二章

第11話 悪夢

シャ――ッ!


 突然カーテンが引かれて、部屋へ朝の陽射しが差し込んだ。

避けるように布団を頭から被り直し、二度寝を決め込もうとする俺の耳に聞き覚えのある声が響いた。


「優斗…… ねえ、優斗ってば!」


嫌に馴れ馴れしい女の声――

次いで男の臭いで充満する部屋に、漂う甘い香り。


「う、うーん」

「起きてよ! もう学校へ行く時間よ?!」

「えっ!」


呼ばれる声に促され、がばっと上半身を起こした。


「はぁ、勘弁してよね」

「ゆ、唯奈?!」


俺の目に映ったのは、綺麗な黒髪をツインテールにした美少女――

なんで唯奈がここに?


混乱する俺を無視するように、


「おはよう! いつまでも寝ぼけてないの! さあ、すぐに着替えて!」


クローゼットに掛けてあった制服を勝手に持ってくると、俺の寝巻ズボンに手をかけた。


「ちょ、待って! できる! 自分で制服くらい着られるから!」


ズボンを抑えながら抵抗する。


「もう! じゃあ、先に下へ行っているよ?」


唯奈は身を翻して、パタパタと部屋から出て行った。

中学の頃から、ずっと続いている日常。

やっと家に帰って来たんだ――


(あれ? なんか変じゃね? だって俺は……)


時計を見れば七時半を回ってる。

考えている場合じゃない。

早く支度をしなければ――



 一階へ降りたら、母さんと唯奈がダイニングで待っていた。

普段と変わらず談笑する二人に、違和感を覚える。


あり得ない――


そうだ。唯奈は俺を振ったのだ。

なのに彼女は母さんと楽しそうにしている。

いや、もしかしたら修学旅行で起きたことは夢だったのか?


「あ、母さん、おはよう」

「おはよう、じゃないわよ。いつもいつも、唯奈ちゃんに迷惑をかけて。いい加減にしないと愛想尽かされちゃうよ!」

「い、いや、俺はも「さっさと食べなさい! 唯奈ちゃんを待たせるんじゃないよ!」」


(はぁ……)


朝食は純和風。

ごはん、味噌汁を中心に、鮭、おしんこ、納豆のフルコースだ。

それを急いで胃袋へ流し込む。


「美味しいでしょ? その味噌汁は唯奈ちゃんが作ったのよ?」


ゴフッ!


