第13話 インビテーション

 下校時間を告げるチャイムが鳴り響く。

普段なら真っ直ぐ家へ帰るのだが、今日は珍しく用事がある。


校舎に沿って歩いて角を曲がった少し先。

そこが手紙で指定された場所、校舎裏だ。

うちの学校の校舎裏は、奥をフェンスで塞がれており袋小路になっている。

つまり逃げられない構造。


普段は不良どものたまり場になっているが、今日は――


「誰も、いないか……」


ホッと胸を撫で下ろす。


ポケットから畳まれたメモを取り出して、内容を確認すると、


『放課後、校舎裏で』


待ち合わせ場所は間違いない。


メモの主は、カーストトップの月島萌亜つきしまもあだ。

才色兼備にして、生まれながらの上級国民。

学友おともだちも、彼女の関係者によって選び抜かれた生え抜き揃いと言う。


ちなみに修学旅行の時、月島さんとの会話に割り込んで来た腰巾着だんしも、実は彼女のご学友って訳だ。


そんな月島さんが俺に声をかけるとしたら、理由は一つしかない。


「三島君!」


遅れてやってきた月島さんが、俺の名を呼んだ。

声のする方へ顔を向けると、小走りで俺のもとへ近づいてくる。


「あ、月島さん!」

「ごめんね。こんな所に呼び出して」

「それで? 何の用?」

「まずこれを――」


彼女はカバンから小さな包みを取り出して、それを手渡して来た。

封筒のように薄いデパートの包み、だが手に感じるかすかな重み。


「えっ? これは?」


その言葉を待っていたかのように、月島さんは綺麗なお辞儀をした。

そして、上体を起こさないまま――


「修学旅行では、助けてくれて有難うございした。本当に助かりました。お借りしたハンカチは汚れてしまったので、新しいのを用意しました」


いちいち呼び出して、お礼を言わなくても良いのに思ったのは内緒。

ただ悪い気はしなかった。


「ちょっと待って、大袈裟おおげさだよ。隣の席の女子が絡まれていたら、助けるのは当たり前だろう? ハンカチだって買って返さなくても良かったのに……」


彼女の顔色を窺う。

そこそこある胸の前で手を組む彼女は、不安そうな面持ちで、まるで祈るように俺を凝視している。


「――どうせ、これを受け取らないと気が済まないんだろう?」


月島さんは頷く。

表情は硬いままだ。


「ありがとう。大切に使わせて貰うよ」


俺は貰ったハンカチを鞄にしまった。

するとどうだ、不安そうに俺の行動を見守っていた月島さんの表情は、ぱぁっと明るくなった。


ただ彼女の方は、まだ用事があるようで、モジモジしている。


「これで、用件は全部?」

「い、いいえ。まだ、有ります」

「何?」

「あ、あのね…… 助けてくれた騎士様ともだちが三島君だって気付かなくて。本当にごめんなさい」


月島さんは再び深々と頭を下げた。


耳を疑った。

上級国民は、あらゆる手段、手法を駆使して国民へいみんから、富を搾取する存在だ。彼らは法の枠外で自由に生き、問題を起こしても裁かれない。

いわば、現代の特権階級きぞくなのだ。


現代だからこそ、こうして普通に会話ができるが、世が世なら話すだけで無礼、縛り首になってもおかしくないと聞いている。


そして彼女、月島萌亜も若いながら、そういった家系に名を連ねている。

だから、俺は月島さんが謝罪する姿を見て驚いたのだ。


「い、いや…… 気にしていないから。もう良いよね。それじゃ!」


彼女の脇をすり抜けて、この場を逃れようとしようとした。

だが、当然のように目論見は阻止された。


ガッ!


腕を掴まれたのだ。

みちみちと彼女の指先が、俺の二の腕に喰い込んでいく。


(くっ、その細腕になんて力を……)


「ねえ?」

「な、なに?……」

「私の気が済みません。それにお母さまも三島君を紹介して欲しいと言っています。」

「ご、ごめん。お、俺忙しいから……」


逃げよう。

帰ったら即逃げる。

そうだ、京都へ行こう!


そこで果歩のお爺さんとお婆さんに泣きつけば、ワンチャン……


「私も、もっと三島君とお話がしたいです…… 駄目、ですか?」

「お、俺はどうすれば……」

「今週の土曜日にご自宅へ迎えをやります。念のため電話番号を頂けますか?」


月島さんはポケットからスマホを取り出し、俺が番号を言うのを待っている。

もう有無はないようだ。


「じゃ、じゃあ、良いか? 電話番号は……」


番号を聞いた月島さんは細い指をスマホの画面上に滑らせる。


ピリリッ!


「お?」


ピッ!


俺のスマホの呼び出し音が鳴ってすぐに切れる。


「ふう、無事に番号を登録できました。これで私と、優斗さんは友達ですね」


そう言って月島さんは両手でスマホを胸にいだいた。


(優斗さん?)


それよりだ――

彼女がワン切りしたとき、番号が表示されていた。

これってセキュリティ的にまずくないだろうか。


「今、電話番号が表示されていたけど、やっぱまずいよね? 後でちゃんと消し「消さないで!」」


なぜか、月島さんは頬を膨らませている。


「……だって」

「消さないでっ!」

「は、はい! 分かりましたっ!」


――怖かった。

今日一番怖かった。

美人が怒ると怖って聞いていたが、月島さんのそれは恐ろしかった。


素早く画面に指を走らせ、月島さんの番号を登録する。

意図を汲んで登録画面をみせると、月島さんは僕に道を開けてくれた。


「今日はお時間を取って頂き有難うございます。土曜日は楽しみにしているね、優斗さん」


その言葉で月島さんとの密会は終わった。

そう、やっと解放されたのだ。


「また明日!」


月島さんが俺に手を振っている。

俺も引きった笑顔で彼女に手を振り返した。


とにかく今は学校から出たい――


校門を出て、しばらく歩き続け途中の公園のベンチに座った。

掴まれた右手を見やると、手首にはくっきりと月島さんの手形が残っていた。


「月島さん、怖いんだが……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る