第24話 同棲契約
「果歩、一緒に暮らさない?」
「えっ? 駄目だよ。そう言うことは、もう少し時間をかけた方が良いと思うな」
優くんと一緒に入った喫茶店でのことである。
先日、バイトの給料が入ったと、優くんに誘われて横浜に来ていた。
そこで何やら元気のない優くんに問い正したところ、両親の仕事の関係で海外へ行くとか行かないとか。
聞いた瞬間、目の前が真っ暗になりそうになった。
「いや、俺だって日本に残りたいんだけどさ。親にお目付け役をやってくれる大人がいないと許可できないって言われていてさ」
それが、突拍子もない話の理由だった。
「どう言うこと?」
「そんなこと言われても、そのままだし……」
詳しく聞きたくても要をなさない。
それもそのはず、優くん自身もこの話を最近聞いたばかりだという。
「優くんの頼みだし聞いてあげたいけど、詳しいことが分からないと判断できないよ? それに私だって女子だから、ちょっとは、ね……」
正直言うと半信半疑だ。
「だよな」
残念そうに目を伏せる優くん。
正直、そんな顔をしないで欲しい。
私だって、一人で暮らすより二人の方が楽しいと思う。
でもね――
若い男女が一つ屋根の下。
しかも、先立つ物、いわゆるお金の心配もある。
「そこの所どうなの?」
「ざっくりとしか聞いていないけど、同居するなら家賃はいらないらしいし、生活費や電気ガス水道費なんかは心配いらないって聞いている」
何それ美味しい。
現在、私は奨学金と祖父母の仕送りでなんとかやり繰りしていた。
もし、その話が本当なら是非乗りたい。
すでに優くんとは、何度か二人きりで寝たことだってある。
それに、彼は今一番気になる男性だったりする。
そもそも、私は優くんと出会ってから調子がおかしい。
一人でいると寂しさを感じるようになったり、彼の事を夢に見たり、スマホの画面を見て溜息が出たり……
全部、優くんのせいだ。
その優くんが……
彼の方から一緒に暮らそうなんて……
「簡単に答えが出せないよ。あー、優くんのご両親と会ってちゃんと話ができないの?」
ちょっと聞いてみる。
すぐに優くんは懐からスマホを取り出して、自宅へ電話し始めた。
「あ、母さん? 父さんはいる? うん、うん…… もしかしたら、相談役の話を引き受けてくれるかもしれない人がいて、話を聞きたいって言っているんだ。うん……」
電話を保留にして途中経過を報告してきた。
「果歩、『今から大丈夫?』だって」
「そ、そうなの。じゃあ、行こうかな。お父さんにも挨拶したかったし」
「父さん? 今横浜にいるんだけど、すぐに一緒に戻る。うん…… じゃあ」
ピッ!
通話を終えた優くんが向き直った。
「果歩、大丈夫だって。ごめん、デートだったのに……」
「良いよ。優くんの一大事じゃない。私だって出来ることしたいから……」
そこから俺たちは、自宅へ向けてとんぼ返りした。
優くんの家へ行くのはこれで、二回目だ。
私のアパートからは徒歩でだいたい四十分程度―― 住宅街に建つ、ごくごく普通の一軒家である。
「だたいまー」
「こんにちはー」
玄関先で挨拶をすると、奥から優くんのお母さんが飛んできた。
「果歩ちゃん、この度はごめんなさいね」
「いえ、私にできることが有ればと思いまして……」
「とりあえず上がって頂戴?」
お母さんは私が靴を脱ぐと、そのまま手を引いて奥のリビングまで私を引いて行った。
リビングへ入ると、初めて会う優くんのお父さんがいた。
「はじめまして、清水果歩です」
「はじめまして、三島弥三郎です。この度は無理を言ってすみません」
そう言って、お父さんが頭を下げた。
この時点で私は、海外行きの話が嘘ではないと確信した。
(優くんが海外に行ってしまう……)
そのことを理解するにつれて、私は急激に不安になって来た。
寂しいとか、悲しいとか、行って欲しくないとか――
そんな感情が一気に襲ってきたのだ。
「す、すみません。詳しい話しを聞かせて貰えますか?」
そう切り出すのがやっとだった。
優くんはそんな私の隣に座り、お母さんは皆の前にお茶を並べている。
「じゃ、長くなるかもしれないが話を聞いてください」
そう言ってお父さんは話をはじめた。
要約すると――
クリスマス前には海外へ発ちたい。
海外へ行ったら、ビザの更新など必要なことがない限り日本へ戻ることは無い。
もし、優くんが日本に残るなら、大人がお目付け役になるのが条件だと。
お目付け役は優くんの求めに応じて相談に乗るだけで、その他はできる範囲で対応すれば良いらしい。
加えて、毎月の報告とか――。
引き受けてくれるなら、毎月給料も出そう。家賃は無いから、水道、ガス、電気などは三島家が持つという。
もし、受けてくれるなら学費も補助したいと申し出てくれた。
聞けば聞くほど好条件だ。
それに、優くんもいる。
私なんかが断ることなど出来ようはずもない。
そもそも、優くんと会うようになって一人暮らしの寂しさが身に染みていた。
とにかくこれが辛かった。
「この時間だと祖父母がいると思いますので……」
そう伝えると、すぐにお父さんは電話して話をしてくれた。
お爺ちゃんや、お婆ちゃんの返事は思っていた通りで、私が電話に出ると、
「果歩や、良かったね。落ち着いたら一緒に遊びに来なさい」
そう言ってくれた。
私は『お嫁入するってこんな気分なのかな』と寂しくなった。
でも、それ以上に嬉しかった。
そこからは話がトントン拍子に進んでいく。
気付けば書類を取り交わし、ご両親が考えていたことは全てクリアできた、
「ありがとうね、果歩ちゃん。どうかこのバカ息子をよろしくね」
お母さんが深々と頭を下げる、
「あと…… お父さん」
お母さんがお父さんの脇腹を肘で突くと、お父さんは立ち上がって奥の部屋へ姿を消した。
待つこと数分。
お父さんは一枚の書類を携えて帰って来た。
お父さんは書類を私に差し出しながら、
「留守が長いからね。もし、二人がそういう気になったら私たちは賛成だから」
そう言って封筒と書類を私へ手渡した。
優くんと二人で書類を見ると――
「「ええっ!」」
二人そろって声を上げた。
婚姻届け――
すでに保護者欄にはお父さんの名前と、お母さんの名前が記載され、捺印までしてある。
「え、え、え…… お父さん、これは……」
「一つ屋根の下、若い二人が暮らして行けば、そういう事もあるだろう。そんなとき、こんな紙切れ一枚が原因で二人の気持ちに水を差すようなことになれば、こちらとしても心苦しい。必要ないなら捨てればいい。そうじゃなければ、預かって欲しい」
「分かりました」
お父さんの言葉に私は頷いた。
気付けば無意識のうちに私と優くんは固く手を繋いでいた。
「それが必要な機会は人生の一大事だ。一時的な気持ちや、その場の雰囲気に流されないようにな…… まあ、俺は信じているが……」
それでもお父さんの顔は心配そうだ。
「だ、大丈夫ですよ。ちゃんと考えていますから、ねっ?」
「えっ?」
優くんは目をぱちくりしている。
――うん、家族になるなら彼のような人が良い。
これは夢実現のための第一歩。
小さい頃からの夢――
ようやく私は自分の家族が持てるんだ。
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