慌てて掻き込んだ為、ご飯が喉に引っかかる。


「うぐっ! んーんー」


前に向かって手を伸ばすと、水を汲んだコップを唯奈が手渡してくれた。


「――ふぅ、有難う。死ぬかと思った」

「もう、気を付けてよね」


俺の口元に付いていた、水滴を唯奈は乾いた布巾で拭き取った。


「そこまでしなくて良いって。できるから」

「もう! 優斗って私がいないと何にもできないじゃん」

「そうよ、学校でもちゃんと唯奈ちゃんの言うことを聞くのよ?」


母さんはいつだって唯奈の味方だ。

俺が怒られ、唯奈が得意になる。

そう、ずっと続いていた風景――


「あっ! いけない! 時間、時間!」


突然、唯奈が騒ぎ出す。

時計を見ると、すでに八時五分前だ。


二人で我が家を飛び出して、並んで住宅街を駆け抜ける。


「おっ! おはよう」


盆栽に水をあげていたおじさんが僕たちを見つけて挨拶をする。

僕たちも揃って挨拶を返す。


「「おはようございます!」」

「優斗くんも、唯奈ちゃんも相変わらず仲が良いな。気を付けて行けよ!」

「はい! 有難うございます」


そして走ること数分――

俺たち二人は予鈴が鳴る前に、校門の前までやって来た。


「早く! 早く! もうすぐ予鈴が鳴るよ!」

「お、おう……」


短いスカートの裾をひるがえし、唯奈は俺の先を行く。

彼女の引き締まった太ももは、俺より高い推進力を発揮して、俺との差をぐんぐん広げていった。


 唯奈に遅れて教室に入ると、すでに皆は自分の席についていた。

教室に入った俺も、真っ直ぐ自分の席へ行く。

唯奈を見ると、隣の席に座る女子と話し込んでいた。


――だが、なぜか俺の心はザワついていた。


「おはよう。三島君」

「え? お、おはよう。月島さん」


びっくりした。

席に着くなり、隣の月島萌亜つきしまもあさんが挨拶をしてきた。

普通なら、挨拶くらいでは驚かない。

でも、これが彼女と交わした初めての挨拶となれば話は別だろう。


 程なく、担任が教室へ入ってきて、ホームルームが始まった。

連絡事項が終り、教室を出て行こうとした担任が足を止める。


「三島! 昼休み食事を済ませたら、ちょっと職員室まで来てくれ」

「はい……」


クラスメイトの視線が俺に集まったが、それは一瞬のこと。

各々、すぐに始まる授業の準備に戻った。


「ねえ、三島君」


小さく押し殺した声で月島さんが俺を呼ぶ。

彼女を見ると、クラスメイトから隠すように小さく折り畳んだ紙を手渡して来た。


「後で読んで――」

「なにこれ?」

「良いから……」


紙を受け取った俺は、目立たないようにそれを制服のポケットへしまい込んだ。

まさか、告白じゃないよな。

まさかね……



 昼休み――


 急いで弁当を食べ、職員室へ向かう。

他の生徒はまだ食事中で、廊下に生徒の姿はない。

職員室の引き戸をノックし中へ入ると、俺を見つけた担任が手招きをした。


「おー、来た来た」

「あ、先生。何でしょうか?」

「確認したいことが有ってな。ちょっと生徒指導室へ行こうか」


それを聞いて、ちょっと怯んだ。


「えっ…… 俺、なんかやっちゃいました?」

「いや、やってないやってない。場所がそこしか空いてないからだよ」


そう言って担任は笑う。


生徒指導室はいつだって憂鬱だ。

なぜなら問題を起こした生徒が教師に尋問される場所だからだ。

ゆえに、生徒の間では秘かに拷問部屋なんて呼ばれている。


担任はパイプ椅子を俺に勧め、正面に座った。


「悪いな。ちょっと確認したくてな――」


そう言って、担任が切り出した話は修学旅行の話だった。


「修学旅行の帰り、お前が消えたと言う生徒がいたらしいんだよ。変なこと聞くようだが、お前は居たよな? 先生も、点呼を取った時のメモを確認したんだが、お前は居たことになっているし―― どうにもな……」


腕組みをした担任は、不思議そうに首を傾げている。

ノリが良く、悪い先生じゃないが、自分の好き嫌いを指導や判断に加味する困った人だ。


でだ――


まず最初に、やっぱりあれは現実だと確信した。

嘘であって欲しいと認めようとしなかった俺だったが――

将太と唯奈に追放され、唯奈は俺を捨てたのだ。


現地で起きたことを話せば、たぶん俺は担任にしかられるだろう。

俺がバスに乗り遅れたのは、あくまでも俺が公園のベンチでふて寝をしたからであり、班からの追放はともかく、別れ話なんて理由にならない。


問題を挙げるなら、点呼の時に俺がいたという話だ。

はっきり言って、こっちが理由を聞きたい。


だから、先生の質問にはこう応えた。


「いや、帰りのバスに乗れなかったら、ここに居ないと思うのですが?」

「だよな…… いや、手間を取らせて悪かった」

「は、はぁ」


担任はここへ来るときに持っていた袋をひっくり返した。

音を立ててスマホが数個転がった。

そして、その中には――


「あ、俺の……」

「お前もか。バスの中で返却したが、寝ている奴がや、間違えた奴まで出て来て散々だったぞ。悪いが教室へ持って行って持ち主に返却してくれ」

「まじかよ……」


俺はスマホを受け取ると立ち上がって、生徒指導室を出た。

担任はすっきりしたような顔をしていたが、俺の方は釈然としない。


バスに乗ったかどうかなんて、どうでもいい。

それよりも――

今もなお、彼女然としている唯奈の態度が気に入らなかった。


――


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