花道を歩いた。

後ろからは使用人が付いてきている。

たぶん結婚式でいう所の介添えさんみたいなものだろう。


萌亜の席から三メートルほど手前に来ると、介添えさんが止まるように指示を出す。

俺は案内に従って膝まづいた。


一気に、緊張が高まり、招待者の注目が集まっていることを自覚した。


萌亜は剣を持って立ち上がり、俺のすぐ前までやって来た。

そして、やおら剣を抜き放つとそのまま剣を俺の肩へ乗せた。


「汝、三島優斗に問う。生涯をかけてこの私、月島家長女 ――萌亜を守ると誓いますか?」


おいおいおいおい……

やばくないかこれ。

顔を伏せたまま周囲を探ると、皆、神妙な面持ちで俺たちに注目している。


もういい――

考えるのをやめた。


「ち、誓います」


すると、今度は早坂さんが威厳ある声で宣言した。


「契約は相成った! 若い二人に拍手を!」


萌亜は跪いている俺を立たせて隣に立った。

会場から沸き起こる大きな拍手。


対して、立ったまま意識を失いかけ白目をむく俺……


どうやら俺は萌亜の騎士ナイトになってしまったらしい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る